BSC導入に成功する法
井上 実
BSCが考案されて10年以上が経過した。多くの欧米企業で採用され、さまざまな効果をあげてきた。最近、日本企業への導入も本格化してきている。一方、BSCは欧米製であり日本企業になじまないという声も聞かれる。しかし、BSCは、米国企業が日本から学んだ方針展開を理論化、一般化したものである。JITと同様に考え方のベースは日本製だ。日本企業になじまないはずはない。
では、なぜBSC導入を難しいと感じるのだろうか?それは、BSCが特定の導入方法論を持たないフレームワークだからだ。BSC導入に教科書はない。自社に最適な導入方法を選択・開発しなければ、BSC導入に成功することはできない。
本稿では、BSC導入に成功するための方法に関して考えてみることにする。
1.BSCはなぜ考え出されたのか
まず、BSCに対する知識を整理するために、BSCがなぜ考え出され、どのような特徴を持つものかを見てみることにする。
BSCは、1990年にノーラン・ノートン研究所で行われた「将来の企業における業績評価」研究プロジェクトの成果である。この研究は、従来の財務的業績指標に偏った業績管理では、次のような問題があるということから出発した。
@財務的業績評価指標は過去の情報を示すものであり、現在の状況を示すものではない。A財務的業績指標に偏った業績管理では、部門管理者は四半期単位の部門利益により評価されるため、短期的成果や部分最適化を助長する。B間接費配賦方法によって部門利益の数字が大きく変わるため、財務的業績指標は、事業の実態を正確に表していないことがある。C顧客満足、競合会社の状況など外部環境の変化を財務的指標から理解することは難しい。D管理会計という名の業績管理は、財務会計との整合性が求められ、業績指標項目、指標表現方法に制限が加えられる。
こうした問題点を解消するために考え出されたのがBSCであり、次の3つの特徴を持っている。
(1)4つの視点
BSCは、財務的業績評価指標に偏らない4つの視点を設定している。
@財務の視点:過去の視点。企業経営の過去の状況、結果を表す指標。
A顧客の視点:外部の視点。顧客の支持をどれだけ得ているかを表す指標。
B内部プロセスの視点:内部の視点。どれだけ効率的なビジネス・プロセスを実現しているかを表す指標。
C学習と成長の視点:将来の視点。イノベーションを起こすための創造能力をいかに育成しているか表す指標。
(2)因果関係
BSCでは、戦略目標はバラバラに設定されるのではなく、因果関係を明確にした上で設定されることが求められる。視点間の戦略目標の因果関係を図示したものは、戦略マップと呼ばれ、戦略全体を理解するツールとなる。
また、戦略目標の因果関係は視点間だけではなく、組織階層間でも求められる。部の戦略目標は事業の戦略目標と、課の戦略目標は部の戦略目標と因果関係がなければならない。
(3)パフォーマンス・インディケータ
戦略目標は、結果として管理されるだけではなく目標に対する進行状況を管理する必要がある。進行状況を表す指標をパフォーマンス・インディケータと呼び、主要なものはKPIと呼ばれる。
2.BSCをどのように導入し活用するのか
3つの特徴しか持たないシンプルなフレームワークであり、特定の導入方法論を持たないBSCをどのように導入すればよいのだろうか。
2-1.導入する前に何を決めなければならないか
BSCの導入する前に少なくとも、導入目的、導入範囲、対象期間を決めておく必要がある。なぜなら、目的・範囲・期間によって、BSCの導入方法が大きく異なるからだ。
(1)目的
BSCはシンプルフレームワークなので、活用の範囲は広い。財務的指標では評価しにくかった間接部門やIT部門の評価、戦略的効果の評価、知的資本の評価など様々な目的に活用できる。その中でも、典型的なものとしては、次の二つをあげることができる。
@戦略組織構築型
トップのビジョンに基く戦略を全社・全社員に展開し、各自の役割分担や目標を明確化することを目的とするもの。キャプランやノートンの言うStrategy Focused Organizationの構築を目指すものである。
A現行業績評価見直し型
BSCを業績評価指標のフレームワークとして活用し、現行の業績管理評価指標の見直し・整理・体系化を目的としたもの。
(2)導入範囲
特定のSBUだけにBSC導入するのか、全社一斉に導入するのか。事業部長までに導入するのか、一般社員まで導入するのか。導入する組織範囲、組織階層範囲が導入方法に影響を与える。
当然、範囲が広ければ広いほど考慮すべき点が増え、BSC導入を困難にする。しかし、スモールスタートが常によいとは言えない。範囲が狭ければ得られる効果が少ないだけではなく、現行業績管理指標との二本立て運用による矛盾が発生し、結果としてBSCが重視されずに終わってしまう危険がある。
(3)対象期間
BSCで設定する戦略目標を3年間程度の中期で設定するのか、単年度で設定するのか。対象期間により、設定される戦略目標の内容が異なるだけではなく、レビュー体制や評価方法など運用にも大きな影響を与える。
筆者は、中期で作成したBSCを単年度ごとに切り出し、年度BSCを作成することを薦めている。なぜなら、戦略目標が因果関係通りに、財務の視点にたどり着くことを確認するためには、中期でBSCを作成しなければならないが、一方、評価は単年度で実施するため単年度BSCが必要になるためだ。
2-2.目的により異なる導入方法
BSCの導入目的・範囲・期間いずれもBSC導入方法に影響を与えるが、最も大きく影響するのが目的である。目的によりBSCの導入方法は大きく異なる。
BSCの典型的な導入目的である戦略組織構築型と、現行業績評価見直し型の導入方法を図表1および図表2に簡潔に記載した(この導入方法は筆者独自のものである)。



比較していただければわかるように全く異なる導入ステップを辿ってBSCが導入される。目的によって、BSC導入方法はこれだけ異なるのだ。
具体的な事例を見てみることで、さらにその違いを理解していただきたい。
(1)戦略組織構築型BSC導入事例
A社は、方針展開による管理目標指標間の関連づけを従来から図っているが、目標間の因果関係が明確ならず、部の目標が全社の目標に、課の目標が部の目標に、十分に連鎖していない状態にあった。
また、目標による管理を導入し個人の業績評価に活用しているが、個人の目標と所属部門の業績が十分に連動しておらず、90%以上の部員が個人の目標を達成しているのに、部門の目標は60%も達成できていないという部門も存在していた。
これらの問題を解消するため、各組織階層間での業績管理目標の因果関係を明確することを目的に、全社全社員を対象としたBSC導入を行うことを決定した。中期計画が策定され2年目という時期で合ったため、中期でのBSC作成は行わず、来年度予算策定と連動した形で単年度のBSCを作成することにした。
・ステップ1 戦略目標の策定
ステップ1は、社長を含む常務会メンバーにより1ヶ月間で実施した。自社の外部環境や内部環境をSWOT分析した後、自社のとるべき戦略を検討した。
戦略に基づき4つの視点ごとに達成すべき戦略目標の検討、KPI、目標値の設定、戦略目標間の因果関係図(戦略マップ)の作成を行った。
A社には2つのSBUがありSBUごとに事業環境が異なるため、2つのSBUと管理部門に分けて検討し、検討結果を段階ごとに管掌役員から発表。全社的な見地から議論を行った。カンパニー制や事業部制が進み、SBUごとに事業環境が異なる企業が多いため、BSCはSBU単位で作成すべきだ。無理に全社BSCを作成する必要はない。
日本企業では、トップが自ら戦略を立案することは少なく、実質的な検討作業は部長クラスが実施することが多い。そのため、経営陣から「これが戦略と言えるのか。」というような評論家的意見が出てくることもある。
筆者は、ステップ1の冒頭で「これはトップである皆さんの仕事です。」と明言し、管掌役員自ら検討結果を発表してもらうようにしている。
戦略の立案が経営トップの仕事であることは言うまでもないが、スローガンだけでは目標設定することはできず、戦略を実現するためのプロセスを考えなければならないことを、経営トップに理解してもらう必要があるからだ。
また、「財務の視点」や「内部プロセスの視点」の戦略目標は、従来から予算管理、TQM活動など経験から比較的容易に設定できるが、「顧客の視点」や「学習と成長の視点」の戦略目標の設定はなかなかできなかった。顧客から見た企業評価、従業員育成という観点から見た企業評価が弱かったことをA社トップは、ステップ1の中で実感した。
・ステップ2 SBU別BSCの作成
ステップ2では、若手幹部によるBSC作成委員会が2つのSBUと管理部門に作られ、毎週1日各グループが外部の会議室にカンヅメになり1ヶ月間で、トップが策定した戦略目標をブレークダウンしたSBU別BSCを完成した。
ステップ2のキックオフでは、ステップ1を担当した常務会メンバーが、自ら戦略目標を説明し、戦略目標に託した想いを語り、メンバーの戦略目標に対する理解を深めた。
そして、まず戦略目標ごとの環境分析を実施した。経営トップの考える環境と現場が捉えている環境に相違があることが多いため、再度、環境分析を実施するようにしている。環境分析の結果から、戦略目標を達成するためには何を行わなければならないかという主要成功要因(以下CSF)を洗い出し、CSFのKPI、目標値の設定を行った。CSF、KPI、目標値の設定では、堅実なものしか設定されない傾向があった。なかには、CSFの目標値をすべてクリアしても戦略目標の目標値を達成することができないのではないかと思われるものもあり、何度か設定し直してもらった。
次に、KPIごとに担当部門を検討し、担当部門の責任者と話し合い、合意のもとで振り分けたが、担当する戦略目標数に10倍以上の部門間格差が生じ、部門ごとの戦略性が明確になった。A社では、これを契機に部門の統廃合が実施された。
・ステップ3 部・課・個人BSC作成
ステップ3では、部門が担当するKPIを部の戦略目標として、環境分析、CSFの洗い出し、KPIの設定、目標値の設定、KPIごとの担当課の振り分けを行い、部門BSCを完成した。同様に、課、個人のBSCへのブレークダウンを行った。
これらをスムーズに進めるために、まず各部門の代表者に対する集合研修を実施した。
また、ステップ2終了時点での常務会への報告内容をビデオに撮り各部門へ配布した。これは、いままでどのような検討がなされた上で戦略目標が立案されてきたかを理解させることで、目標を上から押し付けられやらされるという「やらされ感」を解消しようという狙いからである。
・ステップ4 IT化とレビュー体制の構築
ステップ4では、BSCで設定したKPIをモニタリングするために、既存情報システムからデータを収集するためのインタフェースやレビューに利用するアウトプットを作成するためのシステムを構築した。KPIによっては、既存の情報システムから入手しにくいデータもあるので、入力方法も検討、開発する必要がある。
誰が誰のBSCをいつどのようにレビューするかというレビュー体制を構築した。レビュー体制が不明確だとBSCは使われることなく捨て去られてしまう危険があるため、レビュー体制の構築は非常に重要な作業である。また、既存の業績評価制度や人事制度とBSCによるスコアとどう連動させるかの検討も行った。
BSCの導入により、A社は「結果重視からプロセス重視へ」、「年功序列から戦略目標連動評価へ」、「不明確な役割分担から明確な組織・役職・個人の役割分担へ」と、いま大きく変わろうとしている。
(2)現行業績評価見直し型BSC導入事例
BPRを目的とした基幹系情報システム再構築の情報化企画コンサルティングを筆者が担当したB社では、本社部門および各事業部に業績管理指標が多くあるが、業績管理指標間の因果関係が不明確であり、なかには言葉の定義が事業部間で異なるものも存在していた。
情報化企画を進める前に、業績管理指標の見直し・整理が必要であると判断し、BSCのフレームワークを活用した業績管理指標の見直しを実施した。
・ステップ1 現行業績管理指標の収集
現在、使用されている業績管理指標をアンケートにより収集した。収集した情報は、指標定義、データ発生場所、データ収集サイクル、アウトプットサイクル、指標利用者、利用目的などである。
しかし、アンケートだけでは内容を理解できないものもあり、主要な部門へのヒヤリング調査を実施することにした。その結果、現在は使われておらず、何のために存在しているかわからない指標が多く発見された。管理職が変わるたびに管理指標が変わり、使われないアウトプット帳票が増加するという現象は多くの企業で見られるものである。
・ステップ2 4つの視点での整理
収集した業績管理指標をBSCの4つの視点に分類し、指標の部門間共通性を分析し、共通指標を探り出した。
また、部門機能から指標に漏れがないかを視点ごとに検討し不足している指標を追加した。視点ごとに指標を見直すことにより、営業部門でありながら顧客の視点の指標がほとんどなかったり、成長と学習の視点に関する指標がほとんどの部門でないなど、不足している指標を容易に洗い出すことができ、指標の網羅性を向上させることが可能となる。
・ステップ3 因果関係を整理
指標の中から主要なものを抽出してKPIとし、因果関係を整理した。因果関係から、部門間の重複管理が明確になった。特に、本社部門と事業部管理部門に重複管理が多く、スタッフの残業発生要因となっていることがわかり、役割分担の見直しが図られた。職務文書が明確に書かれていないことが多い日本企業において、業績管理指標の整理から職務の明確化を図るのも一つの方法である。
・ステップ4 全社指標・事業部共通指標の設定
KPIの中から、本社部門で管理すべきKPI、事業部で共通に管理するべきKPI、事業部内部門共通に管理すべきKPIを設定した。他のKPIは、事業部および事業部内部門で自由に取捨選択して使用するものとし、必要なデータ管理は各部門で行うことにした。
・ステップ5 IT化とレビュー体制構築
共通KPIに必要なデータやアウトプットは基幹系システムで処理することとし、新システムへの機能要件をまとめた。
また、業績管理指標の定義やデータ収集サイクルが明確になったことで、誰が誰のKPIをいつレビューするべきかが明確になり、会議体のサイクルや出席者も見直された。結果として会議数の削減を図ることができた。スタッフ部門の会議数の多さはすさまじく、管理職となると勤務時間の80%以上が会議に費やされていたが、見直しにより50%以下におさえられ、本来の仕事をする時間が勤務時間内に取れるようになった。
B社では、BSCのフレームワークを活用することにより、業績管理指標を体系化し網羅性を向上させただけでなく、部門の責任範囲の明確化、重複管理の排除などの効果をあげることができた。
その後、B社では共通化した業績管理指標を経営トップの戦略と一致させるために、戦略組織構築型のBSCを導入したが、事前に現行業績管理指標見直し型導入により指標を整理したことで、絞り込んだ戦略目標・KPIを設定することができた。
3.BSC導入・活用に成功するためには
BSC導入・活用に成功するためのポイントをまとめると、次の3つをあげることができる。
(1)自社に最適な導入方法論の採用
前述したように、導入目的により導入方法は大きく異なる。企業風土によっても採用できる方法に制約が加わることもある。BSC導入に成功するためには、自社に適用可能な目的に合致したBSC導入方法論の開発・採用が重要である。
(2)導入・レビュー体制の確立
業績管理指標のフレームワークであるBSC導入は、経営に直接関わるものである。そのため、トップを中心とした導入体制が欠かせない。
また、BSCは導入しただけでは何の意味もない。BSCに基く業績管理、企業運営を実施することにより、BSCの効果を発揮する。そのためには、レビュー体制の構築も重要なポイントとなる。
(3)定期的な見直し
戦略目標、CSF、KPIの設定が最初からうまくできる企業はほとんどない。特に、いままで、スローガンや定性目標の設定しか行ったことのない企業にとっては、定量的な目標値の設定は難しい。定期的に見直し設定し直す必要がある。
また、企業を取り巻く環境の変化は激しい。環境に適合した戦略目標を設定し続けるためにも定期的な見直しは欠かせない。少なくとも、半期に一度の見直しは不可欠である。
ここで述べたBSC導入のポイントを活かし、欧米企業以上のBSC導入効果を日本企業があげることを期待したい。
参考文献
・Robert S. Kaplan &David P. Norton著、吉川武男訳、「バランス・スコアカード―新しい経営指標による企業変革」、生産性出版 、1997年11月25日
・柴山慎一、正岡幸伸、森沢徹、藤中英雄著、「実践バランススコアカード―ケースでわかる日本企業の戦略推進ツール」、日本経済新聞社 、2001年2月23日
・伊藤嘉博、小林啓孝編著、「ネオ・バランスト・スコアカード経営」、中央経済社 、2001年6月15日
・Robert S. Kaplan &David P. Norton著、桜井通晴監訳、「キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード」、東洋経済新報社、2001年9月11日
・バランス・スコアカード・フォーラム編、「バランス・スコアカード経営 なるほどQ&A」、中央経済社、 2002年7月1日