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| 吉備路放浪記(18) 取材・更新記録 |
| 桃畑に古墳 |
岡山市松尾に妙なものがあるという情報をいただいたので、さっそく
行ってきました。なんと桃畑に古墳が点在していました。どうやらこの山は古墳でおおわれていたようです。とくに 案内板もありませんし、何の説明書きもありません。
前の写真の右に見える笹の藪の中にこのような石室がありました。
畑の中には石室、あるいは石室が壊れたあとの石が
点在していました。
この畑の裏側には行っておりませんが、次回はこの畑の裏側を
調べてみたいと思います。
それにしても、どうしてこの山のこの畑だけに古墳があるのでしょうか?
一見して王墓山に似ているような気がしました。
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| 秦廃寺 |
以前から気になっていた、総社市の秦廃寺に行ってきました。 想像していたより小さく、山すそにひっそりとその面影を残していました。 岡山県指定重要文化財 |
| 勝負砂古墳 |
勝負砂古墳の現地説明会に行ってきました。残念ながら現地で配布された資料は 引用禁止となっておりますので、写真だけの報告となります。 一部は現地での写真、また一部分はパネルで紹介されていたものです。またパネル には次のような文章もありました。 「雄略朝」期の吉備地域以上、現地のパネルから引用させていただきました。
岡山大学考古学研究室の皆さん、親切な対応と丁寧な説明をありがとう
ございました。大変なご苦労だったと思います。
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| 法蓮広堂山古墳群 |
法蓮広堂山古墳群の現地説明会に行ってきました。この古墳群は造山古墳と作山古墳の中間地点に位置する三須丘陵にあります。 今回発掘されたのは、5世紀から8世紀に築かれた12基の古墳ですが 三須丘陵では大小300以上の古墳が確認されています。今回の発掘から この丘陵一帯には1000基をうわまわる古墳の存在が予想されるそうです。 写真から3000uという広大な調査範囲がお分かりになると思います。 この近辺に1000基以上もの古墳があるとすれば、造山、作山にはさまれた この一帯こそ、吉備の中枢であったということでしょうか? |
| 八塚古墳 |
八塚古墳の現地説明会に行ってきました。八塚1号墳は6世紀末から7世紀前半に造られたようです。 八塚3号墳は1号墳より若干古い6世紀後半に築造され、7世紀代まで数回の埋葬が 行われたそうです。 見た感じ、池の中から出てきたような印象を受けました。 現説資料によりますと、この赤磐市山口周辺には15もの古墳があるようです。 |
| 北房 |
コスモスで有名な北房に行ってきました。
ここは以前から是非行ってみたいところでした。北房は定古墳・大谷一号墳など有名な古墳で知られています。
定古墳の駐車場にある石碑です。
ここには定古墳と定北古墳の二つの古墳があります。そして
定古墳は二つの石室を持っています。
これが定古墳ですが、竹藪の左右に石室の入口が黒く見えるのが
お分かりになるでしょうか?石碑の案内には次のように書かれて
いました。
この古墳は、それぞれに横穴式石室をもつ、東塚と西塚の 2基の方墳で構成されています。また、写真はありませんが定北古墳については、次のような記述がみられます。 定古墳の背後に位置する丘陵のの斜面に築かれた、3重の列石を めぐらす整った形の方墳で、南辺で21.0メートル、東辺で25.3メートルの 規模をもっています。
岡山県指定史跡大谷1号墳 北房町上中津井に所在する大谷1号墳は、奥谷の見通しの良くない 南向き斜面に独立して築かれた7世紀後半の方墳です。
下村古墳現地案内板には以下のように書かれていました。 下中津井の東側丘陵頂部に築かれた下村古墳は、径25m、高さ 5mの円墳です。
荒木城御前古墳東塚は前方部を南西に向ける、全長約45mの前方後方墳です。以上現地案内板より 写真はありませんが、このほかにも立1号墳、2号墳もありました。 立1号墳 立1号墳が所在する上水田地域は荒木城御前古墳をはじめとする首長古墳・寺院・ 郡衙などが集中し、原始・古代の地域史を考えるうえで 重要な土地柄です。立2号墳 この古墳を観察すると、推定墳長約69m、後円部推定径約30mで、前方部には墓地造成の ために大きく削平されています。北東方向に向く前方後円墳と観察されます。
郡神社町指定建造物 吉備津彦命の弟、吉備雅武彦命が、この地で亡くなられたため、「御陵」を造り、この神社を 祭ったといわれています。祭神は大吉備津彦命、吉備雅武彦命、考霊天皇です。 |