前触れ
今思い出しても身の凍るような体験をお話します。
あれは高校生活にもやっと馴染みはじめたとても暑い夏休みに起こりました。
ある日、私の自宅に一通の手紙が届きました。それは小さな頃から幼馴染だったKからでした。Kは小さい頃に両親の仕事の都合で遠い町に引っ越してしまい、それきり連絡が途絶えていました。それが十三年ぶりに手紙が届いたのです。手紙の内容は休みを利用して遊びにきて欲しいというものでした。
「何故、十三年もの間連絡をくれなかったのに今頃になって・・・・」私はそう思いました。しかし、そう思っていた私も、Kの手紙に導かれたのか、夏休みの数日間を彼の自宅で過ごすことになりました。
Kは奥深い山の麓にあるとても小さな町に住んでいました。バスから下りるとそこにはKが立っていました。「早かったね」というKの言葉を聞いているとき、初めて彼の隣に真夏だというのに真っ赤の洋服に深深と帽子をかぶった、背の高い男が私のほうを向いて立っているのに気がつきました。
Kと話しながら歩き、ふと後ろを向くと、まだ男は私を見ていました。「なんだか気味悪いなぁ・・・・」そう思ったときです。だいぶ離れた位置にいたはずの男が物凄い速さで私の目の前に現れたのです。そしてニヤリと笑うとスッと消えてしまいました。Kに今起こったことを話すと、とても不思議そうな顔をして信じてくれませんでした。
家に着くとKの両親に手厚く歓迎されました。その夜は学校や友達の話に花が咲きました。家のものが寝静まった頃、私は浴室でお湯につかり、のんびりと旅の疲れを癒していました。そして、昼間のゾッとするような出来事を考えていました。
「信じられないよなぁ。あんなこと・・・・」溜息をつきお湯に目を戻すと、そこは血で真っ赤に染まっていたのでした。驚きのあまり天井を見上げると、頭が割れ血まみれになった男の顔が浮かんでいました。そして私はそのまま意識を失ってしまったのです。
目が覚めると布団の上に寝ていました。「あれは、夢だったの・・・・?」KやKの両親に昨夜のことを聞いても何もなかったというだけです。
かがみに自分を映し髪をとかしていると、庭に昨日バス停にいた男が立っているのが見えました。ハッとして振り向くと誰もいません。恐る恐る鏡を覗くと、今度は私のすぐ後ろに立って薄気味悪い笑みを浮かべ私を見下ろしていたのです。悲鳴を上げても誰も来ません。私は一刻も早くここから逃げ出さなければと自分に言い聞かせ、夢中で家を飛び出しました。
どれくらい走ったでしょうか、いつのまにかあたりは薄暗くなっていました。前の方にバス停が見えてきました。そしてそこには運良くバスが止まっていたのです。「これで帰れる」私はそのことで頭が一杯でした。しかし、そのバスは私がかけよるとすぐに発車してしまいました。私はその時、絶望の中に立ち尽くしてしまいました。この日の便はそのバスで最後だったのです。私は地面にうずくまり声をあげて泣き叫びました。するとバス停のベンチに腰を掛けていた男が、次のバスはいつ来るかと尋ねてきました。私は男を見上げました。男は白い服を着、黒い帽子をかぶった背の高い男でした。男は私が何故泣いているのかとても不思議に思ったらしいのです。私は誰かにすがりたくて男にすべてを話しました。
すると男はいきなり私をひっぱってどこかに連れて行こうとしました。抵抗しようとするとき、見てしまったのです。男の顔を。それは二度と見られないほどにつぶれていて、体のいたるところに醜い傷があり、頭がざっくりと二つに割れそこから大量のどす黒い血が溢れ出し、その血で白い服が真っ赤に染まっていった・・・・。
私がバス停で見た赤い服の男も、浴室で見た血まみれの男の顔も、すべてがこの男自身だったということを知りました。私の目の前で男はみるみるうちに腐り始めていきました。声にならない悲鳴をあげると、男はケタケタ笑い私の顔を真っ赤になった形のない手で覆ってきたのでした。
私は何かの振動で目がさめました。あたりを見渡すとそこはバスの中でした。蝉の鳴き声も聞こえ太陽が激しく照りつけていました。「あれはすべて夢だったの・・・・・?ああ、助かったんだ・・・・」ただの夢だった。絶対あんなことは実際にに起こるはずがないと自分に言い聞かせ、荷物を持ちバスから下りるとKが立っていました。そして「早かったね」そう言ったKの隣には、真っ赤な服を着て帽子を深深とかぶった背の高いあの男が、私をじっと見て立っていたのでした。まさにこれからあの恐ろしい出来事が起こる前触れのように男はニヤリと笑ったのです。そして私の耳元で囁きました。「夢じゃないよ・・・」と。
赤い服の男は、このバス停でバスを待っているとき事故にあって亡くなったことを、あのことが起こった数ヶ月後に知ったのですが、何故わたしばかりにあんなことが起こったのかいまだに謎です。