総社市まちかど郷土館へ おちかさんへ 吉備津彦神社へ 吉備路概略図へ 独断と偏見の吉備路物語へ



旧山陽道 板倉宿
きゅうさんようどう いたぐらしゅく


板倉宿

板倉宿・拡大 板倉宿・拡大 板倉宿・拡大



板倉宿・拡大


写真の説明
上の写真は吉備津の中心部、脇本陣などがあったところです。
下の小さい写真は順に、本陣があったあたり、山陽道の風景、真金一里塚、 180号線交差点内にある道標です。



国史跡 真金一里塚

江戸時代、主要な街道に築かれた一里(四キロメートル)ごとの道標を、一里塚と呼んでいます。
江戸日本橋を起点に一里ごとに塚を築き、榎や、松を植えたものです。
織田信長・豊臣秀吉の時にも領国内に築かれたようですが、全国的には、徳川家康・秀忠が1604 (慶長九)年、東海道・東山道・北陸道に築かせたのが始まりとされています。

当一里塚は真金村にあったことから、真金一里塚と呼ばれています。 岡山城下からは、万成に次いで二番目にあたり、旧山陽道(西国街道)を挟んで塚を二つ築き、 北塚に松、南塚に榎が植えられていました(ただし現在の木は後世のもの)。
現在、周辺の開発が進みつつありますが、近隣の板倉の宿の町並みとともに往時の情景を 比較的良好に伝えています。

昭和三年に国の史跡に指定されました。なお、岡山県内では備前市香ケ登、岡山市一日市等の 一里塚も、一部その姿をとどめています。

平成十一年三月
岡山市教育委員会



アクセス
吉備線沿いです。
吉備線吉備津駅で下車されると便利です。 吉備津神社の参道は旧山陽道からはじまっています。



ワンポイント
国道180号線の喧騒がふと消えて、なにか300年ほどタイムスリップしたような 気になります。
「真金吹く吉備の中山帯にせる・・・」という歌の真金は、もしかするとここから きたのかもしれません。



概略図

概略図
近辺の地図は
こちらから





総社市まちかど郷土館へ 吉備津彦神社へ おちかさんへ




Copyright (C) 2001/03 @mike.takahara