<第3章> アメン・ラーの神殿
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和也、フレイヤ、ラファエルの3人は、アメン・ラーの神殿の近くの町にある港から船に乗り、 一路アレキサンドリアを目指した。アレキサンドリアまでおよそ一週間の航海である。 空からは夏の日差しがさんさんと照りつけ、それが水面に反射して美しい光を織りなす。そして、エメラルドグリーンの海が、はるか彼方まで続いていた。 …どうして俺なんかが勇者に選ばれたんだろう…。 和也は、アレキサンドリア行きの船が出る港町に行く半日ぐらいの道のりを思い出し、改めてそれを感じた。 大神官ヴェザーンからもらった人形の効果があったのか、道中は今までの3分の1ぐらいしか、魔物は出現しなかった。 さらに出現した魔物の半数は、ラファエルの姿を見た途端に逃げ出していった。 それでも何匹かの魔物達は、3人に襲いかかる。 そんな魔物達に対して、フレイヤが呪文を詠唱しようと身構えた時、ラファエルがそれを遮った。 「待て!こんな魔物は私の剣で充分だ。」というやいなや、神技とも言える早さで、次々に魔物を倒していった。 そして残る1匹となったとき、魔物は和也めがけて襲いかかった。 「おい!何をボッとしている?!」 「エッ?!…う、わわわわっ!!」 和也は突然、ラファエルに怒鳴られ慌ててしまい、棍棒で殴ろうとしたが、かすりもしなかった。もともと戦闘力がないうえに、 混乱しているのだから当然の話である。 その様子を見たラファエルは、大きくため息をつくと、剣をひとふりして、最後の魔物を絶命させた。 「…これほど未熟者とはな…。」 ラファエルにそんな痛烈な批判を浴びせられても、自分の置かれている状況に右往左往するだけの和也であった。 …はぁ…。あいつはいけ好かないヤツだけど、言うことはもっともだもんな…。 和也は大きくため息をつくと、船のデッキにもたれかけ、空を飛んでいるカモメをボンヤリと眺めた。ここで 和也がいう「あいつ」とは、もちろんラファエルのことである。 同じ頃、船内の客室にいたラファエルもまた、港町に行くまでの道中を思い出し、フレイヤに言った。 「あいつには、もう少し勇者の自覚を持たせた方がいい。いつまでもあんな調子では、足手まといだ。」 「…ラファエル様は、和也様に対して厳しすぎますわ。」と、フレイヤはため息をついた。 「あいつがただの旅人ならば、それでも構わない。己の未熟さゆえに、一人でのたれ死んでいくだけのこと。 だが…、私もまだ信じられないが、あいつにはこの世界の存亡がかかっているのだ。いつまでも、安易な気持ちでいられては困る。」 ラファエルが、こんなに和也のことを忌々しく思うのは、和也が役立たずで、とほほな勇者であるということだけではない。 例のマッチョなオヤジ人形のせいで、自分も和也の仲間であることが分かったからである。 大神官ヴェザーンの命を受けて、和也達の旅に同行することになったものの、本来は6人の仲間が見つかった時点で、 お役ご免となるはずだったのだ。 「…まあ、そなたに言っても仕方のないことだな。」 「ラファエル様!私、頑張りますから…。だから…、どうか旅をやめるなんて言わないでください!」 「何を言っているんだ?私はやめるなどと、一言も言ってない。自分の立場を理解しているからこそ言っているのだ。」 「でも…私…。」 フレイヤの真剣な眼差しに、ラファエルは微笑んで答えた。 「そのように、自分ばかり重荷を背負うようなことは言うな。そなたは優れた魔力の持ち主だが、そのことに奢らず、いつも他の者以上に努力している。それで充分ではないか? この私がついているのだ。…それでも不安か?」 ラファエルは深いブルーの瞳で、フレイヤの方をじっと見つめた。 「そんなこと…、」と、言ったきりフレイヤは何も言えなくなってしまった。 この旅に出る前からもフレイヤは、年に何度か行われる祭祀の際に、ラファエルと会って話をすることがあった。だがそれは、アズラエルの秘書として、アスワン城に仕えているからであって、ギルドにいた頃からは、到底考えられないことであった。 聖騎士とはこの世界において、その位特別な存在なのである。 しかも、聖騎士団分隊長・ラファエルと言えば、武芸にも優れ大神官の覚えめでたく、おまけに誰もが振り返るほど端正な顔立ちで、 町中の女性達の憧れでもあった。要するにフレイヤから見れば、雲の上の人のような存在なのである。 そんなラファエルに見つめられ、フレイヤはドギマギしながら、必死に何か別 の話題を探していた。 「あの…、ラファエル様の探しておられるブラークって方…、そんなに有名な傭兵なんですの?」 「そうだな。なんせヤツには『迅雷のブラーク』と通り名がついている。通り名が通 用するようになるぐらいの強者は、傭兵の世界 では一流と言えるだろう。他にも一流の傭兵はいるが、我々の一番近くにいるヤツを捜すのが手っ取り早い。」 「迅雷のブラーク…、私もアズラエル様から聞いたことがあります。アレキサンドリアで会えるとよいのですけど。」 「今は特に仕事を請け負っていないだろうから、しばらくあの街に留まるだろう。」 「そうですね。それに…」とフレイヤが言いかけたところで、いきなり外が騒がしくなった。 「うわっっっっっ〜!!!!」 突然、和也の悲鳴が客室にいる2人まで届いた。2人が窓の外を振り返ると、和也は海中から突然現れた大きなイカの 魔物に捕らわれていた。 「!…フレイヤ、風霊魔法は使えたな?」 「はい!」 「よし!行くぞ!」 そう言うと、2人は客室の外に飛び出した。甲板では何人かの船員と、この船に偶然乗り合わせた傭兵達が応戦しているが、 海の上では自由に移動できる魔物の方が、俄然有利である。しかも、魔物の足に捕らえられている和也は、パニックに陥っていて、何かできる状況ではなかった。 「うわわわわ〜!!!!ひぇ〜〜〜〜!!!!」 「和也様!今、助けます!」 フレイヤは甲板に立つと、風霊魔法の詠唱を始めた。 「精霊神アテンの名において、土の精霊達に命ず!戦いに加わりし者すべてに、精霊の加護を与えたまえ。オールシールド!」 フレイヤが精霊魔法を唱え終わると、戦いに参加しているすべての人間の守備力が上がった。 精霊魔法は魔法のレベルが高いほど、長い呪文の詠唱が必要となる。また、実力のある魔道士ほど、詠唱なしで唱えられる魔法の数も多い。今のフレイヤのレベルでは、 複数の人間に影響を与えるこの魔法を、詠唱なしでの発動はできない。 「ラファエル様!これで少しはダメージが軽減できます!」 「うむ。私が魔物の側に近寄って、注意を引きつける。そのスキにフレイヤは、風霊魔法で攻撃しろ!」 「はい!」 ラファエルは、船の甲板のギリギリの位置に立ち、魔物に向かって剣で斬りつけた。そのすきにフレイヤは、2度目の魔法の詠唱に 入る。 「サンダーアロー!」 フレイヤは何度もその魔法を唱え、魔物にダメージを与えた。ラファエルは、魔物が呪文のダメージを受けて動きが止まった隙を 狙い、攻撃を続けた。何度かの攻撃の後、魔物は弱っていき、徐々に海に沈んでいった。だが、最後まで魔物は和也を離そうとしない。 「た、助けてくれぇ〜〜〜!!!!」 …チッ!まだ捕らわれていたとはなっ!!… ラファエルはすばやく跳躍し、魔物の足に剣を突き立て、和也から切り離した。ラファエルが、気絶している和也に向かって 何かを言いかけようとしたとき、船は大きく揺れた。 「まずい!巻き込まれるぞ!!」 巨大なイカの魔物が絶命し、海の中に沈んでいく渦の中に、3人が乗った船が巻き込まれようとしていた。船員達が慌てて舵を取るが、それでもなお船は、渦の中心へと引きずられていく…。 その時…。 「ディストーション!!」 どこからか、力強い声で呪文が唱えられると、船の周りは一瞬灰色の空間に入った。そして、次の瞬間に海の遙か彼方で、魔物が沈んでいくのが見えたのである。 和也、フレイヤ、ラファエルの3人を含め、船にいる者達もみな、即座に何が起こったのか理解できなかった。だが、徐々に沈没の危機を免れたことに気付き、 安堵のため息が船の上で広がっていった。 「…あなたは、あの時のおじいさん?!」 「おお、嬢ちゃんかい。また会ったのぉ。」 この時空を移動する魔法を唱えた声の主は、2、3日前に村の宿屋で魔物に攻め込まれた際に、和也とフレイヤを救った謎の老人であった。 「これでしばらく魔物は出んじゃろ。そんじゃ!」 「あ!おじいさん、待って下さい!!」と、フレイヤが言い終えないうちに、また老人は姿を消してしまった。 「フレイヤ、今のご老人は何者だ?」 「分かりません…。でも、アメン・ラーの神殿にも行く途中でも、危ないところを助けてもらったんです。」 「そうか…。…しかし、今の魔法は…、召喚魔法と並んで、ほとんど使い手がいないと言われる時空魔法じゃないのか?…あのご老人、ただ者ではないな…。」 「ええ…。悪い人ではないと思うのですが…。」 その時、船の甲板で気絶している和也の意識が戻った。海水を多少飲んだらしく、何度もせき込んでいた。 「大丈夫ですか?!和也様。」 「…あ、うん。…もうしばらくイカは食べられないけど。…ははは。」 和也は魔物に襲われ、海に引きずり込まれかけたショックで、腑抜けのような状態になっていた。まあもっとも、普段も役立たずでとほほな勇者なのだから、 腑抜けでもそんなに大きく変わらない。そんな和也を見て、ラファエルはまた、何かを言いかけようとしてやめた。 その3人の様子を、遠巻きに見ていた人たちは、やがて口々につぶやいた。 …あの方達は、もしや勇者様ご一行なのでは?! 先ほどの謎の老人は、3人以外の人間が気付く前に立ち去ってしまった。だからみな、船を移動させたのは、和也達だと思い込んでいた。 もちろん、それは和也ではなく、ラファエルかフレイヤのどちらかだと思っているのである。 「あ、いえ…私達は違うんです!」 和也が勇者であること、大魔王討伐に向けて旅をしていることは、一切話してはいけない…というアズラエルの言いつけを守って、フレイヤは 弁解しようとした。 「では、なぜ聖騎士様と魔道士様が、一緒に旅をなさっておいでなのです?」 「それは…、大神官様から直々に仰せつかった重要な任務の途中だからだ。」と、ラファエルが苦し紛れにいうと、みな納得したように 引き下がった。それで、フレイヤとラファエルの2人は、思わず顔を見合わせて、ホッとした表情を浮かべたのである。 それから、数日後…。 船は順調に航路を進み、水平線の先には徐々に街並みが広がっていった。この世界最大の港町・アレキサンドリアである。 〜第3章 完〜 |