<第4章> 港町アレキサンドリア

〜1〜

「…おい、もっとさっさと歩けないのか?!置いていくぞ!」

ラファエルは、自分の10歩ほど後ろを、ヨロヨロと歩いている和也に怒鳴った。

「…そんなこと言ったって…。」

和也は、ラファエルに慣れない武器を持たされ、歩くだけで頭がクラクラしてきた。しかも港町アレキサンドリアは、砂漠気候であり、季節は真夏…。3人がもといた大陸よりも気温は高く、昼の強い日差しが容赦な 照りつけ、地面からも照り返しの熱気が襲ってくる。




和也達を襲ったイカの魔物が去った後、ラファエルは和也に鉄の剣を渡した。

「アレキサンドリアにいる魔物に、そんなヤワな武器では役に立たない。これを使いこなせるようになれ。」

「えぇ〜?!」

それは、和也が持って歩くのが精一杯の鉄の剣だった。ラファエルは、和也から棍棒を取り上げると、少し力を込めてへし折ってしまった。

「…うわ〜〜!」

「こんなものに頼るから、いつまでも経っても未熟なのだ。…いつでも私が、練習相手になろう。」

ラファエルはそう和也に言うと、客室に戻っていった。



幸いその後、船に乗っている間、ほとんど魔物は出なかったが、悪天候の日が続き、海はしけっていた。そして、 船が大きく揺れるたびに、和也は気分が悪くなり、よく寝込んでいた。 見かねたラファエルが呆れつつも、治癒の呪文を唱えたぐらいである。 和也はもといた世界ででも、船になどほとんど乗ったことがなかったのである。

世界一情けない勇者は、やはり船の上でも情けなかった。

そんな訳で、ラファエルの申し出はムダになり、鉄の剣を使いこなすどころか、和也はアレキサンドリアに着くまでのおよそ1週間を、 ほとんど船室で過ごしていたのである。




アレキサンドリアに着き、船から下りて街の中をほんの数分歩くだけで、汗がダラダラと流れてくる。

…くっそ〜〜!!言いたい放題いいやがって!…

普段は、ほとんど怒らない和也であるが、この暑さのせいでややキレ気味になっている。

…チェッ!なんだよ〜!涼しい顔しやがって!…

ラファエルはどういうわけか、汗一つかかないで平気な顔をして歩いているのである。

「…聞こえてるぞ。」

どうも和也は、自分でも気付かないうちに、ブツブツとひとりごとを言っていたようである。 そして、ふと見上げると、かなり前方を歩いていたはずのラファエルとフレイヤが、和也の目の前に立っていた。

「和也様、大丈夫ですか?私、水霊魔法は使えないんですけど、これで少しは…」と、フレイヤが風霊魔法を唱えようとするのを、 ラファエルは制した。

「甘やかすなと言っただろう?!」とラファエルは、イライラしながらフレイヤに言った。

見た目は汗一つかかず平気そうな顔をしているラファエルも、アレキサンドリアに来るのは初めてで、口には出さないが、 かなり暑さに参っている。この暑さに慣れているのは、1年ほど前までアレキサンドリアにあるギルドの本部にいたフレイヤだけであった。

「でも…、初めてこの街にきた人は、暑さでまいってしまいますから…。」

「いいからとにかく、宿屋に着くまで歩け!」

「そのへんにだって、宿屋はいっぱいあるじゃないか!」

「…そこらへんの宿屋の酒場では話にならない。忘れたのか?我々はブラークを探しているのだ!! 貴様はそんなこともいちいち説明しないと分からない程、愚かなのか?!」

「悪かったな!バカで!」

「もう!2人ともいい年をして、喧嘩しないでください!大人気ないですよ。」

まだ16歳のフレイヤにそう言われては、さすがに黙ってしまい、黙々と宿屋へ向かって歩いていった。



アレキサンドリアの街は、この世界で一番の港町と言われるだけあってかなり広い。にぎやかな大通 りや、 多くの店や民家を通り過ぎ、3人が歩くことおよそ15分…。

街の中心部にあるアレキサンドリア一と言われる宿屋に辿り着いたのである。3人が宿屋に入ると、ひんやり とした心地よい空気が流れ、みなそれぞれに内心ホッとしたのだった。

しかし、まだ時刻は昼間のせいか、酒場には店員以外ほとんど人の姿も見えず、3人の探しているブラークの姿も見えない。 そこで、3人はアレキサンドリアの街のはずれにある魔導士ギルドの本部に向かうことにした。

「…なんで大陸ひとつ違っただけで、こんなに暑いんだろう?!」

「この大陸のほとんどが、砂漠に被われていているからなんです。その中でアレキサンドリアは、オアシスが発展して出来ました。 でも、特に夏場の日中はものすごく暑く、冬の夜は凍り付くほどの程の寒さで、温暖差の激しい厳しい土地なんです。」

…まるで、エジプトに来たみたいだ。…

和也はふとそう思い、街の人たちの服装や民家などを見ると、なんとなく和也のいた世界のエジプトに似ているような気がした。

「どうして、またよりによって、こんなところにギルドの本部を立てたんだい?アスワン城のあたりの方が、ずっと過ごしやすそうなのに。」

「確かにそうなんですけど。…今から200年ほど前まで、魔導士や召喚士など呪文を使うことを生業としている者は、イシス神を信仰しないという理由で、人々に迫害されてきました。

…しかし、世界が危機にさらされた時、この世を救った勇者が魔導士であったことから、人々の目は変わりました。でも、私達は迫害に苦しんだ 先祖の苦労を忘れてはならないという理由で、あえて環境の厳しい場所を選んだのです。」

「…そうなんだ。」

どこの世界でも、特殊な能力を持つ者は、他人から嫉妬と畏怖の対象となり、疎まれるものである。ごく普通にしか生きてきていない和也には、いまいちピンとこない話であるが。

「…じゃあ、もしかしてギルドの本部って、…蒸し風呂状態?」と和也は恐る恐る尋ねると、フレイヤは笑って答えた。

「まさか!ギルドの長であるヨフィエル長老はご高齢でいらっしゃいますから、本部の中は常に水霊魔法によって、適温に保たれてますわ。」

「…そうあってほしいものだ。この暑さはたまらん。」とラファエルが言うと、和也とフレイヤは意外そうな顔をして見合わせた。

「ラファエルにも苦手なものってあるんだ…。」

「…当たり前だ。私とて、生身の人間。私の故郷は寒さの厳しい土地で、一年中雪が降り積もり、砂漠などない。 …こんな話はもういい!」

ラファエルはそう言い捨てると、また無言でスタスタと歩き出した。

「…へぇ〜。」

和也は、自分よりはるかに容姿も力も優れ、いつも嫌みったらしく小言を言うラファエルを、「いけ好かないやつ!」と疎ましく思っていたのだが、 ほんの少しだけ親近感を感じた。



ギルドの本部は、城とも屋敷とも思えない奇妙な建物で、上に行くほど奇妙に曲がりくねっていた。 そして、ところどころ大きく膨らんでおり、まるで重力の法則を無視したような造りである。

フレイヤは、本部の入り口にある鷹をモチーフにした紋章に手を触れた。鷹は、魔導士達が信仰する精霊神アテンの使いと言われており、魔導士ギルドの紋章でもある。紋章が光を放つと、重厚な扉がゆっくりと開いた。

3人が建物の中に入ると、中は薄暗く、人の姿が全く見えなかった。

「うわっ!扉が!」

3人が入った途端に、扉がまたゆっくりと閉じていったのである。そして、中はまた一段と薄暗くなり、まるでお化け屋敷か悪魔の館のような雰囲気である。

こういうシュチレーションでは、ろくなことが起こらない…。そう思った和也は、思わず驚いてしまったのである。

「お客人、ここには修行中のものもおりますゆえ、お静かに。」

「わっ!…す、すいません。」

突然、3人の前に年若い魔導士が現れた。その魔導士は、3人に軽く会釈をすると、フレイヤに話しかけた。

「フレイヤ殿、ヨフィエル長老がお待ちです。お急ぎ下さい。」

「分かりました。」とフレイヤが答えると、その魔導士はまた姿を消した。

「2人ともはぐれないよう私について下さい。この中は招かれざる侵入者を防ぐため、目的以外の場所に行こうとする者は、永久に迷ってしまうよう魔法が施されているのです。」

…うわ…。本格的…。

和也は今更ながら、自分が本当にゲームの世界に入り込んだ気がした。そして、慌ててフレイヤの後を歩いていったのである。



「よう!フレイヤ!久しぶりに会ったというのに挨拶もなしかい。」

また、いきなり3人の前に、紫のローブを着た2人の修行中の魔導士が現れた。和也とラファエルは、フレイヤのこわばった表情から、 嫌がらせをしていた兄弟子達であることに気がついた。

「男を2人も従えてご帰還たぁ〜、いいご身分じゃねえかよ。えっ?!」

「アズラエル様に気に入られてるからって、いい気になるんじゃね〜ぞ!」

「ま、どうせそのローブもアズラエル様に取り入って、もらったんだろうけどな。」

「女は得だよな〜。」と言って、2人の魔道士は下卑た笑いを浮かべた。

…ひっでぇ!!…

和也が何か言い返そうとする前に、ラファエルはフレイヤの1歩前に出て言い放った。

「未熟者のくせに、口だけは達者なようだな。」

「なんだと!」

「やるのか?…よかろう。貴様等のような輩に剣など不要。遠慮なくかかってくるがいい。」

ラファエルが静かにそう言い放つと、魔道士の1人が魔法を詠唱しようとした。

「ラファエル様、やめてください!栄えある聖騎士団の分隊長ともあろうお方が、こんなところで争ってはいけませんわ!」

「聖騎士?!…チッ!」と言い捨てると、2人の魔導士は逃げるようにして姿を消した。

「…聖騎士を見たことがないとは、とんだ世間知らずだな。」

「…。」

何も言わないフレイヤにラファエルは続けた。

「上の者にあんな口の利き方をするなど、聖騎士団では考えられぬことだ。いくらもと兄弟子で、年長者とはいえ、今はそなたの立場が上なのだ。あんな輩に好き勝手に言わせておいてはいけない。」

「そうだよ、フレイヤ!あれはひどい!もっとハッキリ言ってやんなきゃ!」

珍しく和也とラファエルの意見が一致したところで、3人はヨフィエル長老のいる部屋にたどり着いた。

〜続く〜