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| 吉備路放浪記(6) 取材・更新記録 |
| 日韓古代山城シンポジウム 2002/06/22 |
総社市立総合文化センターで開かれた「日韓古代山城シンポジウム」に行ってきました。
「日韓」と名前がついているとおり、韓国から韓国忠北大学校教授 車 勇杰 先生をお迎えして
韓国と日本の最新の山城の研究の成果をお聞きしました。主催者の総社市によりますと、このシンポジウムは山陽新聞で特集が組まれるとのことでした ので、参加できなかった方はお楽しみに。 シンポジウムの内容は次の通りです。以下会場で渡された参考資料から・・・ 敬称を略させていただきます。 わが国と世界の古代山城 元興寺文化財研究所所長 坪井清足 鬼ノ城の発見ーその経緯 ノートルダム清心女子大学教授 高橋 護 韓国古代の山城ー鬼ノ城と関連して 韓国忠北大学校教授 車 勇杰 鬼ノ城の概要 総社市埋蔵文化財学習の館館長 村上幸雄 北部九州における古代山城 下関市立考古博物館館長 石松好雄 吉備と鬼ノ城 京都女子大学教授 狩野 久 コーディネーター ノートルダム清心女子大学教授 葛原克人 以上の先生方から貴重なお話をうかがうことができました。 ありがとうございました。 |
| しょうぶ祭り 2002/06/02 |
一宮駅裏のしょうぶ祭りに行ってきました。 写真のようにきれいなしょうぶがいっぱい咲いていました。 たしか来週の日曜日(6月9日)までだったと思います。 吉備線備前一宮駅を下りて、ちょうど改札と反対側まで回ってください。 駅のホームから見えます。 吉備線の時刻表は こちらから |
| 八徳寺のお地蔵さま? 2002/05/18 |
以前ゲストに出ていただいた高畑さんから、この地区にはお地蔵さんがないとの情報を
いただきました。それ以来なんとなく気になっていたのがこの八徳寺のお地蔵さまです。
むかし見た頭のまるいお地蔵さんではありませんが、はたしてお地蔵さんでしょうか?
なぜ気になっていたかといいますと、その数です。左の絵をご覧になっておわかりのように、
なんとその数41体です。(歩いて調べましたが間違っていましたらお許し下さい。)そういえば八徳寺の上り口に「大日如来・観世音菩薩 牛王山八徳寺」と書いてありましたので、 これはお地蔵さまではなく観音さまかもしれません。 そういえばお顔と形が観音さまのようでした。 地元の方ならご存知だと思いますので、また伺っておきます。 |
| 妹尾太郎兼康公墓 2002/05/18 |
鯉山小学校の脇にある妹尾兼康のお墓に行ってきました。現地の案内板には次ぎのように書かれていました。 妹尾太郎兼康公(1126-1183)はこのあたり板倉郷の豪族でした。 高梁川の湛井(たたい)から水を引き、今も使われている十二郷用水路を改修した人です。 平家物語にも平清盛の信頼を受け平家の侍大将として寿永二年十月十二日、木曽義仲の軍勢と 笹迫(ささがせ)や板倉城で戦い、討ち死にしたとあり、その後家臣の陶山道勝(すやまみちかつ) は屍を城跡に埋めて供養のために寺を建てました。それが道勝寺で今の鯉山小学校です。 昭和五十四年十一月 鯉山小学校文化財保護少年団 三省堂大辞林で寿永についてしらべてみると 1182/5/27-1184/4/16 養和の後、元暦の前。安徳・後鳥羽天皇の代。 とあります。わずか二年だったということです。 一方藤原成親を調べてみますと 1138-1177平安末期の廷臣。権大納言。後白河院の寵臣。平治の乱では藤原信頼に従って 敗れたが、舅平重盛のとりなしで許された。鹿ケ谷で僧俊寛らと平氏討伐を計画、 事前に知れて備前に配流される途中殺された。 とあります。成親が備前で殺されたのが1177年、その六年後に兼康が亡くなったということに なります。有木からこのお墓まで2Kmほどではないかと思いますが、この二人は会ったことが あるのでしょうか? |
| 磐座祭(いわくらさい) 2002/05/12 |
吉備津彦神社の磐座祭に参加しました。磐座祭については吉備津彦神社社務所発行の一品宮(いっぽんのみや)に、次ぎのように かかれています。 五月十二日には、山中の奥宮で悠久の神事となっています「磐座祭」が斉行されます。 吉備の中山は、古代大和の神体山が三輪山であるように、古代吉備の神体山であったと 考えられています。 北峰は龍王山と呼ばれており、吉備津彦神社の元宮、奥宮である磐座(神が鎮座する岩) 磐境(神域を示す巨石群)と呼ばれる巨岩が数多く点在するとともに八大龍王の石祠が 祭られています。 磐座・磐境は、日本書紀や万葉集などの古典にも記されており、現在は神を祭った場で あったことが定説となっています。 この磐座を中心に考えますと、備中吉備津宮(現在の吉備津神社)は西の宮、備前吉備津宮 (明治四年以降は吉備津彦神社)は東の宮ということができます。 また、稲作五千年の歴史をもつインドで発生した水の神「龍王」が、山頂に祭られています。 古代農民が稲作のうえで雨を与えてくれるよう信仰したものと考えられます。 なお、古い龍王山には必ず麓に龍の住む池があります。 当神社の神池は、龍王山から下りてきた龍の住む聖なる池ともいわれています。 この写真は元宮へお参りしているところです。
このあと地元の方のご案内で天柱岩へ行きました。この写真では、はっきりと見えませんが、
天柱と彫られています。いままで見たことのないほど大きな岩です。このあと奥宮、御陵へとまわって行きました。御陵では特別に門の中に入らせていただき、 皆さんでお参りしました。 およそ100名の参加者があり、暑い日でしたが充実した一日を過ごさせていただきました。 皆さんお疲れさまでした。 |
| 勘違い 2002/05/05 |
皆さん申し訳ありません。以前尾上の八幡様の石棺についてお伝えしましたが、今日地元の方のお話を 伺って間違いに気づきました。 写真をご覧いただければお分かりのように、これは石棺ではありません。 石棺のように見えた前の部分だけが石の板になっています。 当地の説明板によりますと石棺の底石です。 間違ったことをお伝えして申し訳ありませんでした。 なお、間違っている文言は反省のためそのまま残しておきます。 尾上八幡宮は こちらから |
| おちかさん 2002/05/03 |
備前一宮駅近くの「おちかさん」という祠に行ってきました。なぜこの祠が有名なのかよくわかりません。 また、地元の方に伺ってみようと思います。
祠の裏側から撮った写真です。大きな岩があること、そしてすぐ前に吉備の中山がそびえていることなどから この岩を介して吉備の中山を拝んでいたのかもしれません。 |