| いつの間にか馬上でうとうとしていたのかもしれない。気が付けばもう夜が明けていて道の向こうに家々が集まっているのが見えた 宿場町だ。メイはそちらの方へ馬を進めた。市門をくぐると、今まで見たことのないほど賑やかな通りが続いている。立ち並ぶ商店は一日の商売の準備に忙しく、荷物を運ぶ人馬が道を行き交っていた。宿場町は朝の活気に満ちていた。 メイは途方に暮れていた。いったいここが何という町なのかもわからない。傀侯はこの町にいるのだろうか。 あてもなく通りから通りへとさまよっているうちに時間はどんどんすぎていった。もう遅いのかもしれない。ハルトは傀侯に捕われてしまっているのかも。メイは不安と苛立たしさに泣きたくなるのを堪えていた。 日が高くなるにつれて人通りも増えてきた メイはふとその中に白い頭を見たような気がした。 人ごみの向こうをゆく二人連れの男達がいた。一人は背の高い黒髪の男だが、もう一人は白い髪で、その横顔はメイが探し求めていたものだった。 「ハルト!。」メイは他の人々があわてて跳び退くのもかまわずそっちへ急いだ。 二人組に追い付くと馬から飛び降りて白い髪の男にすがりついた。 「ハルト、よかった。探してたのよ。もう駄目かと思った。」堪えていた涙があふれ出てきた。メイは傍目もかまわずに男の胸に顔を押しつけて泣いた。 「おい、お前、どこかでこの子をだましてたのか。」背の高い男の方が、呆れたようにいった。 「知らないよ、誰かと間違えてんだ。おいお嬢さん。俺、ハルトとかいう奴じゃないよ よく見てみなって。」 メイはそういう男の顔を見上げた。 「ハルト、髪切っちゃったの!。きれいだったのに。」彼女は相手の銀髪が肩のところ迄しかないのに気付いて叫んだ。 「俺はハルトじゃなくて涼。とにかく、こんな所でわんわん泣くのはやめてくれよ。」 涼はすがりつくメイを引きずるようにして歩きだした。 「いい馬だなあ。こんなの始めてみるぜ。売ればかなりの値になるな。」壮也は白澤のたずなを引きながら言った。 涼と壮也は無名市から北へ向かって旅を続けていた。涼の父紫義が書き残した文書を頼りに傀侯を倒すことの出来る唯一の武器を求めて。 涼がそれを使うために育てられた武器なるものは、手に入れるのにかなりの危険をともなうはずだったので涼は一人で行こうとした しかし、テルハを殺された壮也は自分も行くことを望んだ。傀侯は彼の敵でもあった。 そのために壮也が護衛隊長不破との戦いで負った傷が癒えるまで待たねばならなかった。 その間に傀侯もまた北の銀生へと護衛隊を率いて向かったのは皮肉だった。 今、彼らはさらに北の人の通わぬ土地へ向かおうとしていた。 三人は開いていた居酒屋の奥に席をとった 「―それで、ハルトとかいう奴がどうしたって?。あんたを捨てて逃げたのか。」 朝っぱらから見知らぬ女の子に泣き付かれた涼はふきげんそうに言った。 メイはまじまじと涼の顔を見ていた。 「ハルトじゃないの。―だって同じなんだもの。」 「おっと、また泣きださないでくれよ。そいつが俺に似ているのはわかった。それで?。」 メイは昨夜からのことを涼と壮也に話した 二人の男は顔を見合わせた。 「お嬢さん、あんたかなりの方向音痴なんでないの。傀侯の本陣のあるのはひとつ南の交栄って町。あんた正反対の方角にきてるよ。」壮也がいうと、メイの目が丸くなった。 「だって街道を走ってきたのよ。馬にハルトを追い掛けてって言って。」 「馬の奴、本能的に軍隊のいるところをさけやがったんだ。危険に対して敏感だからな しかし、あんたも無茶だな。自分の行くべき所も知らないで国を飛びだしてきたのか。」涼は呆れ返っていった。 メイの頬に涙が流れ落ちた。「じゃあ、もう駄目なの。ハルトは戻ってこないの。」 「あんたもそうだが、ハルトっていうのはとんでもない阿呆だ。あの傀侯が本気でそんな取引をすると思っているのか。いくら自分に斬り付けたとはいえ、一人の男の代わりに銀生を征服することを止めるなんて。 とにかく、あきらめて国へ帰りな。このへんは物騒だからあんたみたいな世間知らずがうろつく所じゃないよ。」 メイは見るもあわれにうち萎れていた。涼はちょっとこの少女がかわいそうになった。 「昨夜から何も食ってないんだろ、朝飯ぐらいおごってやるよ。」 メイに食事を注文してやってから、涼と壮也はこのことについて話し合った。 「どう思う。銀生の白騎兵はもう使いものにならないっていうぜ。だとしたらなぜ白騎兵の一人をとっ捕まえる代わりに攻撃を止めるんだ。」壮也はいった。 「―ひとつ考えられるのは傀侯はそいつを生け捕りにしたかったってことだ。攻撃すれば、白騎兵は最後の一人になるまで戦うだろう。そいつが戦死する可能性は大きい。 問題はなぜそうまでして生け捕りにしたいのか、だな。捕まえてみせしめに処刑するつもりなら戦死させても同じだろ。」涼は肘をついた片手のうえに顎を乗せて考えていた。 壮也はじっと相棒の顔を見た。 「そいつはお前に似てるんだよな。ほとんど同じ顔だってあの子はいったな。」 「それがどうした。」 「俺はずっと一緒にいるんで気にしてなかったが、お前、かなりの男前だ。俺だって始めて見た時は男装した女だと思った。」 「そういうこと言われると、俺が切れちまうのを知ってるだろ。」涼はうなった。「じゃ、何か、傀侯はその俺と似た奴をお稚児さんにする気だっていうのか。」 壮也は首を振った。「違うよ。もっとやなことだ。」 「それ以上いやなことなんてあるか。」そう言ってから、涼ははっとして口ごもった。 「…まさか。」 「お前、いつか言ったよな、傀侯が不死身なのはどこかのかわいそうな男前から姿を奪うんだって。」 「おい、妙なこと言うなよ。誰がこんな顔になりたいと思う。俺はこれで苦労してきたんだぞ。それにあいつが俺とそっくりになるなんて冗談にしてもひどすぎるよ。俺はあいつと戦うんだぞ。」 メイは食物を突きながら二人のやりとりを聞いていた。 ―何を言っているのだろう。姿を奪う?。この気味悪いほどハルトに似た人が傀侯と戦うってどういうことだろう。 「信じたくはないが、ありうることだぜ。どうする、涼。」 「どうするってどうにも出来ないよ。傀侯の本陣に乗りこんでそいつを救けるなんて無理な話だ。護衛隊がうじゃうじゃだぜ。とにかく今はあれを取りにいかなければ。」涼はそう言った。 「もし傀侯がそいつを鏡に喰わせるとしても無名市に帰ってからだ。鏡は宮殿にあるからな。それに奴も姿を変えるなら逢魔月の夜を待つだろう。まだ時間はあるってことだ。」 ―この人は傀侯のことをよく知っているらしい。いったい何者なのだろう。 よく見ると、やはりメイの知っている人とは違う。白い髪を肩の辺りで無造作に切っていて、ハルトなら絶対に我慢しないだろう、薄汚れ、すり切れた衣服を来ている。 それに目付きが鋭い。連れの背の高い壮也という男もそうだが、メイが知っている人たちとは雰囲気が違う。 「お嬢さん、食事がすんだらもう帰るんだ。俺達には急ぎの用がある。恋人を追っ掛けてこれ以上無茶するんじゃないよ。」 涼と壮也は席から立ち上がった。 「どこへ行くの。」 「あんたには関係ない。」涼は彼女に背を向けていこうとした。 「待って、私も連れていって。あなた、傀侯と戦うっていったわ。それなら私も行く。ハルトを救けたいの。」 「何考えてんだよ、物見遊山の旅をしてるんじゃないぞ、俺達は。女連れでなんて行けるかよ」 しかし、店を出た涼達のあとをメイはしっかりついていった。 「しつこいな、このへんでまくか。」涼と壮也はいきなり二手に別れた。そして人込みにまぎれこんだ。 メイは懸命に馬を急がせたが、すぐに涼の白い頭を見失った。 もう、黄色い髪の少女がついてこないと知って、涼はひそかに打合せた場所で壮也を待った。 壮也もすぐにやってきた。「厄介払いできたようだな。」 「ああ。」涼はうなずいた。 「ちょっと残念だったんじゃないのか。可愛い子だったが。お前と同じ種族らしいしな。」 壮也の言葉に涼は驚いたように言った。 「俺と?。俺は銀生だって言うのか。」 「見りゃわかるよ。俺だって銀生を見るのは初めてだが。あの子の恋人はお前にそっくりだって言ってたしな。」 涼は自分がどこで生まれたのか知らなかった。育ての親の紫義に彼を売った幅老も仕入先は知らないといっていた。 涼は今すぐにでも銀生の谷へ行って自分がどこの何者であったのか調べてみたいという気持ちを押さえた。 もし、自分が銀生だとしたら、今彼の祖国は傀侯の軍によって陥落寸前なのだ。 ―またしても奴だ。父を殺し、テルハと赤ん坊を殺させた傀侯。宿命のように涼の前に立ちはだかる支配者。 「おい、涼。」壮也の声に涼は我に返った 通りの向こうで、何か騒ぎが起こっていた 白い馬に乗った少女を数人の荒くれ男達がとり囲んでいる。馬は怯えて足踏みしながらぐるぐる回っていた。 そのうちに男達の一人が、少女の衣服をつかんで馬から引きずりおろした。 まわりの通行人たちは遠巻きにして見ているばかりだ。男達はいずれも大柄で腕っ節が強そうだったので皆手を出しかねているのだ 「やれやれ、またあのお嬢さんだ。」壮也がそう言ったときには涼はそっちの方に駆け出していた。 メイは自分を引きずり降ろした男に抱きすくめられて必死でもがいていた。 「放しなさいよ、失礼じゃない。」 「おい、馬だけじゃなくてこの女もなかなかのもんだぜ。」男はにやにやしながら言った。 「いい値がつきそうだなこいつは。」他の男は白澤の腹を叩きながら言った。 「ちょっと失礼。」涼は男達の間に割って入った。 「何だ、お前は。」どうやらボス格らしいいちばんごつい男がぎろりと彼をにらんだ。 「おとなしく引っ込んでな。女みたいなあんちゃん。」 「あ、それって禁句。」いうなり涼のこぶしがそいつの顎に飛んでいた。男は声を上げる暇もなくふっ飛んだ。 「あーあ、涼が切れちゃったよ。知らないよ、どうなっても。」壮也はそう言いながら近くの荒らくれ者の腹にこぶしをぶち込んだ 男達はいずれも二人より体格は良かったが喧嘩の腕は比べものにならない。涼達はだてに無名市の裏社会で名を馳せているわけではない。 メイを捕まえている男はあっという間に仲間が倒されたのに唖然としていた。 「ちょっと、放しなさいっていったでしょうが。」メイの体が一瞬白い光に包まれ、男は驚きの声を上げてメイを放した。 メイは自由になると、いきなり男の股間を蹴りあげた。 「何てことするのかねこの子は、はしたない。」壮也は喚き声をあげている男にパンチをくれて静かにさせた。 メイは怒りで顔を紅潮させていたが、二人の顔を見て嬉しそうに笑った。「私をおいてったったと思ったけど、救けにきてくれたのね。」 「そういうつもりはなかったんだけど。こいつが飛び出していったんで、つい。」壮也は涼を指差した。涼はつんとして横を向いた 「危なっかしくて見ていられるかよ。あんたみたいな世間知らずが無事に国に帰り着けるとは思えなくなってきたよ。」 「じゃ、一緒に連れていってくれるのね。」メイはそう言って涼にしがみついた。 「だれがそんな事言った。とにかくここから消えよう。」涼と壮也はメイと共に物見高い人々の間から抜け出した。 「言っとくがな、俺達の商売は盗賊だ。さっきの奴らとそう変わらないって事。お前さんをどこかへ売り飛ばすことだってやりかねんのだぜ。」涼はメイに脅すようにいった。 メイはそんな涼をじっと見ていた。 「私、そんな事信じないもの。あなたは悪い人じゃないわ。それに思い出したことがあるの。小さい頃お父さまが言ってたの。ハルトには弟がいたって。」 涼はぎくりとした。 「赤ん坊の頃、死ぬか何かして思い出すとおばさまが―ハルトのお母さまよ。―悲しむから絶対その子の事を言っちゃいけないんだっていわれたの。ずっと忘れてたけど、あなたあんまりハルトに似てるから。」 「―俺とそいつと関わりがあるって言うのか。だが、そいつの兄弟は死んだんだろ。」 「わからない。小さかったからよく覚えてないの。」 涼は唇を噛んだ。もしかして自分の素性を知る鍵をこの少女が持っているのかもしれない。 結局涼達はメイを振り切ることをあきらめた。ついてきたいなら勝手にするといい、ということで二人の盗賊は追い掛けてくるメイを引きつれて町を出た。 |