<第7章> 嵐の中の異変
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| ボーアンに炎のルーンを奪われ、霧の彼方に消え去られてから、和也とブラークは幾度となく、マナの屋敷から、村の入り口に向かって歩いた。だが、何回それを行っても、元の場所に戻されるのだった。
「ダメだ…、どうなってやがるんだ?」 「なあ、ブラーク…。これって、魔法を解かないと、外に出れないじゃないか?」 「…そんなことは分かってら。だがよ!そんな芸当、俺もおめ〜も、逆立ちしても出来ねぇよ!」と言って、ブラークは地面に倒れ込んだ。 「ブラーク!」 「腹減ったなぁ。…クソっ!こんな時に限って、屋敷には入れねぇしよ!ユーミルの奴、俺達を餓死させる気か…?」 ブラークがそう言うと、和也も地面に寝転がり、虚ろな目つきで呟いた。 「…ラーメン食いてぇなあ…。」 「ラーメン?…何だそりゃ?」 「俺の世界の食いモンでさ、熱いスープの中にこの位の細い麺が入ってて…、一杯やった後に食うのが、最高にうまいんだ。」 「へぇ…、よく分からねぇが、うまそうだな。」 この非常事態で、ラーメンの話を持ち出すのは、とほほな勇者の和也ぐらいのものである。そして、ブラークがどのぐらい理解したかは不明であるが、空腹の時は何でもうまそうに感じるものである。 「俺は…、やっぱり食べ物じゃ、ラナポリスだな。アスワンもいけるがよ!あそこはホント、最高だぜ!何食ってもうまいしな。」 空腹と疲労のために、ボーアンが作った結界を抜けるのを半ば諦め、延々と食べ物の話を続ける2人だった。この時、2人に襲いかかってきた大勢の村人達が、何故か1人もいなくなっていたことだけが救いである。 しばらく時間が経過した後、ブラークはわずかに聞こえる馬の蹄の音に気付き、起きあがった。 「どうしたんだい?」 「誰かがこっちに来るぜ!…敵か?」と、ブラークは剣に手を掛けた。 「エッ?!…ま、マジ?!」 「分からん…。」 2人は緊張した面差しで、段々近づいて来る音の方をじっと見据えた。しばらくすると、次第に辺りの霧は薄くなり、大勢の人影が浮かび上がってきた。 「?!」 和也とブラークの前に現れたのは、ジャハナムの神官達と聖騎士団、そして数人の魔導士であった。そして、神官の中の1人が、2人の前に歩み寄った。 「ブラーク殿と和也殿ですね?ご無事で何よりです。」 「誰だ?あんた達は?」 「我らは、イシス神に仕えるもの。ラファエルとディアンは、我がジャハナムの神殿で保護しました。さあ、私どもと一緒に参りましょう。」 神官はにこやかにそう言ったが、2人は黙り込んでしまった。ボーアンや村の連中に騙されれ、しかも2人を救出しに来た者達は、すべて女性と言う不自然さに、安易に信用することが出来なかったのである。そんな2人の心情を、心得たりとばかりに、神官は美しい声で神聖魔法を唱えだした。 「絶対にして平和と慈愛の象徴、我らが偉大なる母、女神イシスよ。その大いなる力を持って、悪しき魔法を振り払い賜え。生なるものは蘇り、死なるものはその慈愛に満ちた御許へ迎えたまえ。ディバイン・リバイヴ!」 すると、和也達のいた村はたちまち消滅し、辺りはただ草原が広がっていた。そして、村のあった場所には、消えたはずの村人達が大勢倒れていた。 「あ?…あれ?!」 さらに、和也達の疲労感もすっかり消え失せて、辺りには心地よい空気が流れ出した。その呪文は、神官クラスしか唱えられない、マスタークラスの神聖魔法の1つだった。また、この呪文は滅多に見られるものではなく、神官の周りにいた聖騎士達も、皆感嘆の声を上げていた。 「これで信用して頂けますでしょうか?」 「すげえ…。今のは、滅多にお目にかかれねぇ神聖魔法だ。和也!このねえさん達は本物だ。信用していいと思うぜ。」 「…はぁ〜、よかった!!」と、和也は思わずその場にヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。ちょっと根性を見せたのもつかの間、やはりとほほな勇者からは、なかなか抜けられないのであった。 ディアンが部屋を出てから、半時間ほど経った頃、ラファエルの部屋の外で、遠慮がちにノックをする音が聞こえた。 「…ラファエル、起きているか?入るぞ。」 部屋に入ってきたのは、 太陽の光を思わせるような金色の長い髪に、まるでエメラルドの様に美しいグリーンの瞳をした女性だった。ラファエルは一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐにその女性の名を思い出した。 「アリアドネ?」 「久しぶりだな、ラファエル!そなたがアメン・ラーに入団して以来だから、数年ぶりか?」 そう言って、アリアドネと呼ばれた女性は、ベットの端にあるイスに腰を下ろした。室内のせいか、聖騎士の証である白銀の鎧は身につけておらず、布製の上着にブルーのマントという軽装だった。 だが、清廉で輝くばかりの強いオーラと、鍛え抜かれた身体が、その地位を表していた。アリアドネは、ラファエルより2、3歳年上で、見習い時代からの幼なじみであり、そしてジャハナム聖騎士団の団長である。 「随分、回復したようだな。…しかし、驚いたぞ!ここに着いたときは、ラファエルもディアンも全身血まみれで、しかもそなたは、まるで別人かと思うぐらい衰弱していたのだからな。」 「…色々と迷惑を掛けてすまない。」 「何を水くさいことを!!そなたのいう村とカルナックに、我がジャハナム聖騎士団の中でも、特に手練れの者をそれぞれ十数名、それに神官様も同行されたのだから安心しろ。」 「神官様が?!」 「ああ。暗黒魔法によって穢れた街を浄化するためだが、それだけではない。ジャハナムの大神官様は、今回の事態をかなり重く考えておられるのだ。そなた達が来るほんの少し前、この件に関して魔導士ギルドの使者が、協力を要請してきたのだからな。 アメン・ラーのヴェザーン様と、アズラエル様はお親しい間柄ゆえ、そのようなことは珍しくないだろう。だが、ジャハナムではギルド本部のアレキサンドリアから使者が来るなど、私がここの団長になって3年、初めてのことだ。」 「…。」 アリアドネからそう説明され、ラファエルはボーアンとモリガンの2人を思い出していた。あの厳格な魔導士ギルドが、魔導士見習いの裏切りなど見破れぬわけはないのである。そしてフレイヤは、ギルドの幹部の1人であるアズラエルが、実の娘の様に可愛がっている愛弟子である。そう考えると、ギルドがジャハナムの神殿に協力を依頼しても、何ら不思議はなかった。 だが、自分が思っていた以上に、大事(おおごと)になっていることを知ったラファエルの心に、また色々な想いが強くのし掛かった。ディアンから詳しい事情を聞いていたアリアドネは、そんなラファエルを元気づけるように言った。 「ギルドの協力のおかげで、神官、聖騎士、魔導士と、これ以上にない最強の取り合わせだ。…そなたの仲間は、必ず無事に戻ってくる!だから、心配するな!」 「すまない…。」 「何だ?!さっきから、謝ってばかりだな?そなたらしくない!」とアリアドネは笑って、軽くラファエルの肩を叩いた。 「アリアドネ…、私は…、」 …このまま聖騎士を続けてよいものだろうか?…とラファエルが言おうとしたところで、突然部屋の扉が開いた。 「だ、大神官…、様?!」とアリアドネは驚きのあまり、扉の方に向かって叫んだ。 イシス神の総本山であるアメン・ラー以外の神殿でも、必ず1人大神官が存在する。だが、神殿の最高責任者である大神官が、一聖騎士の部屋を訪れることなど、普通は絶対にありえない。大神官と言う言葉を聞いたラファエルは、無意識のうちにベットから起きあがり、床にひざまずいた。 「この度は、数々のご面倒をお掛けした上に、ご挨拶にもお伺いせず、大変ご無礼を致しました。私は、アメン・ラーの…」と言い掛けたところで遮られた。 「そんな堅苦しい挨拶などいらぬ。病人は、病人らしくベットで寝ておるがよい。」 …?… ラファエルは、自分の頭上から聞こえる声が、あまりに年若い女性のものであることを訝しげに思い、顔を上げた。 「…?」 ラファエルの目の前には、どう見ても自分より10歳は若そうな、少女と呼ぶに相応しい女性が立っていた。だが、身にまとう白と青と金を基調としたローブは、間違いなく大神官が着るものである。狐につままれたような顔をしているラファエルに、その少女はわざと意地悪く言った。 「おぬし、大神官と言われて、ヴェザーン様のようなじじいを想像しておったであろう?」 「は?!…いえ、そのようなことは…。」 ラファエルは思わず返答につまってしまい、その様子をアリアドネはおかしそうに笑った。 「ラファエルは、お会いするのは初めてだったな。こちらはジャハナムの大神官・フェンリル様だ。」 ラファエルは、 ジャハナムの大神官と言えば、数ある神殿の中でも、特に優れた神官の1人であると、ヴェザーンから聞いていた。だが、目の前にいるのは、自分の胸の辺りに頭が届くか届かないほど小柄で、こぼれ落ちそうなぐらい大きな瞳をした少女である。 もし、このローブを着ていなければ、誰もこの少女を大神官だとは思わないだろう。だが外見はどうであれ、大神官は大神官と、ラファエルは気を取り直して、フェンリルに深々と頭を下げた。 「…アメン・ラーの聖騎士団・分隊長を務めますラファエルでございます。お目にかかれて光栄でございます。」 「そうかしこまらずともよい。病人は寝ておれと言っておるであろう?ほれ、早う!」 「はあ…。」 ラファエルは困った顔でアリアドネの方を見ると、軽く頷かれたので、ベットに戻ることにした。その横で、アリアドネはとり繕ったように神妙な顔をして、フェンリルに言った。 「恐れながらフェンリル様。大神官様ともあろうものが、一聖騎士の、しかも男性の部屋にお1人で来られるなど、おやめになった方がよろしいかと…。」 「おぬしはうるさいのう。そのようなことばかり言ってるおると、男にもてなくなるぞ!」 とても大神官とは思えないような発言に、ラファエルは唖然としていたが、アリアドネは「またか…。」という顔をした。 「ところで、おぬし、ラファエルと申したな?」 「…はい。」 どうもいつもと勝手が違い、戸惑っているラファエルの顔を、フェンリルは不躾なぐらいジロジロと眺めた。 「…何、…でございましょう?」 「やつれてはおるが、噂通りのいい男じゃのう。」 「…は?!」 「しかし、ヴェザーン様はケチじゃ!わらわがアメン・ラーに行っても、一度もラファエルのような男に会わせてはくれなんだ。聖騎士団の中でも、これほど見目よい男は、そうはおらぬというのに!アリアドネもそう思わぬか?」 珍しくポカンとして驚いているラファエルの横で、アリアドネは爆笑しそうになるのを堪えながら言った。 「フェンリル様、ラファエルをおからかいになるのはおやめください。この男は聖騎士の中でも、かなりの堅物で通っているのですから。」 「そうなのか?つまらんのう!しかし、あのユーミルの誘いを袖に振るなど、見上げた根性じゃ!おぬし、イシス神を祀る神殿の中で、なぜジャハナムだけが、女が多いか知っておるか?」 「いえ…。」 「ユーミルの誘惑に勝てる男など滅多におらんからだ。あの性悪女は、人の弱点を突き、惑わせることを最も得意とする。しかも、この辺りは昔から、ユーミルを女神として信仰する不遜な輩が多いゆえ、諍いが絶えんからじゃ。」 フェンリルにそう言われて、ラファエルはユーミルの姿を思い出していた。あの魅惑的な声と姿は、不吉な薫りを漂わせながらも、心惹かれずにはいられないのである。 そして、今もラファエルの脳裏には、ユーミルの冷たい微笑と、無表情のまま自分に襲いかかってくる暗黒騎士達の姿が、焼き付いていた。それを察したかのようにフェンリルは話を変えた。 「ところで、仲間達が戻ってきたら、ユーミルの元に向かうのであろう?…これを持っていくがよい。」 「これは!」 ラファエルがフェンリルから受け取ったのは、真新しい聖騎士の剣であった。 「この剣には、わらわの神聖魔法を封じ込めておるから、暗黒騎士ごときの術で簡単に折れたりはせん。急いで作らせたので、少々使いづらいかもしれぬがな。」 「…感謝いたします。フェンリル様。」 「かまわぬ。ヴェザーン様から、全世界の神殿に向けて、ラファエルとその同行者には、最大の便宜を図るよう申し使っておる。 おねしは“選ばれし者”、わらわにできるのは、その程度のことじゃ。」 「フェンリル様のお心遣い、本当に心から感謝いたしております。」 ラファエルの心からの感謝の言葉に、フェンリルは殊更つまらなそうな顔をして答えた。 「おぬしはホントに、クソ真面目な男よのう…。そうじゃ!おぬし、アリアドネと付きおうてみる気はないか?」 「エッ?!!」 フェンリルの言葉に、ラファエルとアリアドネの2人は、思わず顔を見合わせて驚いた。 「アリアドネの方が2、3歳年上じゃが、そんなことは大した問題ではない。結構、似合っとると思うぞ。」 「フェンリル様!!お戯れが過ぎますぞ!…そろそろお部屋にお戻りになった方が、よろしいかと存じますが…。」 「そんなにムキにならずともよいであろう?おぬしに言われなくとも、分かっておるわ。」 だが、フェンリルは部屋を出ていく途中に、アリアドネの方を振り返って続けた。 「いつまでも、カルナックのことに捕らわれていてはいかんぞ!もうおぬしの男は、この世におらぬのも同然なのだからな。」 フェンリルがそう言い残して部屋を出ると、アリアドネは大きくため息をついた。 「ラファエル、気を悪くしないでくれ。フェンリル様は、別に悪気があって仰ってるわけではないのだ。まだ大変お若くて、子供っぽいところもおありになるが、本当は思いやりのあるお優しい方なのだ。」 「…いや、私は何も気にしていない。」 いつものラファエルなら、とっくの昔に不機嫌そうな顔になっているのだが、少女とはいえ、仮にも自分が仕えるべき大神官の前で、そんな態度はとれなかった。 「ならばよいのだが…。」 ラファエルは、フェンリルから受け取った剣を、鞘から抜いて改めて眺めた。初めて持ったのにかかわらず、これほど自分の手にしっくりと馴染む剣は、初めてであった。しかも、その剣から今まで以上に強い、聖なる力を感じらる。隣でそれを見ていたアリアドネも、思わず感嘆の声を上げた。 「素晴らしい剣だな!ここ最近、フェンリル様がずっと聖堂にお籠もりになっていたのはこのためか…。」 見た目はまだ幼さの残る少女ではあるが、何故大神官に選ばれたのか、この剣を見れば容易に理解することができた。 〜続く〜 |