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| 吉備路放浪記(1) 取材・更新記録 |
| 総社三輪山古墳群 2002/01/19 |
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今回は総社へ行ってきました。
目的は宮山墳墓群です。三輪山と宮山の関係がよくわからなかったのですがやっとわかりました。 三輪山という山は古墳の山で、山全体が古墳でいっぱいです。その山の一部に宮山墳墓群が ありました。 知らないものですから最初国分寺の方から、登ろうとしたのですが道がありませんでした。 地元の人に教えてもらって、やっとたどり着くことができました。 まず第一印象として古墳の数の多さに驚きました。そして約2000年も前から古墳を作り始めた ということにもおどろきました。そこで弥生時代を調べてみました。 三省堂大辞林によりますと「縄文時代に続き、紀元前三世紀頃から、紀元後三世紀頃までの 約600年間」とあります。この地域では楯築遺跡とここが現存する最古のものかもしれません。 それに併せて吉備の中山を調べていけば、古墳時代のおおまかな流れが見えるかもしれません。 ひとつ妙なことに気がつきました。それは吉備武彦命のことです。 百射山神社・・・ 余談ですが読み方がわからず地元の方に聞いて「ももいやまじんじゃ」だということがわかりました。 ここの由来を書いた案内板に吉備武彦命という名前があったからです。 私の知っている限りではこの吉備武彦命という名前は、以前取材に行って 天候が悪いため写真が撮れなかった真如院の新宮社とここだけです。そして 御崎神社とも書かれていました。(三輪山古墳群のその他の写真をご覧下さい。) たしか、御崎神社は温羅をお祭りしているはずです。なにか気になります。 もう一つなぜ古墳と神社はセットになっているのでしょうか? もう少し取材を続けていくうちになにかわかるかもしれません。
取材の帰り、高松の「手打ちうどん おおもり」さんにうどんを食べに寄りました。どういうわけか、いつも湯だめうどんを食べています。 私の好きなやわらか麺で、おいしくて、安くて、ボリュームがあります。 今日のメニューは湯だめうどん(450円)いなり一皿(2個で100円)計550円でした。 場所は国道180号線、稲荷参道口近くです。近くを通られた時にお試しになってはいかがですか? 私はいつもお昼前後に行きますがお客さんでいっぱいです。 |
| やっとみつけた石舟古墳 2002/01/12 |
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先週末に三回、今日二回とこのところ石舟古墳を探して吉備の中山の東側を探索していました。
今日やっと見つけることができました。以外に近いところにあったのでびっくりしています。 ところで石舟とはどこからきた名前でしょうか? まさか石の舟ではないでしょうから、石室、石棺を舟に見たてたのでしょうか? それとも、石を運んできた舟が着いたところという意味でしょうか? 石棺の石はこの山のものではないようですから、石をのせた舟が着いたという 意味ではないでしょうか? このすぐ下は北浦、南浦という字になっていますので、遠い昔はこのあたりは海だったということ だと思います。 もし、こんなに重そうなものを舟で運んだとすると、 想像以上に高い技術を持っていたのかもしれません。 |
| 吉備の中山 南の麓 2002/01/05 |
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吉備の中山の南の麓から上に登ってみました。
目的は矢藤冶山古墳です。この古墳から左へ行くと庚申堂で、上に登ると黒住さんの 駐車場に出ます。知らないものですから下の花尻から歩いて登りましたが、この駐車場に 車をとめて行かれたほうが早道です。 この駐車場からですと、上には御陵、八徳寺、穴観音そして下には矢藤冶山古墳、庚申堂と いったところに比較的早く行けます。ただし正法寺は下から行かれたほうがいいと思います。 駐車場まで戻るのは大変ですから。 |
| サイクリング 2002/01/03 |
吉備の中山の周囲を自転車で回ってみました。
東の麓を出発し尾上車山古墳、真如院、吉備津神社、吉備津彦神社と約2時間のサイクリング でした。。 途中真如院によって近くにある新宮社を見てきました。雪の舞う日で写真がうまく撮れません でしたので、新宮社についてはまたつぎの機会にご報告します。 現在トップページにも載せていますが、真如院の山門を描いてみました。 |
| 吉備の中山ハイキング 2001/12/29 |
吉備の中山のハイキングコースを歩いてみました。
今回は東の麓から登ってみました。 ハイキングコースの道は、写真のようにそんなに悪くはありませんが、急な坂が連続していますので 注意してください。 写真右の分岐点は左へ行くと成親のお墓、右へ行くと吉備津彦神社へ行きます。 なお、頂上へは吉備津彦神社への道の途中から左折します。案内板が出ていますので すぐわかります。 |
| 鬼ノ城 2001/12/24 |
鬼ノ城の取材に行ってきました。
切り立った岩山で一周するのに約1時間30分かかりました。 この城については、まだわかっていないことが多く誰が、いつ頃、何のために建てたのか はっきりしていません。 それはともかく、こんなところにこれだけの規模のものを建造するには相当の労力が 必要だったと思われます。 時代は違うと思いますが古墳などとは比べものにならない苦労だったと思います。 逆にいうとこの城を築城した人物は相当の力を持っていたと考えられます。 吉備津彦命と温羅の伝説がありますが、この城にいたのが温羅とするならば少し時代が あわないような気がします。上の絵は鬼ノ城の屏風折れの石垣を描いたものです。 最近はじめたばかりでお恥ずかしいんですが、載せてみました。 |
| 改造 2001/12/22 |
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またまた改造をはじめました。
これも単なる思いつきですが、新年を迎えるにあたり新しいHPをとはじめました。
あまり変わってないかもしれませんがご覧下さい。 |
| 縦走 |
吉備の中山を縦走しました。
御陵から頂上、頂上から吉備津彦神社、吉備津彦神社からまた戻って福田海までと2時間30分の
ハイキングでした。
神をお祭りしたとみられる大きな岩があちこちに点在していたことが印象的でした。
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| 千足古墳 |
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最近吉備の中山の取材が多かったのですが、今日は久しぶりに以前から気になっていた千足古墳
を撮りに行ってきました。
千足古墳は独立したひとつの古墳と思っていましたが、実は造山古墳の陪塚だそうです。
つまり造山古墳と6基の陪塚はひとつのグループだということです。
東から吉備の中山茶臼山古墳、楯築遺跡、造山古墳、作山古墳、三輪山古墳群と大雑把ですが東西20K、
南北5Kの中に大規模な古墳が集まっています。つくられた時代は違うのでしょうが
この地域がかなりの勢力を持っていたことがうかがえます。
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| 藤原成親遺跡 2001/11/18 |
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藤原成親の遺跡に行ってきました。吉備の中山の中腹まで急な坂道を上っていきましたが、
残念ながら天候が悪くいい写真が撮れませんでした。
ぜひもう一度挑戦して一枚の写真に載せたいと思います。
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| 湯豆腐 2001/11/04 |
取材のついでに以前ご紹介しました般若院の湯豆腐を食べに行きました。
正しくは総社市井山 点心 般若院というようです。
メニューはこの湯豆腐セットだけのようです。お値段は一人前1200円でした。
予約をしなくても入れますが満室のこともありますから念のため電話番号を書いておきます。
そろそろ紅葉も見ごろになってきましたのでお出かけになってはいかがでしょうか?
右の写真は食事をする部屋のすぐ前の庭園です。0866-93-1439
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| ドロップダウンリスト 2001/11/03 |
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もういいかなと思いながら、ドロップダウンリストをつけてみました。
それほどメニューが多いわけではありませんので、必要ないとは思いましたがこれも雰囲気です。 |
| また変えてしまいました 2001/10/30 |
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やめようやめようと思いながら、またまた変えてしまいました。
帰りにふと思いついてしまい、変えなければ気がすまなくなります。病気でしょうか? 次回の一枚の写真は細谷川にしようと思っております。ローカルな話題はまだ思いつきません。 |
| トップページの更新 2001/10/27 |
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トップページを全面的に変更しました。
内容のことはさておき、これで何とか今流のトップページになったかなと思っております。 また、新しく素材のお勉強を加えました。どこまでできるかわかりませんが、こりずに やっております。 |
| トップページの更新 2001/10/11 |
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毎度のことで申し訳ありません。
また、トップページを変えました。なにかテーマを物語るようなものが必要だと考えて それらしい写真をいれてみました。 |
| 吉備路物語の更新 2001/10/08 |
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吉備路物語を全面的に変えました。
一画面に入るようにしました。そして次ぎのページにとべるようにしました。 その他のボタンもつけましたので少しは扱いやすくなったと思います。 固定サイズにしましたのでフルサイズでしか見えませんがいかがでしょうか? |
| トップページの更新 2001/09/30 |
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またまたトップページを変えました。
今まで動くものを入れていましたが、やはり見にくいので少しだけすっきりしたものにしました。 まだまだ勉強中なので、もっと見やすく軽いものに変えていこうと思っております。 |
| 湯豆腐 2001/09/11 |
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先日、宝福寺へ取材に行って来ました。
ここの般若院の湯豆腐はスタイルが違います。畳の上に七輪を置き、その上に鍋をかけます。まだ時期が早いのか営業していないようでしたが、宝福寺に行かれたら是非どうぞ。もちろん味もおすすめです。
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| 変更 2001/09/09 |
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マイクのページを変更しました。写真のサイズを小さくし、拡大を削除しました。
こういうタイプのページはよく見かけますが、日々大きくなっていくファイルはそれだけ重くなります。また、サイズが変わっているのでインターネット一時ファイルから読み込まず、すべて一から読み込んでいるようです。このページも、もう少し増えていきそうなので残念ながら、小さな画面にし拡大はしないことにしました。
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| ペイント 2001/09/08 |
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ペイントで作ってみました。
縮小すると色が変わってしまいますので少し変ですが、ここまでしかできないようです。 |
| 変更しました 2001/09/04 |
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ほとんどのページを新しくしました。少しは見やすくなったでしょうか?
あとは、宝福寺の取材と足守の再編集だけになりました。 これが終わると、いよいよ本命の吉備の中山と今話題の鬼ノ城の取材が待っています。 早くしないと年を越してしまうかも? |
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吉備路についての私見 |
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もともと吉備路というものがどこからどこまでかということがはっきりしませんが、私が感じる限りこの吉備路を包括的にとらえて紹介しているものは少ないと思います。
ひとつの理由として岡山市、山手村、総社市、倉敷市の一部と広範囲に存在するからと考えられます。そこで一般的に吉備路といわれる範囲の古墳、史跡をまとめてご紹介できればとこのホームページをはじめました。
ご関係者の方これはあくまでも私見ですのでお許し下さい。 |
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トップページの変更 |
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当初知っている限りの手法で、動くものとか、背景とかで飾りたてていましたがどうもすっきりとしないのですべて削除しつたない私の手書きのマイクだけにしました。
こうしますと今度はなんだかもの足りないような気がしますが、以前のものをみつけているせいか逆にすっきりとした感じもします。絵とか色、方向とか方角、音とかリズム,声にはまったく自信がないものですからこの程度のことしかできません。また時間があれば少しは勉強してみようかと思いますが、これだけは天性のものですから多少勉強したからといってうまくなるとは思いませんので期待しないで下さい。(^ ^) |
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造山古墳で |
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再度、造山古墳に行って来ました。目的は掲示されている文面を写し取ることでしたが表面が汚れていてうまく写っていませんでしたので、今度は雑巾と椅子をもって上がり、まず雑巾がけからはじめました。おかげで何とか読み取ることができましたので、造山古墳を変更しました。
ところでこの造山古墳の上に神社らしきものがありますが、以前から気になっていたのですがたまたまこのとき地元の方がいらっしゃたので聞いてみますと、「こりゃー荒神様じゃー」とのことでした。多分地の神様だと思います。 |