「優良顧客」を囲い込み最大利益を確保
 顧客データ分析で勝つ

 
 
 圧倒的なデフレ圧力と個人消費の低迷が小売業を直撃している。ユニクロのような特別な仕掛けを持たないと生き残れない時代になったといえるだろう。であるなら、中小小売りは原点に戻り、まず「顧客を知ること」から始めたらどうだろうか。顧客データを詳細に分析し、戦略を練ることで、意外な突破口が見えてくるかもしれない。

『卵一パック50円〜先着限り百名様』などというスーパーの派手なチラシをよく見かける。集客のためのキャンペーンだ。とはいえ、よほど気合いを込めて来店しないと、消費者がめでたくその卵を手に入れることは難しい。なぜなら、百戦錬磨の「チェリーピッカー」(バーゲンからバーゲンへわたり歩く人)が早朝から行列を作り、瞬く間にその目玉商品を購入し尽くしてしまうからだ。なかには、眠そうな亭主と子供の手を引いて何人分もの卵をゲットする者、あるいは、どうしたことか手品のように何度も行列に入り込み、一人で三、四個を獲得する強者もいる。
 一時的には盛況を極めるそのスーパーだが、開店後一時間もすれば元の木阿弥の閑古鳥――極端な例かもしれないが、これが中小小売りがマスマーケティングを行った場合の典型的な結末だろう。
 目玉商品はバーゲンのときにだけ煙のように現れるチェリーピッカーによって独り占めされ、本当に提供したい優良顧客が来店するころには、その商品はすでにない。結果として赤字だけが残り、場合によっては、優良顧客にフラストレーションがたまり、店離れを起こしてしまう危険性もある。もちろん、巨大資本のように、継続的・恒常的に様々な目玉商品を提示し続ける体力があるのなら話は別。しかし、中小商店にそんな体力を望むのは酷というものだ。
 なぜこのような誤りが繰り返されるのかというと「大手との競合」という視点でしか見ることができない経営者の視野狭窄が第一の原因である。
 もうお分かりと思うが、解決策は単純至極。その「卵」を優良顧客に優先して提供するようにすればよいのである。大事なのは視野を広げ、大手とは「別の道」を歩む勇気だ。
 
 
■「顧客データ」は宝の山
 
 アーク・シンク・タンクの井上実シニアマネージャーはいう。
「いまの中小商店のほとんどは、顧客名簿さえ作っていないのが現状です。昔と違って住民の移動が激しく、名簿の修正が面倒だというのが理由ですね。しかも、なぜか近くの大手スーパーやコンビニのことばかり気にかけて、同じような価格や品揃えで対抗しようとします。勝てるわけがない」

 昔の中小商店は、優良顧客は完璧に把握し、ご用聞きなどを通じて、そんな顧客との緊密な結びつきを構築していた。しかし、いまや住民の流動性は高まり、しかも店舗の増加による「小商圏化」が進むことで、そんな古き良き時代のマーケティングは不可能になってしまった。しかし、だからといって、大手と同じ手法を追随するのは愚の骨頂。いくら従業員を減らして合理化をし価格を引き下げ、マスマーケティングに大枚をはたいても、永遠に大手と対等に戦える見込みはないのが現実だ。ではどうすればいいのか。
 昔の中小商店の優位性を取り戻すのである。キーワードは「顧客データ分析」。大手のマスマーケティングや価格訴求力に対抗する独自の戦略を、その「顧客データ」の宝の山から探しだすのだ。
 そのデータを使う際に、基本ラインとして貫かれるべきなのが「ロイヤルティ・マーケティング(RM)」の考え方だろう。RMとは簡単にいうと、その店にとっての優良顧客を識別し、その層に重点的に手厚いサービスを与えて、顧客の囲い込みを図る手法。つまり、冒頭の「卵」を、本当に店の利益に貢献している「優良顧客」に提供するシステムだ。
 そのRMの日本における「創始者」ともいえるのが山梨県の「オギノ」である。

 
 
■オギノに見る究極の顧客データ活用術
 
 オギノは山梨県内に28店舗、他2店舗、計30店舗を持つ総合小売チェーン。「流通」の地盤沈下が続くなか、一貫して右肩上がりの業績を記録し、既存店ベースでも前年プラスを続ける超優良企業だ。ほぼ山梨県内、しかも甲府市周辺にドミナント展開し、確固たる牙城を築き上げ、他社を圧倒してきた。大型店の県内売上シェアは25%を超える。
 オギノが顧客データ分析の可能性を研究し始めたのは96年のこと。同社のような地場企業は、堅牢なドミナントをさらに堅牢にし、ナショナルチェーンや外資といった巨大資本のつけいる隙を与えないことが生き延びる唯一の道だ。そのため、90年代に入ってすぐに、まず商材ごとの物流センターを構築し、価格対抗力をつけた。その上で同社のとった戦略が、FSP(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)だった。ポイントカードを使った顧客ごとの購買履歴の収集と、そのデータのマーケティングへの十全な活用…つまりロイヤルティ・マーケティングの導入である。
「もともとこのFSPという手法は、アメリカの中小小売りが大手チェーンの進出に対抗するために、用い始めたもの。店舗数が増加し、人口が伸び悩む現状のなかで、チラシ・プロモーションで来店客を増加させ、粗利率がマイナスになるようないわゆる『ロスリーダー商品』と一緒に別の商品も衝動買いしてもらおうという従来型の手法が限界に来たのです」(流通経済大学・中村博助教授)
 オギノはロイヤルティ・マーケティングを実践するに当たって、97年からポイントカードを導入。データ分析に十分な会員の獲得に走り出す。「カード会員の売上比率が5〜6割では、データとしては使えない。最低でも7割が必要」(前出・中村助教授)という経験則を熟知ししていた同社は、会員になっていない世帯を住宅地図上で確認しながら、ピンポイントの戸別訪問を行うなど、徹底的なローラー作戦を展開。一方で、オギノ以外の異業種店(約150店舗)と提携を進め、ガソリンスタンドやクリーニング、飲食店でも使えるようにすることで、カードの汎用性を高めた。結果として現在のカード会員は30万人(稼働会員27万人)。山梨県の総世帯数が約30万世帯だから、一世帯に一枚はオギノカードを持っている勘定になる。しかも、カード利用率は全購買の80%と極めて高い。
 その過程では、様々なリサーチも行った。なかでも購買金額上位から顧客を10分割するデシル(分位)分析の結果には意を強くした。「デシル分析」とは、顧客の買い上額の高い順に、10等分していき、上位10%の顧客を「デシル1」、その次の10%を「デシル2」と、区分していくもの。その結果、上位40%(デシル1〜4)の顧客で売上の81%を占めていたのである(図表A)。さらに、デシル上位の優良顧客は、購買頻度、客単価ともに高く、ここにこれまでのマーケティングコストを集約すれば、費用対効果の飛躍的な向上が見込める…。

 
 
■離脱に向かう顧客を引き戻す
 
 さて、オギノの顧客データベースの入り口となるのは『グリーンスタンプカード』。このカードに顧客データをのせ、レジを通るごとにポイントと購買データが蓄積される仕組みだ。ちなみに、通常食料品は200円で1ポイント、その他は400円で1ポイントが加算。750ポイントで1000円の商品券と交換可能となる。
 しかし、オギノの成功はこのポイント還元率にあるのではない。ポイントカードは、いまや日本の小売業の6割が導入しているといわれ、さしたる目新しさはない。現実にオギノでは、特典競争が加熱し始めた99年当時、ポイント率を半分以下に引き下げ、現在の還元率は、単純計算では1%をはるかに下回る。にもかかわらず、還元率を5、6%、あるいは8%などと高率に設定し、破綻や経営悪化に追い込まれる大手小売りを尻目に、顧客ロイヤルティを向上させ続ける同社の秘密はどこにあるのか…。
 オギノ社長室・飯野弘俊統括マネジャーはこういう。
「ポイントをただ漫然と付加するだけでは飽きられてしまうし、特典競争が加速すれば粗利を圧迫してしまう。この悪循環にはまって失敗した企業さんは多い。重要なのは顧客データを使って、どういう顧客にどういうアクションを起こし、どういう効果を見込むのか…というプランなのです」
 単なる特売的なプロモーションは、逆に買い控えや競合店への買い回りを誘発してしまう。そうならないような微妙なさじ加減を、データの活用によって実現しなければならない。
 基本は、もちろんデシル上位の顧客に対する優遇である。これはダイレクトメールでピンポイントに様々な優遇告知を行う。特別なポイント付加などの特典が中心。たとえば、デシル1〜3の顧客に対して、ポイントを通常の数倍にするDMを出した。すると、全顧客の平均買い上げ点数が一割上がり、売上が一割増えた。驚くべき効果である。しかし、もともとデシル上位の顧客は、オギノの店舗に好感を持っている人たちだけに、アクションを起こせば、敏感に反応するのは当然なのだという。
 それから別のアプローチとして、デシル1の最優良顧客に対しては、各店舗で年に3、4回、20〜30人を集めて食事会を行ったりもする。
 「これは親睦会という意味もありますが、最優良顧客は、大体店長と顔見知りですから、店に対する忌憚のない意見が出てきます。それをまた店舗オペレーションに生かしていくのです」(飯野氏)
 次に、デシルランクの下がった顧客のケアも重要だ。優良顧客が優良顧客であり続ける保証はどこにもない。表Bを見て欲しい。縦軸に6月のデシルランク、横軸に7月のデシルランクを配置し、1ヵ月間での推移を表したサンプルデータである。たとえば6月、7月ともにデシル1だった人数は582人だが、7月にデシル2に落ちた人は163人、デシル3へは47人が下降したことが分かる。つまり、網掛けの部分が、1ヵ月間でデシルランクを落とした人たちということになり、この部分にやはりピンポイントでアプローチすることで、離脱に向かう顧客を引き戻すのである。
「もともとロイヤル度が高かった顧客を元に戻すのは比較的簡単です。そのきっかけを作ってあげる作業を積み上げていくことで、網掛けの部分が減っていき、離脱はほとんどなくなります」(飯野氏)


 
 
■単品に落とし込んだアプローチ
 
 さて、ここまでは、購買金額のデシルランクに基づいたマーケティングだが、もっと踏み込んで、商品カテゴリーや単品に落とし込んだ形でのアプローチがRMの醍醐味でもある。
 たとえば、赤ちゃんのいる家庭を買い物履歴から割り出し、そこに限定してベビーフードや紙おむつの案内をDMで送付したり、あるいはペットフードの購入者(犬、猫は明確に分ける)に対して、さまざまなペット関連商品の案内を送付する。もちろん何らかの特典をつけ、購買意欲を刺激する策も付加されている。
 同様に、あるビールメーカーとタイアップしたアクションプログラムを、ビールユーザーを対象に実施したところ、そのメーカーの販売量が飛躍的に伸び、結果的に山梨県の販売シェアを大幅に変えてしまった。しかもそれは他メーカーのシェアを食うのではなく、総需要を押し上げる形になったという。
 前出の中村助教授はこういう。
 「個々の顧客に適切な提案ができるかどうかが、成功のカギです。全体で何%還元しますよ、といった大まかなプログラムではなく、具体的な商品に絞り込んで『あなたと似たお客さんは、こんな商品を買ってますよ。あなたも必要では…』などという細かいアプローチが効果を生み出すのです」
 このような「製品ごとのヘビーユーザーにアプローチすることで全体の需要を押し上げていく」(飯野氏)という戦略は、オギノの顧客データ活用の核になりつつある。というのも、ビール党の人に焼酎の案内を出しても、あまり意味がない。また、ドレッシング党の人にマヨネーズのDMを発送しても、効果は薄いだろう。ほとんどの製品には、特定のヘビーユーザーがいて、その層が全体を押し上げているという構図があり、そこを重点的に攻めることで最小のコストで最大の効果を上げることができる。
「つまり全体のデシル分析と同じことを製品別にもやろうということ。全体で見た優良顧客に手厚くサービスをするのと同時に、製品別の優良顧客にもアクションを起こしていくのです」(飯野氏)
 しかも、この場合、先のビールの例のように単一メーカーとタイアップし、粗利率の高い製品を集中的に販売するという手法も取りやすくなる。
 ちなみに、これまで述べてきたような、オギノの顧客データを使ったマーケティングは、ほぼDMを使って行われ、従来型のチラシは3分の1以下に減少した。また、DMもカード会員全員に出すのに比べ、3分の1のコストですみ、ヒット(来店)率も上位デシルランクの顧客では70%以上と驚異的な数字となっている。
 さらにエリアマーケティング。オギノでは、エリアごとの会員稼働状況を把握し、稼働率の低いエリアに関しては、継続的なアクションを行っている。重点的にチラシやDMを配布し、個別訪問も辞さない。地理や店舗との位置関係も勘案しながら、できうる限り競合店からのスイッチを促すのである。山梨全域をドミナントで固める同社だが、蟻の一穴から、その牙城が崩れないとも限らない…というわけだ。


 
 
■マーチャンダイジングにも応用
 
 さて、オギノの顧客データ分析はマーケティングだけではなく、マーチャンダイジングにも生かされている。
 まず、POSデータで見ると、完全に死に筋商品であっても、デシルランクの高い顧客がコンスタントに買っている商品はカット対象にならない。デシルの高い顧客がどのような商品を支持しているかが重要なのだ。
「優良顧客が、これがあるからこの店に来ている、という商品は実際にたくさんあります。ここを切ってしまうと、デシルの高い顧客を失うことになり、損失は大きい」(飯野氏)
 また、棚割の面でいえば、たとえばビールを買う顧客はビールしか買わないし、発泡酒を買う顧客は発泡酒しか買わないというデータから、ビールと発泡酒の売場を完全に分離した。またビールや発泡酒と同時購買率が高い酒類を隣に持ってきたりという工夫も施されている。
 さらに、A商品とB商品の同時購買率が高ければ、まったく違った種類の商品でも、それを組み合わせて陳列することも行われる。たとえば、特定のメーカーのビールとつまみの関連データを集計し、そのビールと、同時購買の確率が高いつまみを並べて陳列するなどの、極めて細かい施策も模索されている。
 ともあれ現在、オギノの取り組みは、大手を含めて、流通業界の注目をさらっている。イトー・ヨーカ堂は今年に入ってFSPを本格導入したが、その実験段階では山梨を含めた三ヵ所でスタートし、念頭にはオギノの存在があったといわれている。また、FSPをオギノ的なデータ解析にまで昇華させる中小小売りも増えてきた。
 アーク・シンク・タンクの井上シニアマネージャーはこういう。
 「まず、自分の店の顧客はどんな人たちなのかを知らなければ対策の立てようがありません。中小であればあるほど、マスではなく個人に向かうマーケティングが生き残るための絶対条件なのです」

 オギノは、よくよく考えれば、その「生き残る」ための当然の施策を、粛々と行っているだけなのかもしれない。


(本誌・高根文隆)


 
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