<第7章> 嵐の中の異変
〜3〜
| ラファエルがディアンと共にジャハナムに向かった頃、和也は自分の部屋に戻り、急いで荷物をまとめ、部屋を出た。そして、フレイヤやラファエルの荷物を持ったブラークと一緒に、1階へと続く階段を下りていった。その様子を屋敷の使用人の1人が目に留め、声を掛けた。
「どうなさいました?」 「そろそろ出発しようかと思っているんだが…。ところで、フレイヤはどこにいるんだ?」 「フレイヤ様でしたら、村の外れの書斎にいらっしゃいますが…。」 「そうか。そこに寄ってから、出発するか…。色々と世話になったな、ありがとよ!」と言って、出ていこうとする2人を使用人は強い口調で引き留めた。 「いけません!マナ様がご不在だというのに。」 そう言われたブラークは、一瞬訝しげな顔をしたが、納得したように言った。 「…まあ、挨拶もしね〜で、黙って行くっつ〜のも失礼だな。…で、彼女はどこに行ったんだ?」 「存じ上げません。」 「しゃあねぇな〜、俺達は急いでるんだ。アンタからマナさんにお礼を伝えてくんねぇか?」 「一歩も村の外に出してはならないというマナ様のお言いつけです。お部屋にお戻り下さい!」 「…はぁ?!何、言ってんだ?」 今までとはまるで別人のごとく無表情で、ニコリともしない女に、ブラークはこの屋敷の中で、何か異変が起きたことを感じた。 「お部屋にお戻り下さい。」 使用人の女性は、まるで何かに取り憑かれたように、機械的に同じ言葉を繰り返しており、さすがの和也も不吉なものを感じた。 「ブ、ブラーク…、何か様子が変だよ。」と和也が言うと、ブラークは独り言の様にぼやいた。 「チッ!俺っちとしたことが…!!気付くのが遅かったか!!」 「お戻り下さい。」 「…しょうがねぇ!ごめんよ!」とブラークは言うと、使用人の女に当て身を食らわせ気絶させた。ブラークは気絶した女が、倒れた拍子にケガをしないよう、そっと身体を床に横たえさせた。 「よし!行こうぜ!」 「あ、ああ!」 「うわぁっ!!!」 ブラークが屋敷の扉を開けた途端、和也は驚きのあまり大声で叫んでしまった。屋敷の周りは、まるで村中の人間が集まったかと思うぐらい、大勢の人数に取り囲まれていたのである。しかも、みな魂を抜かれたようなうつろな目つきで武器を手にしていた。 「マナ様のお言いつけ、破らせるわけにはいかない…。」 「この村を出させるわけには行かない。」 「例え殺してでも…。」 「我らが女神…、ユーミル様のため…。」 「ユーミルだと?!」 ラファエルと同じく、ブラークもユーミルの名を聞いて、顔に緊張感を走らせた。 「世界のどこかに、邪神を崇拝する村があるっていうのを、聞いたことがあったがよ…。まさか、この村のことじゃねぇだろうな…。」 「エッ〜〜?!!」 この世界の事情に疎い和也も、 今まで散々 四大邪神の話は聞かされてきたので、 ユーミルがどういう存在か即座に理解できた。オロオロしている和也を余所に、無表情な村人達は、2人に襲いかかろうとしていた。 「ふん。力ずくってワケか…。だったら、こっちも力ずくで通させてもらうぜ!!」とブラークは言うと、鞘ごと剣を手に持ち、次々と当て身を食らわせていった。 一方、和也は必死で村人達の攻撃を避けていた。 「ひぇぇ〜〜!!」 戦闘において和也の上達したのは、攻撃を避けることだけである。しかも、和也がこれだけ攻撃を避けることが出来るのは、村人達がこの辺の魔物達より能力が劣っているせいでもある。 だが、いくらブラークが優れた傭兵とはいえ、和也は戦力にならず多勢に無勢、しかも村人相手では本気で戦えない分、かなり劣勢である。徐々に2人は村人達に追いつめられていき、和也はブラークの横で、鉄の剣を握りしめて、ブルブルと震えていた。 ブラークはそんな和也に、軽口と冗談ばかり言っている時とはまるで別人のような真面目な口調で言った。 「…和也よ。」 「な…、なに?」 「おめえ、元の世界に帰りたいんだろ?」 「も、もちろんだよ!!」 「だったら、ちったぁ根性見せろや!こんなところで、死ぬワケにはいかね〜だろが!!…ただの人間相手に、ちっと気が引けるがよ。」 ブラークが珍しく強い口調でそう言うと、和也は思い直したように鉄の剣を持ち直した。 「こ、こんなところで死ぬなんて、冗談じゃないよ〜!!まだ、夏のボーナスも、使い切ってないのに!!」 この状況でそんなことを考えるのは、サラリーマンの習性が抜けないとほほな勇者の和也ぐらいのものである。 「…ボーナス?」 ブラークは怪訝な顔してそう聞き返したが、さすがにこの緊急事態の中では、それ以上聞き返さなかった。 「くっそ〜〜!!!」 和也が持ち慣れない鉄の剣を、闇雲に振り回したおかげで、意外なことに村人達は一歩づつ後退し、抜け道が開けた。 「今だ!走るぞ!!」 ブラークの合図で、2人は一斉に走り出し、広場を抜けて村の入り口に向かった。 村の入り口に辿り着くと、そこに見習い魔導士の1人、ボーアンが立っていた。 「ボーアン?!おめ〜、今までどこにいたんだ?」 ボーアンは、ブラークの問いには答えず、何か呪文を唱えだした。 「我らが女神、ユーミル様に刃向かうもの、永遠の闇を彷徨いたまえ!ダークネス・ラビリンス!」 その瞬間、濃い霧が2人の身体を包み込み、さらにそれが村中に広がると、辺りに重苦しい空気が流れ出した。 「何だ?!今の呪文は?!」と戸惑う2人を余所に、ボーアンは和也に体当たりをした。 「いて!何するんだよ?!…あっ!!!」 気が付くと、不敵な笑みを浮かべたボーアンの手には、炎のルーンが握られていた。 「こいつは頂いていくぜ!死ぬまでこの村に留まっているがいいさ!あばよ!」という捨てゼリフを残すと、霧の向こうに消えていった。 「待ちやがれ!!」 ブラークと和也は、ボーアンを追いかけようとして、村の外に出た…つもりであった。ところが、2人ともどういうわけか、マナの屋敷の前に戻っていたのである。 「?!」 「なんだ〜?!!コイツは?!」 また、2人は再び入り口に向かって走り出すが、結果は同じことであった。 「クソッ!!どうなってやがるんだ?!」 和也とブラークの2人は、ボーアンが唱えた暗黒魔法によって、魔法による結界の中に閉じこめられたのである。フレイヤやラファエルなら、この魔法の正体も即座に理解し、対処も出来たであろうが、 魔法など全く使えない和也やブラークには、所詮無理な話であった。 和也達のいる村から、北に位置するジャハナムの街の神殿の一室で、ラファエルは眠り続けていた。ディアンはラファエルに回復魔法を唱えた後、懐から取りだした黒水晶の力で、ジャハナムの街に移動したのである。そして、ラファエルを担いで、イシスの神殿まで行き、神官達にカルナックの街のこと、和也達のことなどを説明したのであった。 衰弱と極度の疲労のために、懇々と眠っていたラファエルが目覚めたのは、それから丸2日が経過した頃だった。 「お目覚めになりましたか。」 幾分、顔色が良くなったラファエルを見て、ディアンは安堵のため息を漏らした。 「神官様には、わたくしから事情をお話ししましたゆえ、もうご心配は入りません。安心してお休み下さい。」 だがラファエルは、ディアンの言葉などまるで耳に入ってないかの様に、ベットから上体を起こしたまま、じっと一点を見つめていた。 「どうなさったのですか?どこかまだお具合がお悪いのですか?」と、ディアンは心配そうに話しかけたが、ラファエルはむっつりと黙り込んだままだった。 「…ラファエル様?」 あまりにも長い沈黙に、やはりどこか具合が悪いのかと思い、ディアンはもう一度聞き返した。すると、ラファエルは重い口調でポツリと呟いた。 「…自分がこれほど無力だったとはな…。」 突然そう言われて、ディアンは返答に迷っていたが、ラファエルはさらに重苦しい口調で、吐き出すように続けた。 「フレイヤはさらわれ、闇を彷徨っている騎士達の魂を救うことも出来ず…、私だけがただユーミルの気まぐれで生き延びている…。私は…、私が今まで修行してきたことは…、一体何だったのだ?!!」 「ラファエル様…。」 ディアンはラファエルの心情を察してか、穏やかに微笑んで答えた。 「何をおっしゃっているのです?アメン・ラーのラファエル様と言えば、聖騎士団の中でもっとも強く勇敢で 、心根(こころね)のまっすぐなお方とお伺いしておりました。わたくしもそう確信いたしておりますよ。」 だが、そんなディアンの言葉は気休めにもならず、ラファエルはただ乾いた笑いを浮かべるだけだった。 「勇敢で強いか…。己の力を過信し過ぎて、おめおめと敵の罠にはまり、仲間を窮地に陥れたこの私がか?!…ただ生き恥を晒している愚か者に、その様に言われる資格などないのだ…!!!」 「そんなことはございません!…あなた様は、わたくしを命がけで庇ってくださったではありませんか?!」 「…。」 「いくら聖騎士様と言えど、どなたでもお出来になることではございません。それに…、カルナックでの闘いで生命力が衰弱し、命の危険に晒されていたあなた様を助けるために、どれほどジャハナムの神官様達がご尽力下さったか!!…ですから、その様にご自分を卑下なさってはなりません。イシス様がお悲しみになられます。」 普段は穏やかにしか話さないディアンに厳しい口調でそう言われ、しかもイシス神を持ち出されては、ラファエルは自分の憤りを収めないわけにはいかなかった。 「あなた様は、誰よりも聖騎士に相応しいお方です。…わたくし、このご恩は一生忘れません。」 「…すまない。…ありがとう。」 ラファエルはやっとの思いでそう呟くと、その深いブルーの瞳から涙がこぼれ落ちた。その様子をディアンはわざと気付かぬ振りをした。 「…何か、お召し上がりになった方がよろしいでしょう。神官様にも、ラファエル様がお目覚めになったことをお知らせして参りますので、少しお待ち下さい。」と言うと、部屋から出ていった。 ディアンが部屋を出た後も、 ラファエルの心の中に、色々な感情が一斉にこみ上げ、涙が止まらなかった。 己の無力さに対する怒り…、 情けなさと後悔…、そして先ほどのディアンの言葉は、今のラファエルが最も欲していたものだった…。 〜続く〜 |