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井山宝福寺
いやまほうふくじ


井山宝福寺・拡大 井山宝福寺・拡大 井山宝福寺・拡大




井山宝福寺

井山宝福寺は、臨済宗東福寺派の中本山で七堂伽藍(ひちどうがらん)が完備されており、 地方では珍しい巨刹(きょさつ)といわれております。

なおこの寺は天台宗の古刹であったものを近在、真壁郷出身の名僧鈍庵(どんあん)和尚が、 貞永元年にこの地に伽藍を建立し禅宗に改めたと伝えられております。

また、雪舟の鼠の伝説も残されております。


方丈

この建物は「方丈」といいます。凡そ230年前の建築であります。
東西25メートル、南北16メートルの大殿は山内第一の大きさです。

画聖雪舟が小僧時代に縛られて涙でネズミの絵を描いたという伝説はこの堂内での出来事であります。
しかし、天正三年(1575)備中の兵乱の際、方丈は焼失し、雪舟が縛られたという柱は現存して いません。その後、二度にわたって復興したものが現在の方丈です。


仏殿

この建物を仏殿といい、別称「法堂」(はっとう)といいます。
當山の御本尊虚空蔵菩薩を安置しています。凡そ三百年前当地豪族薬師寺次郎ヱ門が「力乞い」 のため刻んだと伝えられる霊験あらたかなる仏像です。

そもそも虚空菩薩は知恵と福徳をお授けくださる仏様であり、丑年と寅年生まれの人の守り本尊とされており、十三才には知恵を 授かりにお参りを行う「十三参り」が行われています。

正面の額「祈祷」は、後水尾天皇の御直筆です。
天井の龍の画は望月派の大家号山(ごうざん)和尚〈250年前)筆の盤龍であり 直径六メートル顧子雄輝を極め、当初夜々出でて白連池の水を呑み、 里人がこれを恐れたので龍の目に釘を打ちこれを封じたと伝えられて俗に「水呑みの龍」と 呼ばれています。


国指定重要文化財 三重塔

様式は室町中期の特色を有する代表的建造物といわれ、凡そ六百年前のものであります。

幸い、天正年間の兵史にも免れ、再三の修復を経るも当時の形式を踏襲し、 その特質を損することなく保存され、昭和二年国宝の指定を受け、その後特別保護建造物となり、 戦後、重要文化財と改称されました。

木造建築ゆえ白蟻の害と六百年の風雪に堪えかねて、昭和四十二年解体修理に着手し、 昭和四十四年十月竣工しました。山内第一の古建築が外見上最新の建造物となりました。

塔内一層には須弥壇を設け大日如来と脇侍四天王を安置し天井には約二百五十年前の人で 号山和尚筆の天女の絵があります。


千尺井

凡そ七百年前、當寺の開山鈍庵和尚の頃、時の帝四條天皇が客星の祟りを受けて御病気に覆られました。

鈍庵は勅命を受けてこの地に段を設け懸祈懸祷をすること七日、満願の暁に至り客星が雷の如き 大音響とともに壇前に落ち、かくして天皇の御病は平癒されたと伝えられている。

これによりて近郷の荘園三千石を賜り、さらに護国の二文字を加えて、「宝福護国禅寺」と呼ばれ、 以後久しく国家鎮護を祈る勅願寺となりました。この落星の地に井戸を掘り「千尺井」と名付けました。
因みに「井山」という山号はこれより始まったものです。



アクセス
総社駅から4K、自転車20分。
180号線、井尻野交差点を右折。伯備線高架を左折してください。



ワンポイント
吉備路の終点を総社とするならば一番西に位置する名所です。

個人的には一番おすすめのスポットです。
禅寺特有のピンとした空気がはりつめているような感じがします。
晩秋から初冬にかけて真っ赤に色づく紅葉も見ものです。
般若院と金亀のふたつの食事処があり、湯豆腐、精進料理などを楽しむことができます。




概略図
宝福寺概略図



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その他の写真

■三重塔
■千尺井



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