宇喜田・毛利の戦い

両児山 八濱城址の碑 岡山方面


左から、両児山(向こうの山は金甲山)、八濱城址の碑、両児山から見た岡山方面です。

与太郎神社 基家の碑


左から、与太郎神社、基家の碑です。

基家の碑
基家の碑に書かれている全文。
大下商店で販売されているものを掲載させていただきました。

麦飯山 常山 常山


常山から見た両児山と麦飯山(中央に小さく見えるのが両児山、手前の大きな山が麦飯山)、上野隆徳の碑、女軍の墓標です。

常山 常山年表


秀天橋から見た常山、山頂にある常山城小史です。


■玉野市指定史跡
常山城跡
「児島富士」と呼ばれるこの常山(標高三〇七m)の山頂一帯に、「常山城跡」はあります。
城郭は山頂の本丸を中心に合計十四の曲輪で構成される、「連郭式山城」です。
築城の時期は戦国時代の初めと推定され、上野氏・戸川氏・伊岐氏等の城主が知られています。 女軍の戦いは一五七五(天正三)年のことで、この戦いで当時の城主上野氏は毛利氏によって 滅ぼされました。
その後、常山城は毛利氏の支配下に置かれましたが、毛利氏の築城技術と言われる堅堀や 堀切の遺構は発見されていません。 恐らく毛利氏以降城主となった宇喜多氏家老の戸川氏の手により、現存する常山城が整備された と思われます。
常山城は児島半島が島であった時期には、備前本土との海峡を抑える軍事上の重要な拠点 でしたが、やがて瀬戸内海の航路が重視されるようになり、一六〇三(慶長八)年に 廃城となりました。
城は解体され、廃材の一部は新たな監視の拠点となった下津井城の修理に利用されたと 伝えられています。
玉野市教育委員会