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吉備の中山写真集(2)

石舟古墳 石舟古墳
石舟古墳をみつけました。
中に石棺がありますが、水が入っていました。 この石棺の蓋とされているものが、一宮駅のホームにあります。
入り口は高さ100cm、幅150cmと小さいものでした。石棺の長さを計ってみると 内側の長さが約160cmでした。膝を伸ばした状態でおさめたとすると、身長はこれ以下 ということになります。



矢藤冶山古墳
正法寺の上にある矢藤冶山古墳に行ってきました。
説明板によると「墳長約35.5m、撥形前方部、終末期特殊器台と特殊壷・副葬品の組み合わせから みて最古形式前方後円墳であり、吉備における最も重要な遺跡の一つと判断される。」 とあります。
いままで見てきた古墳に比べるとかなり小ぶりな古墳で、周囲を回ってみましたが前方部に あたる水平な部分はなく、山の斜面を利用しているようです。これに一番近いものとして 楯築弥生墳丘墓が思いあたります。



正法寺の石棺の蓋
正法寺の境内に石棺の蓋のようなものがあります。
どこの古墳のものかはわかりませんが、いずれにしてもこの近くの古墳だと思います。 この山にはまだ発掘さていない古墳があるような気がします。



正法寺
吉備の中山の南のふもとにある正法寺です。
丸印のところに「大納言」という文字が見えます。 薬師寺慎一先生の「吉備の中山と古代吉備」吉備人出版を調べてみると、つぎのように書かれて います。以下引用
寺の門の瓦に「嘉永五年、藤原大納言の菩提のため修復造営す」と刻されています。 これからして、備前に流された藤原成親は船で正法寺(花尻)の付近に着き、それから有木の 別所に移されたのかもしれないとする人もいます。 もしここに着いたのなら、山を越えて向こう側(北)に行ったことになります。



庚申堂に登る石段
吉備の中山の南の山の上にある庚申堂に登る石段です。
上り口にある正法寺とこの庚申堂は帝釈天をお祭りしています。 今回の目的は位置を調べることだったので詳しい内容はつぎの機会にしますが、 この庚申堂から少し登ると御陵に行けるようです。



尾上車山古墳
吉備の中山の南麓の東側にある尾上車山古墳です。
全長130mとかなり大きな前方後円墳です。 茶臼山古墳から南東に位置し、かなり近いところにあります。 4世紀中ごろ茶臼山古墳に続いて築造されたとされています。



有木山青蓮寺
福田海のすぐ吉備津神社よりにこのような碑が建っています。
有木山青蓮寺と彫られています。青蓮寺のことは何も知りませんが、有木山とありますので やはりこのあたりが有名な有木なのでしょうか?



二面石仏
吉備津彦神社からの帰りに珍しいものを見つけました。
調べてみると二面石仏というようです。



吉備の中山の山頂
吉備の中山の山頂に登ってみました。
山頂にはなにかをお祭りしたした祠のようなものがありました。