
歌手として(いやロックシンガーとして)萩原健一を語るときにライブに触れないのはやはり納得がいかない。実際ファンクラブの会員の主たる狙いはコンサートの優先予約だったと思うし‥‥
ライブはアーティストと聴衆が一つの時間と空間を共有する場であり、いつも両者が何かを捜しに行くところだ。運良く萩原健一のライブに参加できた人や、少なくとも彼のライブアルバムやLDを聞いたり見たりできた人ならば、「共有」の最高の例をそこに見い出せるはずだ。
萩原健一はライブに決して手を抜かないので初日で咽を潰してしまうことがしばしばあった。BUNKAMURAの時などリハーサルで声がでなくなってしまったが、構わずコンサートは続けられた。彼の声が出なくても聴衆が彼の代わりに大声で唄ったのだ。だから萩原健一のコンサートのあと僕たちは2〜3日声が潰れてしまうのだったが、誰もが幸せな気分で過ごせた。
京都で萩原健一にコンサートのことを聞いた。彼は「連続ドラマはきついので自分はあまり出演しないのだけど、ライブはそれよりずっとハードだ。ミックジャガーのようにずっと歌っていくのは無理だ。」と言って優しく笑った。実際はそのあとに例のBUNKAMURAの二週間ぶっ通しのすごいライブがあったわけだが、最終日の萩原健一には何かを燃やし尽くしたような、オリンピックの名選手のような感じがして、もう彼のコンサートはないんだなと僕たちには伝わった。あれから7年がたった。
萩原健一SUPERLIVE大全集
8枚組のCD。すごい。『健一・萩原 熱狂雷舞』は柳ジョージ&レイニーウッドのメンバーをバックに静かに熱い演奏が展開する。「ファンシーレディ」「本牧綺談」が特に光る。『DONJUAN LIVE』の導入〜展開は見事だ。「テンダーナイト」はスタジオ版の抑えた曲調とは反対の突き抜けるような演奏に、続けてガラりとテンポを変えての「お元気ですか」の唄いかたは強い親しみを込めたもので感動的だ。他にも「ぐでんぐでん」「ラストダンスは私と」など素晴しい。『SHANTI SHANTI』はインドでのチャリティーコンサートから始まる。萩原健一がマザーテレサに共鳴してインドの貧しい子供たちのために開いた現地でのコンサート。その模様は日本テレビ系列で福留アナのナレーションで放映された。言葉の通じない国での一曲目、地元の子供たちの「ハイナボロボロ」に続いての「ホワイト&ブルー」。すごい緊張が伝わってくるが曲の途中からリラックスしていくのが心地よい。<Japanese girl、気取らないで>と唄いながら自身の緊張もほぐしているようだ。後半は日本に戻ってのすごい演奏「Ah!Ha!」「ルーシー」のドライブ感は圧倒的だ。『Andree Marlrau Live』は完成度の高いライブ。ポーラ・デスモンドとの掛け合いにも余裕があり聴衆と一体になった歌であり演奏である。ただしこのライブは素晴しいLDと一緒に体験すべきものだ。
萩原健一'85アンドレ・マルロー・ライブ
一曲目の「シャ・ラ・ラ」が始まったときに鳥肌がたった。高橋伴明の映像の表現力にも感嘆させられるが、ここに収録されているのは萩原健一とアンドレ・マルロー・バンドによる見事なステージパフォーマンスだ。そして最後までくると熱いものがこみ上げてくるのを抑えることができない。このLDを見るためにプレーヤーを買った仲間もいるのだ。(ちなみに私は2枚買った‥)
萩原健一 R Rock Concert
最後のライブである。声が潰れているのは前述したとおり、作品としてよりも記録として評価したい。コンサートのパンフには【R】の意味としてリサイタル、リサイクル、リピート、リメンバー、リクエスト、リバイバル、リメイクとある。RollingやRadicalであって欲しいのだが‥‥
萩原健一さん、もう歌わないのですか?
ライブの「Ah! Ha!」であなたはいつも歌っていたじゃないですか
“ 朝までコンサートをしようぜ ”
そして新世紀を迎えて2年目の2003年11月17日
ついに13年の沈黙を経て萩原さんのライブ活動が再開されようとしています。
念願の....
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