*栄公園(名古屋市)



 「愛知芸術文化センター」が出来た時は、驚いた。

この11階建ての建物には、美術館、ギャラリー、オペラ・ハウスを

兼ねた大劇場、コンサート・ホール、小劇場、小ホール、それに

小さな図書館とレストランが入っている。こんなになにもかもを

一つの建物に詰め込んだ「芸術文化センター」は、日本でも外国

でも、他にあるのだろうか。

特に美術館と劇場と音楽ホールが一つところにあるのは、なんとなく

ご都合主義でおかしく、くくっと笑いがおこる。恐らく予算を県議会

に通すうえでひとつ、ひとつを諮るよりは全部を一回にまとめ、他に

例を見ない一大総合芸術文化センターを、というキャッチフレイズで

通したほうがはやいとおもった訳だ。まあ、それはいい。結果と

して、きれいな美術館、劇場、コンサート・ホールを楽しめるのだか

ら。完成して6年が経ち、建物は人で賑わっている。残念におもうの

は、その建物の外観だ。まるで、大きなダンボール箱である。


 愛知芸術文化センターは、その大きさ、その性格からいって、

もっと個性的な、この街のシンボルとなるような建物になって

よかったのでは。

色のない街といわれ、8時を過ぎるとどの店屋も戸締まりをして

人通りがなくなるとか飲み屋以外、夜は行く所がないとか言われた

名古屋も10年住んでみて随分と変わったとおもう。そこに行政の

努力をみなかったらフェアではないだろう。しかし、目立つことを

嫌う風土に無い物ねだりを承知で言えば、芸術文化センターには、

もうひとつ設計上の飛躍がほしかったとおもう。象徴である建築が、

逆に、都市の精神を作っていくこともあるのだから。


 その大きなダンボール箱から坂道を下りてくるとすぐ左手に小さな

公園がある。名古屋の中心地ながら、恐らく、そのすぐ奥が小学校

なのであえて市有地を売却せずに公園としたのだろう。丸い噴水池が

あり、周辺に土を盛り木が植えられている。

近所で飲んで酔い覚ましに夜風にあたりながらこの公園に通りかかる

とぎょっとする。その噴水池のふちに若い女性が腰掛けている。

ほっそりとした女性でTシャツとジーンズ姿で軽く足を組んでいる。

なにをしているのか、じっと動かない。こんな深夜に、どにか感じが

おかしいとおもい近づくと、それはブロンズ像だった。

それは見事な設定だった。

公園の彫刻はたいがいは台座の上に立っている。また、人物像も人間

よりはサイズを大きく作ってあることが多い。この像は、しかし、

普通の若い女性と同じ体型で、自然な形で噴水池のふちに座って

いる。

服装に横しまをこきざみに入れることで、いかにも、洗いざらしの

普段着という感じが出ている。恐らく昼間に見たら、なにも気が

つかずに通り過ぎたであろう。深夜、だれもいない公園のなかで、

この女性が公園の中心であり、主人公である。深夜の公園がこの像の

ための舞台を提供している。作者は夜の背景を意識して作ったのだと

おもう。どこかに下心をもって近づくわたしのような酔っ払いを

からかうためにも。

アメリカならともかく、日本で公園のような公共の場所に、このよう

な形で彫刻を置くことは、行政側の担当者にはちょっと勇気が必要

だったかもしれない。作者は、きっと、してやったりとほくそ笑んで

いるとおもう。像の裏に「ラケル」という作品名と、朝倉響子という

作者名があった。


こういう街角の出会いがあるなら、名古屋の街も悪くないとおもう。





(98/3/27  NIFTYSERVE文学フォーラム8番会議室に初出:.
「美術館めぐり(その25)」一部改稿)


   

朝倉響子

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