登校拒否を考える夏の全国合宿2002 in 鹿児島


福岡の親の会「不登校に学ぶ 個の会」のみなさんといっしょに行ってきました。台風がふたつも来ていて、大丈夫かしらと思ったけれど、それほど雨にも降られず、無事福岡にもどってきました。福岡から鹿児島空港までは高速バスで3時間。それから霧島温泉まではまたバスで40分。山の中の何もないところ。自然の中というところなのに散歩もしませんでしたが、温泉にだけはしっかり入ってきました。


大平光代さんの講演「だから、あなたも生きぬいて」

まず、大平さんは、飾り気のない、謙虚な、とてもすてきな女性でした。静かな語り口で、メモもとれないくらい話に引き込まれました。
大平さんのことは本を読んでいたので、彼女がどんな人生を歩んできたかは、本で知っていました。でも、実際に聞くと、もっと心にたくさんのものを感じました。

子どもたちの非行についても、非行に走る前に学校へ行けない時代がある、その苦しさを理解せず、おいつめてしまっているということでした。
そして強調されていたのは、「立ち直ることはできても、過去は消すことができない」ということ。しかし、これは否定的な意味に受け取りはしませんでした。消えない過去があっても自分がいかに前にすすんでいけるかという、そんな感じに受け取りました。

また、実際にご自分が相談にのった女の子の話もありました。いじめから学校へ行けなくなってしまった子が、自分の足で歩いていくようになった過程を話されました。子ども自身の気持ちの大切さを実感する話でした。結局その子は海外へ留学することになったのですが、留学がいいということではないと大平さんは言われました。その子にとってはそうだったけれど、みんな違うんだと。

ロンドンの話もありました。キッズカンパニーといって、学校に行かない子どもたちが無料で利用できる施設があるそうです。フリースクールのようなところでしょう。「無料」というのが大きな点。なぜ無料かというと、企業がスポンサーになっているということです。企業は宣伝効果などもねらってスポンサーになっているらしいのですが、それでも、いいのではないかと。日本でも、もっとそういうことにお金がつかわれるべきではないかという主張もありました。私もそう思いました。


子どもシンポジウム

5人の不登校を体験した子どもたち。
Yさん、19歳。現在過食中。
「学校へ行かない、それに気がついた自分がすばらしい。なぜ生きているだけではだめなのか。今、していること、それは自分が必要だからしている。一生、過食であっても、ありのままの私を愛してほしい」

Iさん、20歳、不登校新聞社勤務。
「校則はおかしいと思っていた。なぜ、くつ下の色が白ではないといけないのか。黒だったら悪くなるのか。そんなことはない。こういう自分になりなさいと押付けられるのが嫌だった。それはまちがっていると言っても、学校では通用しない。自分をだめな子だと思うようになった。したがいたくなかった。悪いことをしたかった。いやだということをどこかで吐き出したかった。だから非行に走った。でも、そのうちにむなしくなっていった。学校へ行くというのは自分をだまして行っているということ。自分にうそはつきたくない。人にうそをつけても、自分だけはうそをついたということを知っている。それをやってはいけない。不登校は逃げではない」

誰だったかわからなくなったけれど、こんな発言も。
「学校へもどってほしいと言われるのがつらい。時期をせまられるのがつらい。自然にしたいと思っている。それを肯定してほしい」
「親にはなにもしなくていい。生きるだけの私を受け止めてほしい」
「不登校は患うものではない。治るものでもない。自分の中で不登校は正しい」

さきほどのIさんはおかあさんに対してこんなふうに言っていた。
「母はなんでもいいから応援してくれる。だから、僕も母に対して、好きなことをやって生きたらいいと思う」
子どもが学校へ行けなくなったときにどんなふうに思うのか、その気持ち、叫びを聞くこができました。


テーマ別分科会「少年事件・非行と不登校」

我が子が不登校、そして少年事件を扱っておられる弁護士さんが参加されていて、その方のいろいろな話や、父母から出された話など、深刻な分科会でした。
少年事件の加害者は、加害者であるまえに被害者だという話もありました。やってしまったことはいけないけれど、加害者になるまえに、心の傷を受けているということ・・・

つっぱっりは子どものせいいっぱいの表現。遊んでいるようにみえて実はたたかっている、 非行から「立ち直る」というのはどうか、非行とはとおりすぎていくもの、自己否定している子、自己評価の低い子の精神停自由の回復が出口となるという話もありました。
「一生、暴走族やってる子もいないもんね」
という一言も。

茶髪やピアスの話もでました。受け入れられないことをわざとするという子どもの気持ちなんだという話になりました。





この人と話そう 内沢達さん

私は内沢さんの分科会に参加しました。内沢さんは鹿児島の親の会の世話人です。
内沢さんの話。
将来という言葉が子どもを苦しめる。親は子どもをどうにかできるものではない。子どもが答えを出す。
今の子どもはおかしいことはおかしいと思う。嫌なことには耐えないで、おかしいことをおかしいといえるのがすばらしい。登校拒否はそういうことだ」

子どもの問題行動、ひきこもりについても話がありました。
「親を困らせるとようなことをするのは、現われかたの違いだ。非行であったり、過食であったり。相手を困らせるようなことをして信号を送っている。苦しいのは同じ。苦しいときの表れ方が違う。
法則がある。親を困らせることを形にして言ってくる。親が理解して受け止めているのに、まだ困らせる。それは、こんな自分でもほんとうに受け入れてくれるのと親をためしている。しつこくされるのは信頼されているあかし」

学校がよくなったらもっと不登校は増えるだろうとも言われました。よくなるということは、自分の気持ちを出せるということ。つまり学校へ行かない選択もできるという意味だと理解しました。なるほど!

また、子育てはできないとも言われました。確かに小さいころの世話は子育てといえるでしょうが、親が子どもをどうにかできるものでもないとういこと。子育てはできないが、子どもといっしょに暮らすことはできる、どうすれば楽しくくらせるか考えてみようということ。これもなるほど!


鹿児島知覧中いじめ自殺裁判報告 村方美智子さん

いじめによって自殺した長男の事件について、その前後のようすなど話されました。
村方さんが言われたのは「学校へ行かなくていいよ」という一言がいえたら、子どもは今も元気でいたのではないだろうかというつらい思いでした。学校へ行けなくてつらい子どもがいたのに、学校へ行ってほしい、行かねばならないと思ったといわれました。でも、その気持ちはよくわかりました。
また、ひどいいじめだがあったのに、それを見過ごしてきた学校にも大きな問題があったと思いました。
つらい話でした。
ただ、私が気になったのは、いじめた加害者の子どもたちです。なぜそんなひどいいじめをするようになったのか、その後どのように事件を受けとめて言ったのか、そこは聞けませんでした。

親たちのシンポジウム

2人のおとうさんと3人のおかあさん。
子どもシンポジウムのYさんのおとうさんが登場されました。
「不登校しているけれど、過食はなおしてほしいと思った。でも、そうではない。娘に一生過食でも認められるかと言われ、返事に困っていると、おとうさんもまだまだやねといわれた。一生過食でもいいと心から思えるようになればいい。子どもを信じようと思っているけれど、信じているつもりになっていることがある。」

もうひとりのおとうさん。
「子どもをゆっくりさせるべきときにゆっくりさせなかった。ほんとはゆっくりしたいのに、通信制の高校にやらせたのがいけなかったと思う。自己否定から家庭内暴力へとなっていった。」
同じ親として共感して話を聞くことができました。


全体として流れていたのは、「今ある我が子をそのまま受け入れることの大切さ」だと思います。でもそれがほんとはむずかしい。
私は自分を振り返ることができました。そして、やはり、どこかでいろいろな思いを子どもに押付けようとしている自分もみつけました。まだ学校へ行っていると安心できる私がいることもわかりました。
夜遅くまで、いろいろ話せたのも楽しいでした。前日から睡眠不足だったけれど、それでも眠くならないのが不思議でした。ほんとに聞きたい話、聞いていて心に響く話には眠くならないことを発見!
鹿児島でのいろいろな思いが持続すればいいなあ。でも、私も無理しないでやっていこうと思います。


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