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これは、不登校を前向きにとらえることができなくて、学校に行かなくてもいいと口では言いながら、ほんとは行ってほしいと思っていたころの話です。 息子が不登校になったとき、私は一生懸命「原因探し」をしました。そして、最初、原因は学校にあると思いました。確かに、息子の中学校では体罰もありました。以前には、定規でたたかれて、ふとももがミミズばれのように赤くなっていたこともありました。そして、息子が行かなくなった直接のきっかけも体罰でした。 では、体罰がなくなって、学校の対応が改善されたら、息子は学校へ行けるかと考えたとき、それでも行けないように思いました。日常の息子をみていて、学校だけが原因ではないと感じました。 しかし、その先を考えるのが、私にはこわかったのです。その先には、息子がこんなふうになってしまったのは、「私のせい?」という、考えたくない思いがあったからです。 その思いは誰もに言えませんでした。ほんとにそうだったら、もう自分の行き場がなくなってしまうということがわかっていたからです。 「私のせい?」と考えたのは、私が離婚・再婚していたからでした。 息子には父親といっしょに生活したという記憶がないと思います。父親は時々帰ってきて遊んでくれる人だったけれど、いっしょに生活して、しかられたり、いやな思いをしたり、楽しかったり、親のあたりまえの姿をみたり、そんな父親との「生活体験」はもの心つくようになってからはありませんでした。 ずっと、母親と姉との生活でした。そして姉が大学に入学して家を出ていってからは、母親とふたりの生活でした。 そして、私が再婚。息子は、今まで暮らしたことのない大人の男性と暮らすことになりました。息子は「いいよ」とは言ったけれど、きっと複雑な気持ちだったと思います。 そして、3人であしたから暮らそうという土曜日に、学校で体罰事件が起こり、「月曜日からは学校に行かない」と息子が言ったのです。それがはじまりです。そんなふうに再婚しての新しい生活と、息子の不登校はまったく同時進行でした。 今でこそ、こんなふうに話しても大丈夫ですが、離婚・再婚、つまり私のせいで息子を追い詰めたのではないかという気持ちがずっとありました。学校が悪いと思っている間はそうでもありませんでしたが、それだけではないらしいと感じはじめたら、もう、たまりませんでした。私が息子を追い詰めたのではないかと。そして、事実そうだとしたら、どうしたらいいのだろうと。これまでの自分を全部否定されるような気がしました。悩みが深かっただけに、誰にもいえない、ほんとにつらい思いだったのです。 私自身がカウンセリングに通っていたので、そこでは少し話をしました。 「そんなこと、関係ないよ」 といってもらったのが救いでしたが、苦しい気持ちはずっと取れませんでした。 それからも、いろいろなことがありました。しかし、だんだんと息子をみているうちに、私のせいだと思わなくていいと感じてきたのです。夫もよくいいました。 「あの子はおかあさんを大事に思っているよ」 親も最初から親ではありませんし、自分の人生の中で、失敗したり、いろいろなことをして人間としても成長していくものだと思います。 「いいと思って結婚してもだめなときもある、それを我慢して生きていく生き方もあるかもしれないが、私は別の生き方を選んだ、それは一生懸命になって生きてきた私の選択であって、それも、これも、全部私」…それは子どもにだって認めてほしいと思います。その分、子どもにしなくてもよいつらい思いをさせたかもしれませんが、だからといって、自分を我慢して、しかたなく生きていくことがいいとは思えません。 子どもたちもわかっていると思うのです。母親のこと。 もちろん、不登校に原因がある場合もあります。いじめなど、原因をとりのぞいて、解決することもあると思います。それこそ、100人の子がいれば、100とおりです。 しかし、原因がはっきりしないことも多いし、無理に原因探しをしなくてもいいと思うのです。そして、「親の育て方が悪くてこうなった」とか「親のせいだ」とか、自分をせめることもないと思います。親が自分をかえていくことはいいのですが、過去にこだわって自分をせめることはないのです。 不登校って、子どもが自分の生き方を探しているのだと思います。不登校という形で表現できるように育ってよかったと思っていいくらいでしょうね。だから、次の一歩が踏み出せるまで、待ってあげるしかないのですね。 「私のせい?」と思って長い間、悩みました。でも、子どもをみていたら、だんだんわかってきました。子どもが育つように、親も育つ、そう思います。また、それでいいのだと思います。 |