連載エッセイ 思い起こせば…

第5回 心に残った言葉から



 息子が不登校をしてくれたお蔭で、私の日常生活の範囲では出会っていなかったであろう人々との出会いや、人生観をくつがえすようなインパクトを受けたお話を聞く機会に恵まれました。

 「個の会」の会員として、在籍だけは長かった私ですが、発足当時から会を運営して頂いていた世話人さんの交代を機に、世話人を引き受けるようになりました。世話人も以前からのおふたりを除いて、皆初めておしゃべりするというような状態でしたが、色々工夫しながら話し合いを重ねて、会のあり方を模索していました。

 そんな中、初めて手がけた講演会にお招きしたのが、山口県精神保健福祉センターの西村秀明さんでした。その講演のタイトルは『学校教育のあり方から不登校を考える』だったと思います。「タイトルはお任せします」と言われた西村さんに代わって考えたのですが…。すごい力の入ったタイトルになってしまいました。講演の中身は、さながら俳優の森本レオさんに似た西村さんのソフトな口調と声に包まれながら、しかし深い感銘を受けたお話でした。

 講演は三部構成でした。職場の組合の話で慣れていた私には違和感はなかったのですが、教育の歴史をひも解いた1・2部のお話は、他の方には社会の授業を受けているような感があったと思います…。が、しかし、その事は不登校の子ども達が学校を拒否せざるを得なかった現実そのものだったのです。教育制度が作られた歴史の中で、学校のあり方は決して個人を大切にするというものではなく、意図的に人間を、受験の学力という1つの評価から選別していくという、差別そのものの構造になっているというお話でした。学校現場では、そのことから発しているひずみを子ども達が受けているということでした。
 3部はムード一転、わかりやすく、現実との比較をお話していただきました。

 『学校との関係において、子どもが不登校になっている』とのお話は、色々な相談機関で引き合いに出される、家族構成や環境、親の養育態度というようなもの、また本人の甘えやわがまま未熟さなどの問題性を問いただされる事とは程遠いものでした。
「不登校については親子関係の問題でもなく、子どもの問題でもない。学校に行かなくなって親子関係がまずくなっている。親の期待と子供の状況が作用して関係がまずくなっている」
と説明され、また、
「不登校とは学校との関係の仕切り直しです。不登校は子育ての間違いではありません。子どもが学校との関係で辛い目にあって、子ども自身の生き方の選択である」
「離婚もしかり。結婚生活の仕切り直しです」
この言葉は私の心中に強く残りました。

 迷い考えた上の選択、その生き方の過程における不登校。それは決して『レールからはずれた』だの、『ドロップアウトした』だのというような世間の見方とは違い、個人の生き方の選択だとはっきり教えていただいたのです。

 「それも〜、これも〜、いいのです。」
そんなソフトな口調に安堵の気持ちでいっぱいでした。私なりに親として、学校に行かなくていいよと結論が出ていた時でしたが、最後まで払拭し切れなかった点、一抹の疑問、転校させたのが悪かったのだろうか?、家族構成が全く違う環境になったので子ども返りをしたのだろうか?その現実の中でも子どもが考え出した選択を認めることが、現実の子どもの今の姿からスタートする⇒ありのままを受け止める道だと結びつきました。

 最後にダメ押しの一言。
『人生の先輩である親が、生き生きと楽しい生き方をしていなくてどうするのですか?』
これも強い指摘でした。子どもは子どもなりに、親は親なりに、互いに尊重しながらの生き方が見えてきた出会いの時間でした。