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石舟古墳
いしふねこふん


石舟古墳
石棺

石舟古墳 石舟古墳

右の写真は備前一宮駅の石棺の蓋石です。


石舟
吉備の中山に石棺あり俗に石舟と称す。この水は海潮の干満に関係あり。
此処に在るはそのの蓋石の一部にして長さ六尺八寸巾一尺七寸厚さ一尺二寸 あり。 この石棺は御津郡誌によれば仏教伝来以前のものとせるもその作成の精巧 なると棺身の縁に「大友之棺」と刻せる等により推して寧ろ仏教伝来後即ち 一千三百年位前のものならんか。
備前一宮駅の案内板より





アクセス
吉備の中山概略図でお分かりのように、下から行った方が近道ですが、 道がありませんのでとてもおすすめできません。
遠回りになりますが、ハイキング道から下ってください。



ワンポイント
上の説明の「この水は海潮の干満に関係あり」の部分は、地元の方に伺いますと 石棺の中の水は海の干満によって高くなったり、低くなったりするということだそうです。
上の写真で、石棺の中に水がたまっているのがおわかりになると思います。

昔はここで温羅の花祭りとかいう行事が行われていたようです。最近になって地元の有志の 方々により復活するとの話を聞きました。

ところでなぜここで温羅が出てくるのでしょうか?また1300年前というと確か鬼ノ城が築造 された時期だと思います。

鬼ノ城には温羅が住んでいたという伝説があります。石棺の水の干満と併せて不思議な気が します。そしてなぜ石棺に満々と水がたまっているのでしょうか?
ここは山の中腹ですから、まさか地中から涌き出たとも思えませんし、石棺は写真で お分かりのように完全に石と土で覆われていますので、雨水とも考えられません。

いずれにしても、この水と温羅はこの吉備の中山を解明する上での避けては通れないポイント のような気がします。




概略図
吉備の中山概略図をご覧下さい。
こちらから。



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