備中国分尼寺跡
びっちゅうこくぶんにじあと

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史跡 備中国分尼寺跡
奈良時代に聖武天皇の発願により造営された備中国の尼寺跡です。
寺域は東西108メートル、南北216メートルを計り、築地土塀で囲まれた境内には南から
北へ南門、中門、金堂、講堂などの建物が一直線上におかれた伽藍配置をもっていました。
それらの建物は南北朝時代の戦火で焼失したと伝えられていますが、この尼寺跡には創建時の
金堂の礎石をはじめ、南門、中門、講堂、築地土塀などの遺構が現在も比較的良好な状態で保存
されています。
文部省・岡山県教育委員会
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アクセス
備中国分寺と同じところにあります。
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ワンポイント
残念ながら今は礎石だけしか残っておりません。
国分寺、こうもり塚古墳、国分尼寺、そしてすぐ上にある吉備路郷土館と
散策されるのがよいでしょう。
概略図
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