もう一人の私

 

岐阜県の高校生、横井亜紀世さんは、恐ろしい出来事にあっている。
ある朝、目を覚まして台所に行こうとすると、台所に入る手前の畳に、なにやらどす黒い染みが出来ていたのだ。幼女は幼い頃に母を失い、今では兄と父の為に家事の一切を引き受けている。この日も、朝食の準備のために六時に起きたと言う。
その染みは、何かの液体が滴った痕のように見えた。が、雑巾で拭き取ると、まるで血のようだった。起床した兄と父に聞いて見たが、心当たりは無いと言う。
「天井裏でネズミでも死んでいるのかもしれない。ちょっと調べて見ようか」
兄が天井の板をあげ、懐中電灯で照らして見たが、天井裏にはほこりとクモの巣以外、なにもない。下から見ても天井板にはなにかが流れ落ちた形跡は無かった。
変だな?と、三人とも思ったが、会社と学校に出かける忙しい朝の事、それ以上追求もせず、染みのことは忘れてしまった。
ところが、二、三日後の朝、今度はトイレに行こうとした兄が、再び同じ染みを見つけたのである。場所も同じ台所入り口の畳の上だ。今度こそ、”おかしい”ということになり、原因をつきとめることにした。父が言うには、
「どうも、これは人間の血らしいぞ。夜のうちに、だれかが、ここに血を滴らせているんじゃないか」
一瞬、三人ともゾッとした。無理もない。夜中に、家族以外の何者かが、なかをうろうろしているとは、考えるだけでも気味が悪いのに、血までたらすとなると、これは普通ではない。さっそく警察にと言う兄に、父が、もう一晩様子を見ようといいだした。
「上から滴ったものなのか、それとも下から染み出しているのか調べて見よう」
そこで、染みのできる部分にプラスチックの大盆を置いて、その夜は寝ることにした。
翌朝見ると、盆の上には赤黒い液体が飛び散っていた。それは明らかに上から落ちたものだった。結局、警察に調査を依頼してみると、Rhプラス型の人間の血で、亜紀世さんのと同じであることがわかった。
だが、原因は依然として不明だった。近くで殺人事件があったわけでもなく、負傷した者が家に潜んでいるのでもない。警察は首をかしげて帰って行った。
その夜、気味が悪くて眠れないままに、父と兄は、そっと”現場”をのぞいてみた。が、まだ血は見られない。亜紀世さんは、数日来不眠症にかかっていたが、この時は部屋でぐっすりと眠っていた。
「腹が減ったな。牛乳とパンで夜食でもとるか」
と父がいい、兄と二人で台所で夜食を食べた。そして、もう一度”現場”を見た二人は、”あっ!”と叫んだ。そこにはすでに真っ赤な血痕がべったりとついていたのである。
「亜紀世は?」
とっさに兄が彼女の部屋に行くと、なにやら苦しそうなうめき声がする。
とびこんでみると、眠っている彼女の顔には一面にぶつぶつと血が噴き出していた。駆けつけた父の顔からもも、さすがに血の気が引いた。娘は顔中血だらけになってうなされていたのである。
すぐに彼女を起こして、顔を拭うと、傷跡はなく、亜紀世さんは何が起こったのかさえ分からなかった。
翌日、内科の医師に診断してらうと、亜紀世さんは、胃潰瘍にかかっていることが分かった。しかし、胃潰瘍の血が顔から噴き出すなど、むろん現代医学の症例には全くない。医師は前夜の出来事を信じてはくれなかった。
そして、その夜、二時頃、トイレに行こうとした亜紀世さんは、薄暗い台所の中でなにか白いものがフワッと動くのに気づいて、境の障子を開けた。得体の知れない物体が!と思うまに、”それ”は、ハッキリとした形を取り、彼女は声を上げる事も出来ずにその場に失神してしまったのである。
もう一人の亜紀世さんが、そこにいたのだ。鏡も、自分の姿が映りそうなガラス戸さえもない台所の空間に”それ”は本当に存在し、しかも顔中血だらけの姿で、じっとこちらを見つめていたと言う。
異様な物音にとんできた父と兄が見たのは、台所に倒れている亜紀世さんと、やっぱりいつものところにべったりとこびりついた”もう一人の彼女”の血液だった

 

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