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吉備津彦神社
きびつひこじんじゃ


吉備路・吉備津彦本殿

「本殿」



吉備路・吉備津彦渡殿 吉備路・吉備津彦祭文殿 吉備路・吉備津彦拝殿

右から「拝殿」、「祭文殿」、「渡殿」と続きそして上の本殿があります。


吉備津彦神社史略

当社の社殿の創建は第十代崇神天皇の御代とされ、大吉備津彦命を鎮祭する備前国の古社である。
古くは歴代朝廷をはじめ武門、武将、一般衆庶の崇敬頗る厚く天正年間の有名な高松城水攻めにあっては 羽柴秀吉が戦勝祈願に礼を捧げた。
平安時代の末期、諸国に一の宮の称が起こるや当社も一の宮と称し鎮座地の地名も神社に因んで 一の宮と呼ぶに至っている。
□郷土史家 黒住秀雄 顕彰会


岡山県指定重要文化財 吉備津彦神社本殿

この神社は、社名のとおり吉備津彦命を祭神とし、古くから備前国の一宮として崇敬を集めてきた。
十六世紀後半に、金川城主松田氏に迫害され、社殿は焼き払われたが、元禄十年(1697年)に 再建された。
しかし、昭和五年本殿、随身門(注)、宝物殿を残して焼失、現在の拝殿等は昭和十一年に 建てられたものである。

「本殿」は、桁行三間・梁間二間、屋根は流造り、桧皮葺の流麗な建築である。 元禄時代の建立で、県指定重要文化財となっている。
このほか、「子安神社社殿」(市指定重要文化財)、「神事絵巻」(県指定重要文化財)や
毎年八月に行われる「御田植祭」(県指定重要無形民俗文化財)、
十月の「流鏑馬神事」(市指定重要無形民俗文化財)等が貴重な文化財として広く知られている。
岡山市教育委員会

管理人注:(注)の部分は、随神門か?

岡山市指定重要文化財(建造物) 子安神社社殿

子安神社は、吉備津彦神社の摂社であり、元禄十年(1697)に池田綱政によって再建された
現在の吉備津神社本殿よりも、古い建物である。
「吉備津彦神社社記」などによれば、晩年の池田光政は健康がすぐれなかったため、
その健康を祈願するため、娘の六姫が発願し、光政の生母福生院の手によって、
この子安神社を備前一宮の境内に建立した。
寛文十二年(1672)七月の事である。

奥の本殿は、桁行一間、梁間一間、桧皮葺で花崗岩の亀腹の上に建てられている。
流れ造りの屋根の前後に伸びた弛みない曲線、五七桐や蟇股の形状、勾欄柱の
擬宝珠の姿などに、なお桃山調の様式を残している。
外装に丹や胡粉を塗り、また破風下には蕪懸魚を吊るすなど、
全体を華麗な社殿に仕上げている。
手前の拝殿は、桁行三間、梁間二間、入母屋造りの銅板葺の建物で、正面には 「子安宮」と金文字で書いた神号額が掲げられている。
岡山市教育委員会


アクセス

JR吉備線備前一宮駅から徒歩10分。
実質的には吉備路のスタートはこの駅から始まるといってもいいと思います。
駅前にレンタサイクルがあります。


ワンポイント

吉備路・観光ボランティア
2Km先にある吉備津神社とはよく似た名前ですが別の神社です。
境内には岡山市観光ボランティアの方がいらっしゃいますので、観光地図などを もらって説明をお聞きになることをおすすめします。
吉備津彦神社に限らず吉備路すべての観光案内をしてくれます。もちろん無料です。

有名な神社にしては、親しみやすく庶民的な(失礼)感じがする神社です。宮司さんはじめ親切な方ばかりです。
皆さんもわからないことがありましたら気軽に社務所の方に声をかけてください。

神社の後ろはすぐ吉備の中山で、御陵まで歩いて行けます。(急な坂道ですが)
こういうことから考えてもこの神社が吉備の中山茶臼山古墳に眠る吉備津彦命をお祀りしている ことがわかります。



備前一宮駅からの概略図

吉備路・吉備津彦概略図


詳しい地図は
こちらから

吉備津彦神社のその他の写真




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