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おんがくのーと
H16年

このぺーじは、ピアノ曲を練習していて気が付いたことや、
コンサートの感想などについて、日記風に書きとめたものです。

H.16.11.21

練習中の曲の録音より
J.S.バッハ インベンションより13番 a-moll  1:16
J.S.バッハ シンフォニアより3番 D-dur 1:15
スカルラッティ ソナタ A-dur K-322 1:52

バッハの3声や4声が弾けるようになりたいと、最近思っていますが、
アンナ・マグダレーナの教本や、インヴェンション・シンフォニアの中に、そのヒントがありそうです。

シンフォニアの3番、D−durは、調性からみると、輝かしく、歓びに満ちた感じがある。
モティーフ中に2つの方向性があり、このような書き方は、他のバッハの曲でも、使われていると思う。
調性は違うけれど、『マタイ受難曲』のなかにある、アリアの冒頭、オーボエの悲しげなメロディーを思い出した。
スコアで見てみると、「わたしは、イエスのもとで、目を覚ませていましょう」第26曲c−mollである。
オーボエの旋律の中に、2度づつ(半音階)下降する音型がみられるが、これは、ラメントモティーフ(嘆き)であり、
また、イエスの見張り番が睡魔に襲われ、うとうとする様子を描いたものという解釈もされているようだ。

H.16.1.7(水)
ドビュッシー 『ベルガマスク組曲』より 『パスピエ』 3:36 (18.6kb)

演奏:次々とつむぎ出される美しい響き、一瞬一瞬の煌き。その場その場を大切に演奏したいと思うけれど、あっという間に次の情景に移り変わっていく。ぼーっとしていないようにしなくては(笑)。難所を通り過ぎると、ほっとして、思わぬミスが待っている怖い曲です。また、左の音が、抜けてしまいます。ムラのないスタッカートのためには、肩やひじに力が入っていないことが大切。まだまだ、変な力が入ってしまいます。

メモ:1890年。ドビュッシー28歳の作品。ベルガマスク組曲は、<前奏曲><メヌエット><月の光><パスピエ>の4曲から成る。元来パスピエは、フランス、ブルターニュ地方の、3/4拍子の舞曲。ドビュッシーは4/4拍子を用いて作曲。新鮮な響き、軽やかさを持った曲に仕上げている。

 それにしても、ドビュッシーは、なぜ、伝統的な宮廷舞曲のパスピエを、4/4で表現しようとしたのだろう。もともと、テンポの速い、軽やかな舞曲のパスピエだが、4/4になると、曲に前進していく力が増すような気がする。
このころの時代(初版は1904年)のことを調べてみると、
          1876年・・・アメリカのベルが電話機を発明、エジソンが蓄音機を発明
          1889年・・・パリで、万国博覧会、エッフェル塔建設
          1893年・・・アメリカのエジソンが、映画を発明、
                 ドイツのディーゼルが、ディーゼル機関車を発明
          1895年・・・イタリアのマルコーニが無線電信を発明
          1896年・・・第1回アテネ、近代オリンピック開催
          1900年・・・ドイツの飛行船ツェッペリンが浮上
          1903年・・・ライト兄弟初めて飛行機で飛ぶ
こういった、ドビュッシーを取り巻く時代背景をみると、まさに、近代文明の槌音のする真っ只中にいたことになる。この音楽に感じられる推進力に、交通・通信の進歩、高度な近代文明社会への人々の夢などが、見つけられるような気がする。

 しかし、一方でドビュッシーの心の内側という面から考えれば、違う解釈が生まれる。『ベルガマスク組曲』のタイトルは、世紀末作家ヴェルレーヌの作品『艶なる宴』の中にある一節<マスクとベルガマスク>が由来という説がある。19世紀半ば以降、フランスではパリコミューン(市民蜂起)の失敗から、知識人の間で、18世紀ロココ的世界を懐かしみ、もてはやす風潮があったという。『艶なる宴』はルイ王朝の貴族たちが楽しんだ優雅な宴らしい。上流社会への憧れ、貴族趣味、年上婦人との恋愛などから、もしかしたら、当時のドビュッシーの心の中を占めていたのは、現実離れした世界かもしれない。そうだとしたら、パスピエのスピード感も、闇夜を駆け抜ける、世紀末の夢を運ぶ風なのだろうか。