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稽古は十分のはずだ。自主練習もしている。明日からは衣装をつけて舞台稽古。初めての劇場、初めての板の上。今日はよく眠らないといけない。そしていやでも3日後には幕が開くのだ。 自分なりにメニューをこなしてきたのだから、今は身体を休めよう。食べ物にも、もう気をつかう必要はない。多少太っても構わない。とにかく今夜からよく眠ることだ。コーチもそう言っていた。 時間は迫っている。今日という日が、時間がこのまま止まってくれれば・・。 舞台初日が近づくと、私は必ずそう思う。しかし、今までにないこの緊張感はいったい何だ。22歳で映画にデビューしたときよりも、何倍もの緊張感に襲われ、心細くなっている自分がいる。 沖縄県宮古島。羽田から直行便で2時間半のこの南の島にやって来たのは、映画の撮影のためでも、舞台の仕事のためでもない。ここで開催されるトライアスロン大会に出場するためだ。そう、俳優としてではなく選手としてやって来たのだ。 私の仕事は、身体で表現するだけに、役づくりによってはウエイトトレーニングが必要なこともある。また、体力づくりのために、たまにはチョット走ることだってある。とはいえ、私も普通の56歳のおじさん。決して体力に自信があるわけではない。それどころか子どものころは自他ともに認める虚弱児で、母親をずいぶん苦労させた。学生時代も、スポーツよりも音楽や映画のほうに夢中だった。そんな私がトライアスロンの、しかも距離の長いロングの大会「全日本トライアスロン宮古島大会」に出場することになったのだ。 トライアスロンといえば、水泳、バイク(トライアスロンでは競技用の自転車のことをこう呼ぶ)、ランニングを、続けてひとりでやり切る競技だ。オリンピックに採用された短い距離のほうでも、合わせて51.5km。それが宮古島大会ともなると200km以上にもなる。普通なら無謀と思えるようなこの大会に挑戦しようと思い立ったのは、ある映画の撮影がきっかけだった。
4年前。耳の不自由なトライアスリートを主人公にした、大林宣彦監督の作品「風の歌が聴きたい」に出演したときのことだ。この映画には、実際にトライアスロンを趣味として楽しんでいる中高年の人たちもエキストラとして出演していた。聞くと70歳をとうに超えるトライアスリートもいるという。それまで、特別に体力のある宇宙人のような人だけのスポーツと思っていたトライアスロンが、俄然身近に考えられるようになった。そして実際に出るなら、この映画のロケにも使われた宮古島。ここしかないと決心するまでそれほど時間はかからなかった。実は、トライアスロンに興味を持ってしまったのは私だけではない。主人公役を務めた雨宮良ちゃん。そして友人であり、この映画にスタッフとして参加した本多隆司。この2人は、最初に「やるぞ!」と決心した私より一足早く、2年前に宮古島大会に出場して完走している。仕事の関係で2回出場を逃した私も、3年越しの念願がかなって、一トライアスリートとして宮古島に降り立った。
と、意気込んでやって来てはみたが、スタート会場であり、宿泊場所でもある宮古島東急リゾートに入ると、会う人会う人、鍛えられた身体のトライアスリートばかり。そんな中で、まだ一度もレースに出たことのない私が紛れていること自体、何かの間違いのような気がしてきた。スイム3km、バイク155km、ラン42.195km。合計200.195kmという途方もない数字を前に、私はますます小さくなってしまった。 「突然ですが、宮古島に行ってきます!」本文より |