<第4章> 港町アレキサンドリア

〜2〜

「お久しぶりでございます。ヨフィエル様。」

フレイヤは部屋に入るなり、その場でひざまずき、両手を胸の前で交差して挨拶をした。 それはこの世界で、自分より遙かに地位の高い者に対する挨拶であったが、それを知らない和也は、きょとんとした顔で眺めていた。

「おお、フレイヤか…。久しいのう。成人の儀以来であったな。」

建物の通路より暗いこの部屋の奧から、和也の肘ぐらいまでの身長しかない小柄な老人が、若い魔導士に支えられて現れた。 ラファエルもフレイヤと同じようにうやうやしく挨拶した。

「初めてお目通りさせていただきますのは、 アメン・ラーの神殿より参りました聖騎士団・分隊長を務めますラファエルでございます。 大神官ヴェザーン様の命により、こちらのフレイヤ殿に同行させて頂いております。 ヨフィエル長老様のご高名におかれましては、我が聖騎士団も存じておりますところ。 ご拝顔の機会をいただき、大変光栄に存じます。」

「うむ。ラファエル殿と申すか…。 我々、魔導士はそなた達とは異なる神を信仰しておるが、この事態に心を痛めておることには変わりはない。もちろん、ギルドも協力は惜しまないつもりでおるゆえ、そのことはご理解頂きたい。」

「ヨフィエル様のそのお言葉、ありがたく頂戴いたします。 精霊神アテン様は、我らが信仰するイシス神とは兄弟神。 それゆえ、志は我らと同じ御許にあると思っておりますので、何ら問題はございません。」

…い〜〜っ?!…

いつもの和也に対するぞんざいな口の利き方とは。まるで別 人のようである。ラファエルもこんな言い回しが出来るのかと、和也は大きく目を見開いて驚いていた。 もっとも、「和也に同行…」と言わずに、「フレイヤに…」と言ったあたりに皮肉がこもっているが。

「そちらは…、勇者殿かな?」

「えっ!?あ…。お…、いや私は和也と申します。どうぞ、およろしく申し上げまする。」

ごく普通の人間である和也は、もちろんごく普通の育ちで、しかも会社では営業担当ではなかったので、そんなに丁寧な言葉使いはしていなかった。 しかも、この世界に来てすでに10日以上は経っていて、そんな習慣はすっかり抜けてしまっているのである。

まだ「ヨボヨボで今にも死にそうなじ〜さん」と言わなかっただけマシである。

とっさのあまり妙な挨拶をしてしまった和也を、フレイヤは気付かれぬよう小さく笑い、 ラファエルは手で顔を押さえてため息をついた。 しかしヨフィエルは別段、気にした風もなく、話を続けた。

「さて、この世には勇者殿しか使えない武器があることは、アズラエルから聞いておるな? それを見つめるには、まずこれらの4つのルーンを集めることが先決である。」

突然、和也達の前に赤、青、緑、黄の野球の球ぐらいの大きさの透明な球体のオブジェが現れた。

その4つのルーンは、アレキサンドリアからそう遠くないところにある「炎の洞窟」、この大陸の中央にあるマグ・メル山脈の一番高い山の裾野にある「風の洞窟」、この世界で一番美しいとされている水の都バレンシアの近くにある「水の洞窟」、そして今はほとんどいない召喚士の村の近くにある「土の洞窟」…。 その4カ所に隠されているらしい。

そして、その4つのルーンが、この世のどこかにあるという隠れたイシスの神殿へと導くカギとなり、勇者の剣と鎧が手に入る…ということだった。

しかし、「炎の洞窟」や「風の洞窟」のあるマグ・メル山脈はこの世界で難所と呼ばれ、 一流のトレジャーハンターも敬遠する場所である 「土の洞窟」にいたってはどこにあるのか、この世界で一番の情報網を誇る魔導士ギルドでも分からない。

この世界の地理がいまだよくつかめていない和也を除く2人は、これからのことを思うと、知らず 知らずのうちにため息が漏れた。

しかも、そんな2人に追い打ちをかけるように、ギルドの長老ヨフィエルは話を続けた。

「悪い話もある…。今から500年前、我らが偉大なるご先祖が倒したと言われている 大魔王の手下・4大邪神が復活した…。」

ヨフィエルのその言葉を聞いて、フレイヤとラファエルの顔は青ざめ、口々に叫んだ。

「なんですと?!」

「本当ですか?!ヨフィエル様!!」

それは、500年も前の伝説の存在で、フレイヤもラファエルも完全には信じていなかったのであった。

「我がギルドの水晶が、未だかつてなく巨大で邪悪な4つの気を映し出しておる…。間違いはあるまい。」

たった1人、まだ状況をよく把握できずキョトンとしている和也に、フレイヤは4大邪神の話をした。

それは勇者の伝説と共に、この世界にひっそりと語り継がれている逸話で、大魔王の配下でも「魔界・4大実力者」と言われる4人の魔物のことを指す。獰猛なセト、狡猾なユーミル、残虐なベリアル、そしてその頂点に立つ冷酷で残忍なルシファーの4人である。

その4人は、普通の魔物達より、はるかに優れた魔力と力を持つ。そして隙あらば、人々を暗黒へと導く存在で、 禁じられた暗黒魔法の守護神とも言われているのだ…と。

そんなフレイヤの説明を受けても、和也はRPGの「中ボスキャラの登場」ぐらいにしか思わなかった。しかも、それらは自分のレベルさえ上がれば、いつも確実に倒せるものだから、深刻に考えるほどでもない…と勝手な解釈をした。 世界一とほほな勇者は、ゲームと現実の世界を混同し、緊張感もないのである。



「…じゃが、4人の魔物達は、互いにすきあらば相手を蹴落とし、あまつさえ大魔王の地位さえも狙っておる。つけいる隙は充分にあるじゃろう…。」

「はい…。」

「ところでフレイヤよ。今日は久しぶりに、そなたの力を見せてもらおう…。」

ヨフィエルがいうと、部屋の中はいきなり真っ暗になり、2人の魔導士が現れ、魔法の詠唱を始めた。その様子にラファエルは、とっさに剣に手をやった。

「お二方の手出しは無用じゃ。これはフレイヤに課せられたギルドの試練ゆえ…。」

「ウィンドアロー!」

「ファイヤーウォール!」



何度かの魔法による攻防戦が続いた後、2人の魔導士は消滅した。

「そこまで!…成長したな、フレイヤ。 そなたなら、いずれ合成魔法をも使いこなせるであろう…。 これを持ってゆくがよい…。さらに、そなたの魔力を引き出してくれるであろう。」

突然、空中に現れたロッドをフレイヤは大事そうにかかえた。 そのロッドは、今までと同じく先端に、赤、緑、茶の3つの宝石が埋め込まれていたが、所々に細かい文様が刻まれており、さらに高価そうなものだった。

「ありがとうございます。ヨフィエル様。」

「うむ。…ではいくがよい。」

そういうやいなやヨフィエルの姿は消え、3人は気が付くと、今いた部屋の扉の前に立っていた。



「フレイヤ殿、ご苦労様です。お帰りはこちらです。」

またいきなり魔導士が通路に現れ、3人を透明なエレベーターらしきものに乗せた。

「ラファエル殿、先ほどはお見苦しいところをお見せしました。あの2人は、ギルド内にて処分が決定いたしましたので、なにとぞお許しを。」

「なに?!」

ラファエルは、当事者以外誰も知らないと思っていた出来事を、すでにギルドの幹部達が知っていることに驚いていた。

「そんな!」

「長老様が認める魔導士を侮辱した罪が重いことは、フレイヤ殿もご存じのはず。 幹部の決定に意義を唱えることは許されません。分かっていますね?」

フレイヤは、こうなることが分かっていたからこそ、ラファエルを止めたのだし、 言い返せばいいと言っている2人に対して、何も言わなかったのだ。

「…もちろんです。」

フレイヤに反論の余地はなかった。

魔導士の地位と魔力を剥奪されたものが、どういう運命を辿るか…それはフレイヤ自身が、一番よく分かっていた。 だが今のフレイヤに、ギルドの幹部達に異議を唱える力もなく、2人と同じように処分されては、旅を続けることもままならない。

「結構。それでは旅のご武運をお祈りしています。」

3人がギルドの本部を出ると、相変わらず外はさんさんと強い日差しが照りつけていて、 今までいた空間がまるで別世界のように感じられた。

「…当然の処分だ。そなたが気にすることはない。」

「でも…。」

「魔導士達が迫害された時代を乗り切り、今も人々に尊敬される立場にあるのは、厳しい掟を守ってこそではないのか?」

「…おっしゃるとおりです。 …でも。」

「ホント、フレイヤが気にすることないよ!あの2人だってひどいしさ! 」と言ったところで、和也のお腹の音が盛大に鳴った。

「…あ、あははは!もう俺…腹減っちゃってさ!さっきから腹の虫がならないかと思って、気が気じゃなかったんだ。 何か食べに行こうよ〜。」

和也がそう言うと、フレイヤは少し笑ってうなずいた。 ラファエルもフレイヤと同じく、処分された2人の運命をよく分かっていたが、フレイヤの気がまぎれたようなので、何も言わず同意したのだった。

〜続く〜