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11月29日付けの朝日の夕刊の池澤夏樹氏のイラク訪問記「イラクの小さな橋を渡って」小生も読みました。 曇りないまなざしと深い洞察力に富んだ池澤氏の文章は、今生きているイラクの人々の暮らしを臨床感溢れるタッチで活写しています。小生が長い間思い続けているイラク像が短い文章の中に息づいています。 小生はイラクに最初に訪問したのが1973年春で、それ以来、1982、3年に技術専門学校をつくる小さな会社のバグダード所長をしていた2年間の駐在を含めて14回訪れる中で、だんだん確かめてきたことを短い文章の中に浮き彫りにする池澤氏の作家としての鋭い観察眼にはただただ脱帽です。 イラク政府の現体制、とりわけフセイン大統領の評価については、スペースの少なさもあり、多少の異論がないわけではないけれど、とにかく、イラクを考える場合にまず前提としての大切な知識が凝縮された珠玉の文章であることは間違いありません。 それにしても「経済制裁で食料も不足がちとか、電話は首都と地方の間もほとんど通じないとか、暗いことばかり書いてあ」り、「イラク国民はサダム・フセイン大統領の独裁下で呻吟している」と報じる書籍や報道の氾濫の中で、「社会の雰囲気がずいぶん明るく見えたのはなぜだろう。これはイラク人の性格なのかも知れない。街を歩いていると頻繁に声を掛けられる。好奇心が強く、警戒心はない」といった池澤氏の言葉は、最近ではその度合いは低下しているものの、イラクを誉めるとサダム・フセインのまわし者として白い目で見られがちであった小生には、本当に心あたたまる思いがします。 御承知のように、アラブ連盟東京事務所に長くいた関係で、これまで、多くのアラブの国を訪問する機会に恵まれました。それぞれのアラブの国には客人を大切にするホスピタリティとか、自国の文化への誇りとか、多くの長所がありますが、その中でもイラクに行くと、長い辛い砂漠の旅路の果てにオアシスに辿り着いたような安らぎを感じます。 それはおそらく、イラク人が抱く人類文明の発祥の地であったという自国の歴史への誇り、そして蒙古、トルコ、イギリスと異民族の支配の中では味会わされた屈辱と苦悩が、貧富の差をこえて一人一人の胸に去来しているためでしょう。また、不当な外国の干渉への激しい怒りが心のそこに秘められているのでしょう。 小生も長いアラブとの付き合いの中で、西欧のマスメディアが、ことイラクについてはダントツに暗い社会とレッテルを張り、とくに、イランイラク戦争で、イラクが勝ちのこって以来、サダム・フセイン大統領については、まるで悪魔の化身であるかのように紹介していることに、「この現象は何故だろう」という疑問を抱き続けてきまいた。 じつは昨日の夜も、法政大学市ヶ谷キャンパスで開かれた「イラクの2人の医師による劣化ウラン被害の一般向け講演会」でも、講演後の質疑応答で、在日のトルコ人から、「独裁者、サダム・フセインのイラク社会に民主主義があるか」という質問が投げられ、それに対し、「では、ブッシュ大統領のやっていることが民主主義と言えると思われるのか、答えてほしい。イラク国民がフセイン大統領を国を守るためのかけがえのない指導者として信任していることに外国からとやかくいわれる筋合いはない」という返答に、そのトルコ人はしどろもどろになり、黙ってしまいました。 アメリカのブッシュ大統領が、貧困、飢餓、核廃絶、環境問題等々、世界の将来に重大な影響を与えるすべての重要な問題をうっちゃっておいて、イラク攻撃を最優先に鳴り物入りで、喧伝している。正直、これが世界の超大国の指導者かと胸が痛むけれど、悲しやこれはまごうことなき現実なのだ。 ずばり言えば、アメリカのねらいは、埋蔵量では、サウジを超す世界一の産油国のイラクの石油を支配したいうことがある。 そして、人類文明の復活を目指すイラク国民と不当に国を奪われてる逆境の中に抵抗を続けようとするパレスチナ人民をこのまま放置しておけば、少数者の栄華のための世界の覇権を達成しようとするアメリカの巨大な軍需、石油資本とイスラエルとの世界戦略の歯車に狂いが生じるのがおろれるためである。 いうもおぞましいが、アメリカの巨大産業の営業部や、拡張主義のイスラエルにとってはできることならイラクやパレスチナ人民のジェノサイドを実行してしたいのである。そのためにイラクの大量破壊兵器の隠匿など仮定の話を持ち出して、査察を強行し、たとえわずかな記載もれでも、イラクに対する新型爆弾の試験をふくむ大量兵器藻在庫一掃を図ろうと言うのが今のアメリカの戦略なのである。 そんなに、大量破壊兵器の破壊に御執心なら、「傲慢の化け物とも言う唯我独尊の悪の大権現」ブッシュ大統領自身が大量に保有している原爆などに国連査察団を派遣して、徹底的に破壊したらどうか。核兵器を製造しているといるイスラエルにも強力な査察団こそ最も必要である。 ブッシュ大統領よ、 あなたは、好きで大統領なりたかったわけではなく、無理矢理に軍需資本と巨大石油業業の要請で大統領の椅子につかされたとも聞いた。テレビの画面で、口を開けば「イラク攻撃」を喚きつづけている姿をみると、失礼ながら、これが大領たる者のやることか、まるで、21世紀の分別のないガキのだだっ子のような気がしてならない。カナダの報道官だったか、ブッシュを「うすのろ」と言ったばかりに野党の追求で辞任したと言うニュースもあった。 とにかく、ブッシュさんよ、あなたも可哀想に思えてしょうがない。どうぞ正気に帰ってほしい。 こんな話はもう書く方も読む方もうんざりでしょうから、また次回に新しい観点から、イラク問題を論じることにして、最後にひとつお伝えしたい。 それは、テレビ放送でも、新聞でも、また自称、イラクの専門家を自称する人々から、いつも持ち出されるサダム・フセイン大統領が国境に近いハラブジャ、で自国のクルド人を毒ガスで残忍に殺したというニュースである。 しかし、当時確かに、イラクもイランも毒ガス戦をしいたと言われているが、ハラブシャでクルド人を毒ガスで殺したガスは、シアン系といわれ、イラクの使っていたと言われたマスタード系でなかっとされており、また、どの国の仕業であったと国連にも登録されていない。小生にもこの映像をみたときは、衝撃的で、しばらく口も聞きたくなくなる思いであった。詳細については、スタンフォ−ド大学フ−バ−研究所特別研究員松原久子氏の「アメリカは戦争を望んでいた」(文芸春秋一九九一年五月号)を参照ください。 ひるがえって考えてみれば、9.11事件の当日ユダヤ人が3000人が事前通告によって誰も当日出社しなかったといわれ、アメリカについても事前に準備していたような形勢がいくつも指摘されている。 西欧の新聞、それに追随する日本のマスメディアに追随していることが、はかり知れない損失を人類の未来に与えることを考えてほしい。 人類が明るい21世紀とするか、暗い奈落道を辿るかは、「ペン偽らず」に生きる人々の肩に大きにかかっている。「沈黙は共犯」。ともにがんばりましょう。(02.12.1) |