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ジャズのスタンダードに「バードランドの子守歌」という曲がある。

「バードランド」とは、50年代にNYにあったライブハウスの

名前で、「バード」という名前は伝説的なサックス奏者チャーリー・

パーカーの愛称から取ったもの。

現在もNYに同じ名前の店がある。

 この曲は当時「バードランド」でよく演奏していたピアニストジョージ・

シアリングが1952年に作曲したもので、最初は歌詞の付いていないピアノ曲

だったが、今では歌詞付きのヴォーカル曲としても知られている。

 アップテンポの軽快な曲だが、低い音から高い音に一気に

駆け上がる音域の広い曲であり、歌うにはかなり難しい曲かと思う。

 この曲のCDはサラ・ヴォーン、クリス・コナー、エラ・

フィッツジェラルドの3枚をもっている。

いずれも良い演奏だが、サラ・ヴォーンの歌が一番好きである。

サラ・ヴォーンはスキャットをちりばめ強い個性で歌っているが、

強引なほどのドライブの効いた歌いぶりが不思議なほど

この曲にあっている。

 サラ・ヴォーンの歌では、最初の「ババララ」というスキャットによる

出だしになぜかいつも昔の古いラジオを思い出す。

ラッパのスピーカーが付いたラジオである。

この曲が書かれたのは1952年、クリフォード・ブラウンらの演奏で

サラ・ヴァーンがレコードを吹き込んだのは1954年である。

当時ラッパのついたラジオなど消えていただろうし、

レコードプレイヤーもLPの時代でラッパなどついていなかった

と思うが、この曲にはもっと古い時代の雰囲気を思わせるものが

ある。古い時代のくすんだなつかしいたたずまいが、歌手の強い個性を

やわらげている。

バックコーラス風なイントロが始まり、サラ・ヴォーンが

「Lullaby of Birdland

That's what

I always hear when you sigh」

とフル・コーラスを歌ったあと、まるでその元気のよい歌を

忘れたように単調なピアノ(ジミー・ジョーンズ)が

けだるいようなメロデイを弾く。そこにベースとドラム・ソロが短く

入ってヴォーカルを再び受け入れる準備をすませ、その後はスキャットの

オン・パレードである。

スキャットがゆったりとしたピアノを打ち消すように高音から

一気に低音へと歌い、また高音へと駆け上がって、

数小節ごとに次の楽器へと引き渡す。

フルート(ハービー・マン)、サックス(ポール・クイニシェット)、

そして最後はクリフォード・ブラウンのトランペットである。

リーダーはトランペットのクリフォード・ブラウンだが、

サラ・ヴォーンの歌声が曲の全体をぐいぐいと

力強く引っ張っている。


             
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  歌詞を読むと、音程差のある軽快なメロデイにあとから無理矢理

つけたような歌詞だが、感傷的な言葉が曲の軽いしゃれた雰囲気と

あっている。


Lullaby of Birdland

That's what

I always hear when you sigh

Never in my wordland could there be

Ways to reveal

In a phrase how I feel

Have you ever heard two turtle doves

Bill and Coo when they love?

That's the kind of magic music

We make with our lips when we kiss


And there's a weepy old willow

He really knows how to cry

That' how I'd cry in my pillow

If you should tell me farewell and goodbye

Lullaby of Birdland whisper low

Kiss me sweet and we'll go

Flyin high in birdland high

In the sky up above

All because we're in love


拙い語学力ではその言葉遊びを日本語に置き換えることが出来ず、

湿り気だけが残ってしまう。

ためらいがちに、創作を交えて訳してみよう。


小鳥の国の子守歌

あなたのため息を耳にすると

いつもそんな風に思う

どんなにあなたをおもっているか

とても言葉では言い表わせない

鳩がくちばしでいちゃつく時の

鳴き声を聞いたことがある?

ふたりの唇がキスする音は

そんな魔法の音楽のよう


柳が泣くように揺れている

柳は本当に悲しそう

あなたがさよならと別れていくなら 

枕に顔を埋めて柳のように泣いてしまう

小鳥の国の子守歌は低くささやいてくれるから

あなたもやさしいキスをしてほしい

そうすれば二人は鳥の世界に飛びあがる

高く高く空の上を軽々と

愛しあっている今だから


 「Lullaby of Birdland」という言葉の膨らみは日本語に置き換えるのが

難しく、「小鳥の国の子守歌」と無理せずに訳しておこう。

(末尾近くの「Flyin high in birdland high」はあえて「鳥の世界」と

広がりを示唆する訳にした。)

問題はその後だ。


Lullaby of Birdland

That's what

I always hear when you sigh

Never in my wordland could there be

Ways to reveal

In a phrase how I feel


この「Never in my wordland could there be

Ways to reveal In a phrase how I feel」という行は

作詞者の苦心の産物である。

「わたしの言葉の世界には、わたしがどんな風に感じているかを

言葉に現す言い方がとても見つからない」という意味であろう。

メロデイラインの音の高低が大きく、言葉が字余りか

字足らずになるところに、うまく言葉をはめこんでいる。

「reveal in a phrase」は意味としては「言葉に現す」であり、

「Birdland」と韻を踏む「wordland」(言葉の世界)がすでに

「言葉」という単語を出しているのだから「In a phrase」は

ないほうが自然なのだ。

済まそうと思えば、「tell」や「say」一語でよいのだが、それでは

音が抜けてメロデイが消えてしまう。

「reveal」はニュアンスで言えば覆われているものを開く、現す

という動詞であり、必ずしも言葉を使うと限らないから「In a phrase」

と補足しても不自然さは薄い。

この行は作詞家が意味よりも音を重視し、無理に言葉をかき集めて

きたとも言えるのだが、しかし、そのために最後の「how I feel」が

なにを指すか、曖昧になっている。

 恋の歌だから「感じている」のは主人公の恋人への思いと読むのが

自然かもしれない。

「どんなにあなたをおもっているか

言葉では言い表わせない」と一応訳してみた。


「Have you ever heard two turtle doves

Bill and Coo when they love?

That's the kind of magic music

We make with our lips when we kiss」


「bill 」は辞書には「動詞:ひとつがいの鳩が

くちばしを触れ合う」という意味があり、「bill and coo」で

男女がキスをしたり愛撫したりして語り合う、いちゃつく」

という説明がある。

それなら、「That's the kind of magic music

We make with our lips when we kiss」も

二人の熱いむつまじさをそのままに訳したほうが

よいのだろう。

「ふたりの唇がキスする音は

そんな魔法の音楽のよう」

と訳してみた。

しかし、歌を聞いていると
後半の別れを示唆する歌詞から

「Never in my wordland could there be

Ways to reveal In a phrase how I feel」

という個所に恋の甘さよりは、せつなさが感じられてくる。

最初の2行にある「That's what I always hear when you sigh」

という恋人のため息に主人公が複雑な思いを抱く場面を想像して

しまうのだ。この思いは言葉ではとてもうまく言い表せないと

伏し目がちな表情が眼に浮かぶ。

「That's the kind of magic music

We make with our lips when we kiss」も、

「ふたりの唇がキスする音は

そんな魔法の音楽のよう」

と訳した甘い恋の雰囲気よりも、「魔法の音楽」という言葉に

主人公の別れへの不安を打ち消す祈りのような気持を見たくなる。

もう、一度訳してみよう。


小鳥の国の子守歌

あなたのため息を耳にすると

いつもそんな風に思う

感じたままを言葉にしようとしても

わたしの言葉がたどり着けない

遠いところにあるもの

鳩がくちばしでいちゃつきあう時の

鳴き声を耳にしたことがある?

ふたりの唇がキスする音が

魔法の音楽になってあなたのため息を

消してほしい


柳が泣くように揺れている

柳は本当に悲しそう

あなたがさよならと別れていくなら 

枕に顔を埋めて柳のように泣いてしまう

小鳥の国の子守歌が低い声でささやくから

あなたもやさしいキスをしてほしい

そうすれば二人は鳥の世界に飛びあがる

高く高く空の上を軽々と

愛しあっている今だから


 言葉の拙さは容赦願うとして、恋人との間の

かすかな隙間風におびえる主人公の姿を前面に

出したほうがこの歌詞にふさわしいと思うのだが

どうだろう。

後半の「Lullaby of Birdland whisper low」も「low」は

快さよりは不安な気持が込められている感じがする。

その「whisper(ささやき)」を打ち消すように「Kiss me sweet」と

言っているのでは。

「All because we're in love」という言葉が甘美さよりも切なく

聞こえるのはわたしだけだろうか。


 終わってみれば、湿り気の多すぎる歌詞になってしまった。

おやおやである。

もともと憂いを含んだゆったりとした歌詞だが、

これでは感傷的に過ぎるかもしれない。

行間に浮かぶ暗さと言葉の響きが矛盾するような、

転調の多いメロデイと細かいリズムに合わせた、

子供の言葉遊びのような歌詞なのだ。

暗い曲を小粋にしゃれた音楽に変えるのがスタンダード・ジャズの

面白さだ。

無理に意味を求めずに言葉の雰囲気と響きを楽しむのが

本当かもしれない。




           3


 この歌詞の作者にはっきりしないところがあるのに気が付いた。

手元のCD(「Sarah Vaughn with CliffordBrown」)では作詞家は

「B.Y.Foster」という名前になっている。

しかし、調べるとB.Y.Foster/George David Weissと二人の名前を

挙げている例がある。また、George David Weissひとりを

挙げている例もある。

George David Weissは「What A Wonderful World」「The Lion Sleeps

Tonight」「Can't Help Falling in Love」という有名な曲の作詞家として

名前が残っているが、B.Y.Fosterについてはどうもよくわからない。

調べてもどうもこの曲以外に記録がないらしい。

 Bというイニシアルは女性かもしれない。

歌詞が女性の恋心をよく歌っていると思えるからだ。

あるいはB.Y.Fosterなる人物は歌手だったのだろうか。

その彼女?が歌詞のついてない軽快なこの曲にスキャットや即興に

口でつけた歌詞で歌っていたのではないか。

それを聞いたGeorge David WeissがB.Y.Fosterの作った言葉の

きれはしを縫い上げ、曲の細かいリズムにあわせて韻を踏む形に整えた、

ということなのでは。

1952年といえばそれほど大昔の話ではないが、これほど知られた曲で

作詞者の経歴がはっきりしないとは不思議である。

きっとB.Y.Fosterは歌手とすれば無名のままに消えていった歌手だった

だろう。

皆、曲を聴いてのわたしの勝手な想像だ。

ただ、歌詞の柔らかく切ない思いは知られずに消えていった無名の女性歌手という

感傷に似合わしいと思うがどうだろう。


  サラ・ヴォーンは細かいリズムで次々にスキャットをくり出す

歌い方で、それこそ鳥の鳴き声を思わせるものがある。

その太い元気の良い声に、この曲のサビである後半がかえって

せつなく響く。

 作曲者のシアリングはいつも「バードランド」での演奏の最後に

この曲を演奏したのだとか。

「子守歌」と名づけたのはそのせいであろう。

しかし、B.Y.Foster/George David Weissの歌詞は

むしろ部屋に一人いて夜の闇に小声で口ずさむような歌に

なっている。

むろん、大人のための子守歌である。



[注]

英語の歌詞は「Sarah Vaughn with Clifford Brown」の
歌詞カードから採りました。


(05/05/28 掲示)








バードランドの
子守歌

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