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両宮山古墳
りょうぐうざんこふん


吉備路・両宮山古墳


吉備路・両宮山古墳 吉備路・両宮山古墳



国指定史跡
両宮山古墳

両宮山古墳は、五世紀の中ごろ築造されたもので、岡山県においては 造山古墳、作山古墳と並ぶ大規模な前方後円墳です。
墳丘の全長一九二メートル、後円部の径一〇三メートル、前方部の長さ 一二〇メートル、周囲に幅約四〇メートルの周濠を巡らせています。 高さ二〇メートル以上の墳丘は、周囲の土を掘って築き上げたもので、 平地に築造された大型の古墳として典型的なものです。
前方部は発達した墳形をしており、くびれ部両側に造り出しが設けられて います。墳丘前方部には戦国時代には城主和田伊織の両宮城(砦)が あったと伝えられており、いくらか改変を受けていると考えられています。 一九二七(昭和二)年四月八日、国の史跡にしていされ現在に至っています。 周囲を森山古墳、正免東古墳、廻り山古墳、茶臼山古墳が取り囲み、 全体が広大な墓域となっています。
また、さらには小山古墳、朱千駄古墳等を配して、吉備地方屈指の大規模な 西高月古墳群を形成しています。
平成十五年三月 山陽町教育委員会


国史跡
和田茶臼山古墳

吉備路・和田茶臼山古墳
国史跡。両宮山古墳の外濠に接して築かれています。 現状は径約三〇メートルの円墳ですが、確認調査に よって短い前方部を南西にむけた全長約五五メートルの 帆立貝形古墳であることが明らかになりました。 現在は埋没していますが墳丘の周囲には二重の濠が めぐらされており、外濠の範囲は東西約一00メートルに 達します。五世紀の後半、両宮山古墳に従属して、同時期 に築かれたと推定されます。
平成十六年三月 山陽町教育委員会






県重要遺跡
森山古墳

吉備路・森山古墳
五世紀後半に築造され、両宮山古墳の陪塚の一つと 考えられる前方後円墳です。岡山県の重要遺跡に 指定されています。
墳形は後円部に比較して前方部が著しく低平であり、 帆立貝式と呼ばれる珍しい形式に分類されています。 現在の墳丘の長さは約八五メートル、前方部の幅は 約三五メートル、高さは約一一メートルを測ります。
墳丘は二段築成で、もとは周囲に周濠と周堤がめぐって いました。現在は埋没していますが、墳丘を中心に 南北約一五〇メートル、東西約一二〇メートルの領域を 占めています。内部主体は未掘のため不明ですが、 外表施設として葺石、埴輪が検出されています。
平成十五年三月 山陽町教育委員会




概略図
吉備路・両宮山古墳地図


アクセス
備前国分寺のすぐそばです。牟佐大塚古墳から山陽道(高架) の下の旧道を直進してください。



近辺の地図は
こちらから

ワンポイント
牟佐大塚古墳の近くでもあり、備前国分寺と隣接しておりますので セットで見学されることをおすすめいたします。






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