みちぇりーなのお気に入り選手
〜vol.14〜

GAIZKA MENDIETA ZABALA

1974年3月27日 Bilbao生まれ
173cm 69kg centrocampista
     
   eqpuipo   Div. part. gol.
Deportes Ton~in
San Miguel
   Castellon   Juv.
Oropesa
   91-92  Castellon   2  16  0
   92-93  ValenciaB   B  31  2
  92-93   Valencia    1   2  0
   93-94  ValenciaB   B  17  0
   93-94   Valencia    1  20  0
   94-95    〃      1  13  1
   95-96    〃      1  34  0
   96-97    〃      1  30  1
   97-98    〃      1  30 10
   98-99    〃      1  37  7
   99-00    〃      1  33 13
   00-01    〃      1  31 10
   01-02   Lazio     1  20  0
   02-03  Barcelona   1



〜獲得タイトル〜
1996年 Subcampeon de Europa(Seleccion Sub-21)
1999年 Copa del Rey,Supercopa de Espan~a(Valencia)

〜Seleccion〜
Sub-18,Sub-20,Sub-21,'96Atlanta五輪代表。
・1999年3月27日MestallaでのEspan~a-Austria(9−0)で
69分Valeronと交代で出場し代表デビュー。
・1999年6月5日 VillarrealでのEspan~a-SanMarino(9−0)で
チーム9点目のゴールを決めたのが代表初ゴール。
・EURO2000で4試合出場、PKで2ゴール。
・2002年W杯出場。

CD Ton~inとSanMiguelでfutbolを始める。
Castellonのjuvenilの頃、Oropesaにレンタル移籍を経験。
17歳の時、LucienMullerによって、SegundaDivisionデビューのチャンスを与えられ、
1992年1月12日 Castellon-RayoVallecano(2−1)でデビュー。
Valenciaは彼の獲得のため3000万ptsを支払い、92年6月19日移籍。
1993年6月13日 Cadiz-Valencia(0−2)で、86分Belodediciと交代で出場し、
PrimeraDivisionデビュー。
HectorNun~ezは彼をcentrocampistaとして使ったが、GuusHiddinkは
lateral derechoとして使い始め、その後数シーズン控えが続いた。
ClaudioRanieriは監督に就任すると、オーガナイザーとして彼を中盤に戻し、
これが選手としての彼の転機となった。
彼がValenciaのprimera plantillaに昇格した頃にチームメイトだった
元選手RobertoFernandezは「よく走るが技術が伴わなかった。
こういう成長を遂げた選手は見たことがない」と驚いたという。

彼は、70年代RealMadrid,Rayo,Deportivoでプレーし、Castellonで
引退したportero、AndresMendietaの息子である。
Andresは66年Copa de Europa、68年メキシコ五輪を勝ち取ったporteroである。
1994年12月16日、ベルギーでのSub-21Seleccionのconcentracion中に
虫垂炎にかかり手術。
AthleticとRealSociedadが何度も彼の獲得を試みた。
97年夏、この2クラブが2億5000万ptsでオファーを出したが、
PedroCortes会長は拒否。実はこのときJorgeValdanoは
彼を売り渡すようクラブに勧めていたという。
出場が確実視されていた98年W杯、JavierClementeは
最後の最後で彼をリストから外し、出場できず。
兵役義務については、自ら良心的徴兵拒否者であることを
公言し、スポーツ選手の状況改善の法制化に貢献。
infantilの1000m障害のスペインチャンピオンで、
cadeteのマラソンでも2位の成績を誇るアスリートだった。
映画と音楽が好きで特にLouReedがお気に入り。
好きな映画はJFK。
RuudGullitが子供の頃からのアイドル。
futbol以外ではテニスをするのが好き。
MichaelLaudrupが最も苦戦した相手選手。
2000年9月9日RealMadrid-Valencia(2−1)でPrimera200試合達成。



〜Mendietaとの出逢い〜

     私が"Valenciaの心"Mendiと初めて会ったのは、
            2000年2月のことでした。
翌日の対戦相手はRealMadrid、しかし彼はサスペンションのため
この大一番に出場できなかったのです。
それもあってか、幾分元気のないMendiを気遣うように
Kilyが何か言っては彼を笑わせていたのを覚えています。
このシーズン、ValenciaはCL決勝に進出、
ValenciaのMendietaの名を欧州中に轟かせました。
彼だけでなく、Valenciaの超高速カウンターを支えた
選手たちを欧州有力クラブが獲得に乗り出し、
ClaudioLopez,Gerard,FarinosがValenciaを巣立って行きました。


丁度一年後の2001年2月、再び出逢った寡黙なcapitanは、
どこか疲れているように見えました。
まずはPiojoだったValencia、そのPiojoが去り、
プレッシャーを一手に引き受けることになったのが、
このcapitan Mendietaでした。
Gerard,Farinosの若手doble pivoteの穴は、BarajaとAlbeldaで埋まり、
Piojoが去ったトップはCarew,Zahovic,DiegoAlonsoという違うタイプの
新加入delanteroたちがAngulo,JuanSanchez,Ilieらと力を合わせて、
新しいValenciaを築き始めました。
しかし、事あるごとに責任がのしかかるのは決まってMendieta。
冬のマーケットでやってきたAimarに注目が集まる中、
彼の笑顔は見られなくなっていきました。
2年連続のCL決勝進出、心を引き裂かれるようなCLとLigaの最終結果。
彼が口にしたのは「環境を変えたい」というひと言でした。




Valencia関係者・ファンには寝耳に水だったMendieta移籍。
彼の獲得に乗り出したRealMadridのPerez会長が当時のValencia会長PedroCortesに
脅しとも取れる電話をかけたこともきっかけとなり、PedroCortesは
「Mendietaを売るぐらいなら会長を辞任する」と涙の会見を行い、辞任してしまいました。
RealMadridにだけは売らない、という決意を固めたValenciaに、
Mendiはスペイン国内での移籍を断念せざるを得ませんでした。
そこで浮上したのが、PiojoのいるLazio。
「Mendi行かないで」valencianistaたちの叫びも空しく、彼は空色のユニフォームに
袖を通すことになったのでした。RealMadridとBarcelonaに売る場合には
Valenciaに違約金を支払うという条件を盛り込んだ契約によって。

Valenciaの関係者はもとより、valencianistaたちの受けた打撃は相当なものでした。
まさか彼が移籍するとは思ってもみなかっただけに、
身を引きちぎられるような、心を奪われるような、耐えがたい苦痛を味わったのでした。
どんなに彼に頼っていたのか、どれほどの重荷を彼に背負わせていたのか、
改めて実感し、早くそれに気付いてあげられなかったのかと後悔したものです。
一方で、「結局彼はRealMadridに移籍したかったんだ」「結局お金が問題なんだ」と
心無いことを面と向かって言われ、唇を噛み締めたのも事実です。
valencianistaにとっては屈辱的な言葉だった。そんな言葉を投げつけられても
私たちは信じています、今でも「MendiはValenciaを捨てたんじゃない」と。
イタリアを選んだのは、彼のValenciaを想う気持ち。
愛するValenciaと闘いたくないという思いなんだと。

あれから1年半が経ち、Valenciaは栄冠を勝ち取りました。
RafaBenitezの下、彼がいたValenciaとはまた違うValenciaになりました。
Benitezは同じ苦しみを一人に味わわせないため、彼が外したcapitanマークを
Can~izares,Carboni,Ayala,Albeldaの4人に託しました。
彼らとその仲間達は皆で助け合い、支え合い、新たなValenciaを築いています。
それでも、私たちは忘れはしません。
彼が与えてくれた喜びと、彼を奪われた苦しみと、彼を救えなかった悔しさを。

彼はLigaに戻ってきました。azulgranaのユニフォームを纏って。
この一年間が彼から笑顔を奪ってしまったかに見える姿で。
大きな声では言わないけれど、valencianistaはいつだって彼を見ています。
おかえり、Mendi。また貴方に会えて嬉しいよ、と。
彼が笑顔を取り戻す日を心から願って待っています。


ある方から、地元Valenciaの人々の気持ちを聞くことができました。
彼らは今もずっと信じているそうです
Mendiは必ず最後にはValenciaに帰って来てくれるんだと。

Gaizka Mendieta
彼はそれほどまでにValenciaの人々に愛された、いえ愛されている選手です。
それは彼が今後どのような道を選ぼうと、変わることはないでしょう。


彼がきっかけでvalencianistaになったという方にたくさんお会いします。
時にライバルクラブの選手だからと気にして言わない方も。
遠慮せずに言ってください、大きな声で。
私はMendietaのファンなんです、と。
Valenciaというクラブは移籍した選手を過去の遺物のように葬り去る
血も涙もないクラブではありません。
彼らがいたからこそ、今のValenciaがある。
Valenciaの心だったMendiを忘れるような恩知らずではありません。
valencianistaたちは、彼を失ったときの衝撃があまりに大きかったために
彼のことを積極的に口にはしなくなりました。
でもそれは、彼を忘れたからではなく、彼を大切に想うからこそのことだと
彼のファンの方には知っておいていただきたいと思います。
MendiのファンとしてValenciaを見始めた方々を、今もvalencianistaとして留めていられるのなら、
それがValenciaの魅力を物語る物差しにもなるのではないでしょうか。

私も信じたいと思います、彼がValenciaに帰ってくる日が来ることを。




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