天国と地獄   H17.12/18(日)  

 mewの運転歴30年にして初めて遭遇したもの凄い体験だった。

【結婚披露宴】
 H17.12/17(土)午前0時15分、mewはまなぶっち(天下の平野 学選手の愛称)とカオリン(新婦・香織ちゃん)の結婚式のため単身愛車フィットを駆って北陸道を石川県金沢市に向かった。 新潟・北陸周辺には大雪警報が出ていた。
 でも、大雪だとまず電車やバスの交通機関が止まり、高速道は止まることがあっても除雪車のフル稼働で間もなく通れるようになるのが常なのでmewはいつも車で動く。
 往きは新潟から富山を過ぎるまで穏やかな天候で、星空を眺めながらの深夜のドライブは、車はめったにいないし覆面の心配もなく、気ままな1人旅でたまに走っているダンプの後ろにくっついてそのテールランプに先導して貰って楽な運転をし、眠くなったら自由に ICで仮眠するという快適な旅だった。 石川に入ると雪。 20センチ前後は積もっているのに高速道も市内も除雪していないのにはびっくり。
 朝、合流した電車の鹿ちゃん、車の淀君達と舟岡山スポーツ施設で午前中バンテの練習をさせて貰って後、〔KKRホテル金沢〕の鹿ちゃんの部屋で支度させて貰って同ホテルでの4時からの披露宴に出席。 

素晴らしい宴だった。  
 シャンデリアがきらめき、10余卓の各テーブルの中 央には高 めの位置に花々と姫りんごのオブジェが盛 られ、あちこち花々で彩られた白亜のインテリアの会 場も洗練されていて美しかったし、主役の花嫁、花婿 は輝いていた。 
 とりわけ花嫁の美しさは、金銀の刺 繍に彩られた内掛け和装スタイルや幸せの黄色、深紅のドレス、あ るいは純白のドレスがよく似合って際立っていた。 
 まなぶっちがうっとり夢見心地になるのも無理はない。
 カオリンが小学校の教師をしているというのにはびっ くり。 
 道理で可憐さの中にも知的ひらめきを持っているわけだ。 又、白血病で妹さんを喪ったということで、彼女に感じる憂いはそれだったのか。
 ニュースタイルと感じさせたのは、テーブル配置表がきれいなクリスマスカードだったり、名札がクリスマスツリーの形をしてテーブルに立てられるものだったり、1人1人に細長い詞紙に達筆な毛筆で書かれた句があったり、花の形をしたろうそくが置かれてあって、キャンドル点火の時参列者が各自でそれに点火するのであったり、大テーブルにオードブルが置かれて10数人の若い人達が長椅子に肩寄せ合って座っているコーナーがあったりしたことだ。  そのコーナーは斬新でいい感じだった。

                          (サンタ色を演出した式でもあった)
   (お似合いのご両人!)























(←ひと安心の全国独身Big3
サポートBB連合?)

【2次会】
2次会は大勢の仲間達があふれ返った店内で全国の仲間達の祝福ビデオメッセージが映写されたり、2人1組で風船を吹いてそれをお尻で押し合って割るゲームをしたり、抽選賞品等の趣向で盛り上がり、楽しいひとときを過ごした。 
 ビデオメッセージは、大阪・今年の全日本チャンプ・山本番長のHGスタイルの「フォー」がウケたし、大ちゃんら神奈川若手勢や静岡・ユキちゃん達他多くの各県仲間達のナマコメント、新潟若手勢のメモコメント等多彩…さすが全国区のまなぶっち人気と思わせた。
 深夜の運転を控えてアルコールを飲めなかったのが残念!
 鹿ちゃん達はもう1泊して翌日も練習する予定だったが、(う〜ん、残念!)mewは翌18日(日)午後1時から年末サークル恒例のサウスウィンド杯があるためにどうしても帰らねばならなかった。 
 北陸道は大雪警報が出ていたが行くしかなかった。
 鹿ちゃんの部屋で岡ちゃん、K夫妻らと深夜までだべってくつろぎ、1時過ぎに電車で帰るNさん達を駅まで送って皆と別れた。
 ここまでが天国だった。

【北陸道】 
 雪がさんさんと降り、アイスバーンの上に更に積もって2本のわだちが埋もれるようについている道路の金沢市内をわだちからはみ出ては進めなくなるのではみ出ないように走り抜けて高速道に乗ったのが午前2時。
 ナビに自宅をセットして雪の高速道を走ること数分、何故かナビは次の美川 ICで降りろという。 ドジなことに新潟とは逆の福井方向に走っていたのだった。 (又あ…)わだちから外れまいと道路に目をこらしてばかりいたから標識なんてろくに見なかったのだ。  mewのそそっかしさは日常茶飯事。 
 乗り直して強風が吹き始め、フロントガラスをバシャバシャと叩きつけるみぞれに変わった高速道をザブザブーンと雪しぶきを上げながら走る。 ゆうに積雪10センチはあるシャーベット道路。 (ん、もう。何で除雪してないのよ〜) テレビは石川県の大雪は20年ぶりと言っている。
 ダンプカーが追い越して行くと(それっ)とばかりその後ろにくっついてテールランプを目印に楽な運転をしようとするが、嵐のような雪しぶきを浴びせかけられて断念。  深夜の高速道はまるでダンプカーロードだ。
 どれもこれもでかい箱を背負ってシャーベット道路をものともせず猛しぶきを舞い上げて爆走して行く。 (体重があるんだもんね。 ハイドロプレーニングにはならないか…)以前mewは雨の高速道を80キロで走行中、水溜りのあるわだちの箇所で突如アイスリンク上を滑走するかのようなこの現象に見舞われたことがあり、その時はブレーキもきかずハンドルをしっかり握りしめてアクセルを離し、スピードを落としながらわだちから脱出してしのいだことがあるので、以後雨の道路は水たまりのあるわだちを避け、80キロ未満で走ることにしている。
 でも、この場合はわだちの左右にはシャーベット雪が積もっており、わだちからそれてはスリップするので、ただひたすら2本のわだちからそれないように目をこらして60キロ位で走行。
 それを尻目にどんどんダンプカー群がしぶきを引っかけながら追い抜いて行く。
 たまに普通乗用車が追い抜いて行くと、「お〜い、ハイドロになるぞ〜」聞こえるわけないのに声に出して警告。 なんてところまではまだ余裕があった。

 やがてだんだん強風もみぞれも激しくなってフロントガラスが割れるかフル稼働のワイパーが壊れるかと思うような様相になってきて益々前方の視界は悪くなり、ライトを上向きにして走った。 ダンプが追い抜いて行く度にライトを下向きにするが、まるで闇夜の白滝の中走行だ。 目をこらし、しっかりハンドルを握って走る。
 石川県を出たあたりで「富山〜糸魚川間通行止め」の電光板。
 パーキングに入って一休みすると交通情報アナウンスが「吹雪のため」の通行止めを告げている。 (富山まで行ったら下道か。糸魚川までしのげばいいんだ)

 再び走行開始したとたん、猛みぞれが今度は猛吹雪に変わり、ゴオーッという感じで真っ白い雪の大群が道路下から吹き上げてきた。地吹雪だ。
 追い抜いて行ったダンプのテールランプがあっと言う間に見えなくなる。
 制限速度「50キロ」の電光表示が辛うじて見えたが、視界は10メートルから5、6メートルへ、2、3メートルへと落ちて行き、スピードも40キロから30キロへと落ちて行く。 前へ進むほど吹雪は激しくなり、強風も度合いを増して、アクセルを踏んでいるのに前から押し戻されるような感じで、その上ワイパーに氷塊がついて所々しか見えなくなった。 気がついたら車内というのに私は頭を低くして顎を引き、風の抵抗を少なくするバイク走行の姿勢になってわずかに見えるワイパーの隙間に目をこらしていた。 前方に赤いテールランプが見えたら追突しないようにしようと思いながらも、何しろよく見えないので、両脇のポールを両視界で捉えながら、その真ん中を走るようにした。 が、やがて視界はゼロとなり、自分の車のフロントさえ見えなくなって、下から吹き上げてくる白い悪魔はまるで吠えるようにドビューッとフロントガラスに襲いかかり、スピードは 20キロにダウンした。 
 左前方から強烈な突風が吹き、真ん中を走っている筈がザザザーッと右端に押し流され、1メートルとない距離にガードレールのポールが迫ってぎょっとする。 
 流されまいと左前方にハンドルを向けて必死で暴風雪と闘うが、2度、3度と力負けして右のポールが迫る。 激突しないのは雪の吹き溜まりがあるからだった。 
 ある時その吹き溜まりにズズーンと押し込まれた。 (脱出しなきゃ)じっとしていては雪に埋もれる。 2酸化炭素中毒死のニュースがひらめく。 
 1度前にゆるくアクセルを踏み、動かないのでバックに入れ、数センチバックしたところですぐアクセルを踏み、又バックに入れて数センチ下がり、反動をつけて又アクセルを踏むという動作を4,5回繰り返したら脱出出来た。 雪国の車が雪にはまった時の伝統的脱出法だ。 この暴風雪と闘いながらの何も見えない高速道(いや、低速道だったけど)を走行する恐怖はハンパではなかった。
 事故っている車がありませんように…後ろから追突してきませんように…。 
 でも、もはや追い抜いて行くダンプもなかった。 みんな見えない筈だ。
 20キロか30キロで走っているだろうからぶつかっても死にやしないだろう。
 いや、ダンプにぶつかられればぶっ飛ぶかな。 
 しかし、何でこの状況が通行止めじゃないのよ〜。 死ぬかな。 死んだら息子や娘はどうするかな。 ダンナは…。 友達は…。 サウスウィンドのみんなは…。 
 いろいろなことが頭をかすめる。 
 待てよ。 まだ死にたくないな。 久しく会わない息子に会いたい。 
 生まれ故郷の中国に1度は行きたいんだった…。 100才まで元気にバンテするつもりだった! 神様、仏様、守護霊様、ばあちゃんっ!(亡き最愛の母をmewはこう呼ぶ)、お守りを…。

 やがて、少し暴風雪が勢いを落とし、視界が開けてきて、左側にちらっとオレンジ色に回転する光を通り過ぎた。 (ラッキー、パーキングだ!)ちょっと戻ってパーキングに降りる。〔小矢部川…オヤベガワ〕とあった。 「おー、やべーがった」 独り言の駄洒落…。(-.-)
 明るいパーキングの光を背にして、白い闇の中に沢山の黒っぽいシルエットがぼうっと浮かび上がった。 そこはダンプ軍団と避難車の山だった。
 車から降りると膝がガクガクした。 緊張して身じろぎもせず運転していたから
エコノミー症候群か? 凍りついたワイパーを叩いて氷塊を落とし、ライトやナンバープレートに真っ白に貼り付いた雪を落としてここでしばしの休息。
 車にロックして温かいコーヒーを飲み、座席を倒して目をつむるとあっという間に爆睡。(-_-)zzz  mewは寝る直前にコーヒーを飲もうがお茶を飲もうが眠れないということはない。  気づくと30分寝ていた。 
 白々とした夜明けであの暴風雪はやや納まり、視界もよくなっていた。  
 トイレに行くと道路情報のアナウンスが「富山〜新潟西インターまでの通行止め」を告げていた。 「吹雪と事故のため」とのこと。
 (げっ!)これから富山まで行って、そこから新潟市までずっと下道で行って1時からの大会に(間に合うかな?) 5時ちょっと過ぎに出発。 本来もう自宅に着いている時間だ。
 よっぽど納まってはいたが、暴風雪はまだ馬鹿にしたものではなかった。
 相変わらず白い悪魔はフロントガラスに襲いかかり、視界は2、3メートル。 
 ゼロよりましだけど(ちょっと出発が早かったかな)と後悔したが後の祭り。 
 行くっきゃない。 
 フロントのすぐ先にわずかに見える黒っぽいわだちを辿りながら、白い前方に赤いテールランプが見えたら徐行しようと30〜40キロで走行。 後ろからダンプのライトが迫ってくるとギリギリ左に寄るが、2車線分あるわだちが所々1車線になっている所ではあおられている感じで焦った。 (待ってよね。 こっちは体重がないから速く走れないのっ(・_・;)…こんなセリフ普段言ってみたい(^_-)-☆)) トンネルに入るとホッとして羽を得た鳥のようにぶっ飛ばした。
 本来トンネルは厭なもので、いつか北海道で起きた岩石の崩落でトンネル内で生き埋めになった車のことを思い出したり、幽霊がいるような気がして(笑うな!よく聞く話でしょ?)mewはいつも速く通り抜けようと思うのだが、この時のトンネルだけは苦しい運転から解放されて嬉しかった。 ところがトンネルとトンネルの間に時々一般道路が出現するので油断出来なかった。 
 最初に電光掲示が「出口ユキ注意」と出た時、まだ明るいトンネル内のライトが延々と続いているように見えたので出口はまだ先とそのまま走っていて突然切れ目が現れた時はビックリした。 寸前でキキーッとブレーキを踏み、80キロに落としてわだちからそれないようにして走り抜けたが冷や汗が出た。 
 トンネルをいくつも抜け、だんだん激しくなっていく吹雪をかいくぐり、やっと富山インターに到着。 ここから下道の8号線に出るわけだが、高速道が猛吹雪ということは、下道だって猛吹雪…。 道路も標識もろくに見えなくて、ここが道路と思しき滑走路のような白い雪の筋の真ん中をそろそろと走行するが、積もった雪の下はアイスバーンで、つるつるとよく滑った。 あちこちに車が突っ込んで動けなくなっていた。 中には田んぼに突っ込んだ車を2,3人の男性が泥まみれで取り囲んで茫然と突っ立っている姿もあった。 (わ〜、怖っ! 落っこちないようにしよう) 一向に8号線が見つからず、ナビを8号線としても、ナビは何を勘違いしたかmewをあっちこっちと連れ回した。  やっと8号線に行き当たったが、今度は猛吹雪とアイスバーンと渋滞の3重苦に見舞われた。 
 朝方のガリガリに凍った道は、ちょっとアクセルを踏むだけでツルン、キュロンと滑るので緊張のしっ放し。 特に坂道では緊張した。 
 高速道を走る筈のダンプや車がいっせいに下道に合流したせいの大渋滞だが、数珠のように車がつながっていたので、登りではずり落ちて後車にぶつからないように、下りでは前車に追突しないように距離を測りながら、尚且つ道からそれないよう、全神経を集中してしっかりハンドルを握りしめて前車を追尾した。 
 相変わらずあっちこっちに車が突っ込んでおり、越後つついし親知らずのあたりの左側が海の崖っぷちの所なんか命がけだった。  
 7時、柏崎あたりを通過した頃、石川を出てから30分しか眠っていないので猛烈に眠くなり、道路沿いのコンビニに入ってコーヒー缶を買い、そのまま駐車場で又コーヒーを飲んで爆睡。 
 が、すぐ目が覚めて時計を見ると10分しか眠っていない。 コーヒーのせい? 帰らねばならないという緊張感のせい? 又走行開始。 
 進むほどに天候はよくなっていたが相変わらずの渋滞にうんざり。 
 2回ほど眠くなり10分位ずつ仮眠しながらひたすら前進。 ナビは到着予想時間を11時、12時と表示をどんどん延ばして行って、長岡あたりでは1時となった。 
 もうダメだ。 サークルの主だったメンバー数人に一斉同時SOSメールを発信。 
 状況を告げ、「段取りをして大会をやってて下さい。」というのへ、「OKです。任せなさい。」とか、「了解です。気をつけて帰ってきて下さい。」という頼もしい返信。  
 新潟市に近づく程に青空のいい天気で雪もさっぱりない。 
 あの石川・富山あたりの悪夢のような猛吹雪は何? 
 三条市という所から新幹線脇の信号の少ない側道に抜けて渋滞とお別れ。 
 自宅に帰着したのは午後2時だった。 実に石川を出てから12時間半…。
 (はあ〜、無事に帰れたあ) 安堵する間もなくホームグランドの会場に飛ぶ。 1時間半遅れたが、恒例のサウスウィンド杯はもう11回目とあって手馴れたメンバー達によって滞りなく開催されていた。 抽選ペアでなるべく男女が組んで総当たり戦をするのだが、mewは4年前の全日本チャンピオンの川島クンとで、2試合程誰かが代理で試合を消化してくれていたが、駆けつけ戦で1敗した以外はあとの4試合を元気にこなして川島クンの力のお陰で優勝という無事生還のご褒美(?)にありつき、引き続きのその夜の忘年会も大いに楽しんだ。
 
 しかし、忘れ得ぬ稀有の体験だった。
 天国と地獄と最後は又天国だった? (完)
 
  

 
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