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さて、この連載も2回目を迎えました。今回は大学進学からその後について振り返ってみたいと思います。アクティブなわたしの他、ネガティブなわたしについてもつらつらと書いてみました。 <大学進学〜> 1997年4月、わたしは通信制大学での勉強をスタートさせました。最初は知り合いが全然いなくて"友達ができるだろうか?"という不安もありましたが、毎日大学に通って・・・という勉強のスタイルではなく、自分の速度で進めていけるという通信制の利点もあり、個の会のお手伝いやバイトなどしながら自宅で勉強する日々を送っていました。 そして夏、初めて大学を訪れてのスクーリングで友達もでき、リポートの進行状況やテストの傾向など、お互いが持っている情報を交換したりなどして勉強を進めていくことになります。通信制の特徴としては年齢層が幅広い、同じ目標に向かって進んでいるけれど、個々の置かれている社会的立場などが全く違う(住んでいる地域や今何をやっているのか、など)というものがあり、高校2年生まで送ってきた学校生活とはガラッと違う学校生活で、お互い極度の干渉をしない(というか、できないというのが本当なんですが(笑))というところにわたしは凄く安心しました。 逆を言ってしまうと、自分で管理しないと何事も進んでいかない(自分が勉強しなければ留年するという事確実)、計画を練って自分でやらないと誰も強制して"勉強させられる"ということがないので、自分自身が意識を持って進めていかないと卒業への道が遠のいていくばかり、ということなんですけどね。 しかし、「"一緒でいる"必要なんてないんだ」「それぞれの生活の中で、それぞれのやり方で勉強を進めていけば良いんだ」というある種の解放感が、通信制高校から大学にかけて、わたしの中で芽生えたと思います。不登校もそうですよね。「それぞれでいい」「それぞれだからいい」というある種の個性を認める、と言うのでしょうか。そういう土台は凄く似ているんじゃないかと思います。 ![]() <冬季引きこもり> 話題が変わりますが、わたしは高校2年生の冬から7年間くらいにわたって「冬季引きこもり」をしていました。それは自分の周りの人間関係に疲れてしまって、バイトを続けられなかったり、学校に行けなくなったりということも含めてですが。大体3ヶ月くらい冬の間は家にいて、バイトができない状態に陥る事が多かったです。(個の会のお手伝いはしてましたけど) わたしの中に未だに根付いている「人間不信」とか「人の心の裏を読み取るクセ」などが段々と頭角を表し、冬の時期になってどうしてもバイトの人間関係とがつらくなってしまい、バイトをやめて家で昼夜逆転生活を送りながら、色々と考え事をしていました。 考え事というのは、親の事を散々中傷したり、バイト仲間を責めたり、自分自身を責めたり・・・色々と何かしら考えていました。それとか、どう考えても答えが出ないことに関して、延々と考え込んでいたりしていましたね。そして、春の時期になると、なぜか体がラクになって「何かしたい」という欲求に駆られてまた動き出す、ということを繰り返していました。そういうこともあって、通信制大学でよかったなーと(笑)。無理に学校に行く必要が無かったからというところに尽きますね(笑)。 <卒業してから> そうした生活を送りながらも、一応4年で通信制大学を卒業することになり、本格的に福祉の現場に身を置きたいと考えていたわたしは、自分の考えとは不本意な点が多かったのですが、老人福祉の世界に飛び込むことを決意します。 しかし、そこで色んな勉強をして福祉の実態を知ろうとする前に、自分が職場の人間関係に疲れてしまい、1ヵ月半でその仕事をやめ、その当時受けていた、チャイルドラインの養成講座で知った精神科医のクリニックを訪れ、自分が鬱病だという事を知ります。 しかし、それを家族に知られたくなかったわたしは、老人福祉の世界を離れて数日後、とある会社の面接で採用され、定期的に病院に通い、精神安定剤を飲みながら新しい職場で働く事になります。 <最近の活動> 5月24日柳川パレットの会、コスモスの会主催の「不登校で働くぼくから」という名前の講演会(元東京シューレ所属、現全国不登校新聞社編集局員の石井志昴さんの講演)+シンポジウム(と言うのが適当でしょうか?)に、シンポジウムの方でパネラーとして参加させて頂きました。 そこで自分の不登校の体験、そして、今現在はどうしているかと石井さんから質問されたりして、それに沿って答える形式だったのですが、凄く緊張していて、何を喋ったのかあまり覚えていません。(笑)覚えているのは、不登校の時にどんなことをしていたか、自分が今、鬱病という病気を持ちながらもかろうじて(笑)生きている、ということでしょうか。 鬱と診断されてから、人前で色々と自分の不登校の話や今の自分の話をするのは初めてで"だいじょうぶかなぁ?"と正直不安が一杯でしたが、会が終わってから何人かの親御さんの方に声を掛けて頂き、とても嬉しかったです。これからも無理しない範囲に活動を続けていけたらいいな、と思っています。 世話人の市野さん、山下さん、そして講演の準備をしたりと大忙しだっただろうコスモスの会の子どもたちはとても優しくて、初対面のはずのわたしにも気軽に声を掛けてくれて、それも嬉しかったです。感謝☆ |