連載エッセイ 思い起こせば…

第6回 番外編


 学校が職場の私にとって、息子の不登校は、ともすれば権威主義で頭デッカチになりがちな職場の雰囲気にドップリ浸かっていた私を、心底一掃してくれました。

 今まで何も疑問を感じなかった「子ども=生徒」の為にという言葉で、すべてが教育的指導のように思っていた事も、教師の自己満足ではなかったのか。また、判で押したように決まっている行事も、子どもを動かすことで子どもの成長になると思っていたのではなかったか。子どもが従属的で、学校の主体は教師なのか?子どもなのか?・・こうなると、不思議・疑問だらけの毎日ですが…

 今の私の姿も、10年の歳月の中、息子との葛藤の中で培われてきたものです。その間には、自分が思い描いていた学校像と現実のギャップが大きくなり、毎日転職の案内を見ていた時もあったのですが…
 その当時の世話人さんの「不登校を理解してくれる人が一人でもいれば…」という声になぐさめられて、今に至っています。
その意味では、学校の中でも一人の人間として、子どもに接することができ、「私は教師」などというような、いかつい肩を張った気負いがなくなりました。

 私の掃除の所では、ホウキを取ると、子ども達が西遊記の場面に様変わりし、トイレでは大水があふれ、ビショビショで教室に帰る程はじけてしまいましたが、それでも「マア、イイカ〜」… 子ども達とふれ合い、気持ちが通じ合える関係を求めているところです。

 長々と6回に渡り、お付き合いいただきありがとうございました。10年の月日を、薄らいでしまった記憶をほどきながら…
 山村留学の案内や、子どもを鍛える道場はないかと走りまわっていた自分を振り返ると、360度変わった私がいます。これも親の会との出会いだったと思いますが、私だけがそうではなく、一人一人の会員さんも、子どもとのふれ合いの毎日がきっと思い起こせる日が来ると思います。  (了)