* ベルナール・ビュッフェ美術館(静岡県駿東郡)



 ビュッフェの訃報に接した。享年71才。自殺だったという。


 三島にあるビュッフェ美術館を訪れたのは今から25年くらい前だった。

この美術館が作られたのが1973年というから、オープンしてまもなくに

訪ねたことになる。

ビュッフェに興味をもったきっかけはよく覚えていないが、街の本屋で

彼の画集を手にとったかなにかだったのだろうか。会社勤めを始めて

まもない頃、何のきっかけか、週末にひとりで横浜から三島までわざわざ

出かけていった。絵に興味を持ったのはもっと後のことであり、当時

美術館に足をむけることはほとんどなかったはずなのだが。

新幹線で降りて三島の駅からどうやっていったのか、覚えていない。

丘の上から坂道を降りていくと、きれいな建物の美術館があった。

ビュッフェにひかれたのは、その縦の太い直線を強調したスタイルと

黒を前面に出した色調にあったのだろう。当時、自分を扱いかねて

軽い鬱病のような状態だったわたしは、自分の暗さと共鳴するものを

ビュッフェに見ていたのかもしれない。

美術館に入って、しかし、すぐに失望したのをよく覚えている。

そこで見た絵には生命が感じられなかった。その個性的な色使いや

スタイルも形式化していて、ほとんどの絵はただ、その形式を

繰り返しているだけにおもえた。いわば、描くために描いているだけの

作品という印象だった。

気の短かかった当時のわたしのことだから、きっと、入ってすぐに、

美術館を後にしたに違いない。確か、肌寒い、冬の初め頃だったような

気がする。


 訃報を伝える新聞は、戦後のある時期、このひとの絵が、当時、流行

していた実存主義を表現するものと見られていたのだと伝えている。今回、

初めて知って、意外にもおもい、また、なるほどと納得できるような気も

した。それまでの緊張が取り払われた明るさのなかで、足元は暗い現実の

なかにいた時代、ビュッフェの絵はそういう時代の屈折した雰囲気と重なる

ものがあったのだろう。しかし、そういう時代のなかで作り上げたスタイルと

個性を、やがて訪れたであろう平穏な日常の時間のなかで輝かせ続ける

のは容易なことではない。強い個性であるだけに、新しい表現を模索

すればするほど、絵が描けなくなる。その一方、流行作家として絵の注文

は増え続ける。むろん、こんなことはわたしの空想だが、あるいは、それに

近い時期の作品だったのかもしれない、ビュッフェ美術館を訪ねたときに

見た作品は。


 今、ビュッフェというと、メナード美術館にある「石油ランプ」という静物画、

ブリジストン美術館の「アナベル夫人像」が思い出される。

特に後者は良い絵だ。

「美術館めぐり:その26」に、こう書いている。

「この女性のもつ、りりしさ、強さ、傷つきやすさが画面にあふれている。

この作者特有の黒の直線が、黒い髪、大きな瞳、ぴんと伸びた背筋ととも

に画面に緊張感をつくり、カーデイガンと一体となってスカートの前に

広がるショールの深い赤がその緊張感を気品をもって包んでいる。」

わたしはこの絵で始めてこの画家に出会ったと言って良い。ビュッフェ

美術館を訪ねてから、20年以上たってからのことである。

今年の5月の連休に久しぶりにビュッフェ美術館を訪ねようとおもい

ながら、果たせなかった。今度、訪ねたら、どんな印象を受けるだろう。








(99/10/9  NIFTYSERVE文学フォーラム8番会議室に初出:.
「美術館めぐり(その63)」)





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ビュッフェ(その1)