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| 吉備路放浪記(13) 取材・更新記録 |
| れんげまつり 2004/04/29 |
総社のれんげまつりに行ってきました。
大変な人出で駐車場にも苦労しました。それでも何とか会場にたどりつき、ご覧の木蔭に座ることができました。 郷土芸能などの催し物、特産品の販売など盛りだくさんで時間が過ぎるのも忘れて しまうほどでした。 れんげ祭りの報告になっておりませんが、孫のお守に追われた一日でした。 吉備路れんげまつり実行委員会の皆さん、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。 次回は5月5日の吉備津彦神社での子供神楽へ行きたいと思っております。 |
| 彦崎貝塚 2004/02/01 |
彦崎貝塚の現地説明会に行ってきました。
私が取材している吉備の国より何千年も前に瀬戸内で暮らした
縄文人の残した生活の跡です。特筆すべきは、今から五千年も前の人の骨、あるいは猪、鹿の 骨が出たことでしょう。 発掘されたものの中には、貝や動物あるいは魚の骨を使った 装飾品もあり、縄文人もかなりおしゃれだったようです。
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| 赤坂龍塚古墳 2003/08/24 |
村指定史跡赤坂龍塚古墳
通称由加山から北へ延びた尾根の端に築かれたこの古墳は、
総社平野とそこから瀬戸内に抜ける峠を見下ろす位置にあります。 山手村教育委員会 山手村文化財保護委員会 以上、現地案内板を全文掲載させていただきました。 上の説明文に出てくる「網代」を調べてみました。三省堂大辞林によりますと 「網代」あじろ 経木・竹・葦などを、斜めまたは縦横に組んで手織り風に編んだもの。 編み目が斜めに現れたものをさすことが多い。 とあります。 また、「総社平野とそこから瀬戸内に抜ける」という文章があります。これは「ギリギリ山」の項で お話ししたことに通じるものかと思われます。 そして、築造時期を1600年前としておられます。これは鬼ノ城が建造された100年後というこ とになります。 前回ご紹介いたしました、「山手村の歴史散歩」(山手村教育委員会)によりますと、 この古墳が山手村では一番古い時代のものである、とされていますので、この地区は、鬼ノ城が できたころはまだ、そんなに発展していなかったのかもしれません。 |
| 道満塚古墳 2003/08/14 |
道満塚古墳(村指定史跡 地頭片山) 村内では最も大きい円墳で、墳丘の径は約13m、高さ3mです。 埋葬施設は二段積みの側壁と一枚岩の奥壁の上を3枚の巨大な 天井石で覆っています。 この横穴式石室(石室全長は6.5m、幅1.4m、高さ1.5m) は築造当時のまま原形を保っています。 今から1400年前頃に作られた古墳で、副葬品などはわかって いません。 山手村の歴史散歩 山手村教育委員会 以上、山手村教育委員会作成の、パンフレットの説明を全文掲載させていただきました。 この冊子は、たいへんよくできており、写真入でわかりやすい資料になっています。 詳細な地図も載っておりますので、山手村をお訪ねになる方は、ぜひご参考にされることを おすすめします。 私は、よくお邪魔する「岡山県立吉備路郷土館」でいただきました。 いつもご親切にしていただきまして、ありがとうございます。大変助かっております。 |
| ギリギリ山 2003/08/11 |
ギリギリ山古墳については、尾上車山古墳でふれましたが、 気になりましたので、再度現地へ調査に行ってきました。 何が気になったかといいますと、角力取山古墳のすぐ近くにあるギリギリ山古墳です。 写真左は現地から見たたぶん北の方向です。写真右は国分寺を見たものです。 ギリギリ山古墳というのは、ギリギリ山にある古墳という意味でしょうが、ギリギリ山とは なんでしょう? ギリギリとは限度、限界をあらわす言葉だと思いますが、何に対して限界なのでしょうか? 尾上車山古墳の項でも書きましたが、こちらは吉備の穴海に限界まで迫っている山と 解釈しましたが、山手のギリギリ山古墳は何にギリギリなのでしょうか? 現地から北を見ると、すぐ近くに作山古墳があり、国分寺方面を見てもやはり少し高く なっていることがわかります。 こじつけて考えるならば、湛井から分岐した高梁川の支流がこの一帯に流れ込んで、 ここはその流れに対して、ギリギリのところにあったとも考えられます。 そうすると作山古墳、こうもり塚古墳、造山古墳などは水の中にぽつんとあったと いうことになります。はたしてそうだったのでしょうか? 時間を分けて考えてみますと、ギリギリ山と言われた頃は前述の通りで、その後水が引いて 一帯は穀倉地になり栄えた。そして大首長が古墳に埋葬された。 と考えると、一応のつじつまは合うのですが・・・? はたしてその頃に、ギリギリ山などという言葉があったのでしょうか? なんてばかなことを考えています。 |
| ふくろう美術館 2003/08/10 |
ふくろう美術館というところへ、行ってきました。 ふくろうの置物などが、展示されていますし、ふくろうグッズも販売されています。 また、毎月作品展が開かれており、今月は和紙のちぎり絵が展示されていました。 詳しくは、 こちらでご覧下さい。 |
| 木野山神社 2003/07/28 |
木野山神社という名前はあちこちに出てきますが、
これが、ほんとうにその神社でしょうか?手入れもされていなく、荒れ果てています。 しかし、確かに「木野山神社」という文字がみえます。 一段上には、何かをおまつりした、あるいは何かの跡があります。 ここは、高松城と足守川のほぼ中間点ですが、もう少し詳しく 調べてみる必要がありそうです。 |
| 報恩禅寺 2003/06/21 |
前回の、生石神社はおいしじんじゃでした。
そして、その生石神社の近くに報恩禅寺があります。写真の左側には「文殊菩薩の寺」と書かれています。
ここには「報恩禅寺文英様石佛群」と書かれています。
またまた、わからないことが出てきました。そうです、この文英様とは
なんでしょう?これもまた次の機会に調べてみたいと思います。
やはり、獅子に乗った文殊様がありました。というわけで、
前回の生石神社と、この報恩禅寺は何らかの関係があるのでは
という気がします。
突然、狸が出てきました。どうやらこのお寺の裏山に住んでいるようです。あまり、こわがりもせず人なれしているようでした。 |