アイルランドの旅行記録は、別掲「旅行日記」もご参照ください。
6日目は、Dublin、Cork、に次ぐアイルランド第三の都市、ゴールウェイ(Galway)に着いた。
旅の間に実感したことは、アイルランドの街は大きくなるほどに魅力を失う。
このゴールウェイは、アイルランドの都市では一番バランスがとれている様な印象。
地方都市の良さと都市の利便性を兼ね備えていたような印象。
名物のクラダリングのためか、貴金属宝飾店が多く軒を連ねていた。
6日目の夕方に一度訪れたのだが、16:30に到着するも、その日のツアーは既に終了。
日を改めて、7日目(8月30日)に、世界遺産であるニューグレンジ(Newgrange)を訪れた。
ここは、整然とした外観からは想像できないが、今から5000年も前の、古代エジプトあたりと同年代の古墳。
白い壁は、白い石を集めて積み上げたもの。
ここが円形の遺跡の入り口。
この様な大きな石が周囲をぐるりと取り囲んでいる。
正面の石にはこのような「Newgrange Spiral」の模様が描かれている。
中は撮影禁止。
非常に狭く、20人前後のツアーなのだが、ツアー客が入ると中はいっぱいになる。
冬至の日一日は、エジプトのアブシンベル神殿のように、太陽光が一筋、中心部に届くそうだ。
それをライトで擬似的に実演してくれる。
ニューグレンジの後、アイルランド人の心の故郷、タラの丘(Hill of Tara)にやってきた。
今日もやっぱり雨。
でも、それがアイルランドなんだ、とすっかりあきらめモード。
『風と共に去りぬ』のラストで、スカーレットが「タラへ帰ろう!」というのは、アイリッシュのオハラ一家が、アトランタの自分の土地に、このタラの名前を命名したからだとか。
で、これがそのタラの丘に上ったところ。
周囲はおろか、この丘自体にも、石柱が一本と、19世紀の墓碑が1つあるだけ。
実は、ここはケルト時代のアイルランド王のタラが住んでいた丘で、ケルト王が代々ここで戴冠式をやったという由緒正しいところ。
上空からみると、丸い二つの円が、ちょうどミステリーサークルのような模様を作っているが、地上に立っていると全然わからない。
そして、旅の終着地である、ダブリン(Dublin)へ戻ってきた。
Dublinは、他のアイルランドを回ってきた観光客が一様に、「いい街じゃない」と評する様に、アイルランドの中では異質な街。
ここはグラフトン通りという目抜き通りだが、メジャーな店が並び、あまり関心はわかない。
治安もよくないらしく、またなんとなく薄汚く、やはりアイルランドへ来たら、田舎へ足を伸ばすべきだと痛感。
旅の締めくくりはアイリッシュ・シチューで。
アイリッシュシチューは、ラム(すじ肉だった...)、じゃがいも、人参、タマネギのシンプル、素朴な料理。
しかしながら、ラム好きの私にはなかなかにおいしい料理。
Pub文化中心で、ろくな料理にありつけなかった今回の旅行の中では、この料理でも結構なヒットであった。