清水晶記念「マーケティング論文賞」佳作
中小商店を生き返らせる
ワン・トゥ・ワン・マーケティング
<論文要旨>
中小商店の経営は、コンビニエントストア、スーパーマーケット、ディスカンウトストアなど多業態との大競争の中にあり、非常に、きびしい状況にある。この環境の中で、生き残っていくためには、明確な差別化戦略をもつ必要がある。
中小商店の差別化戦略は、中小商店の商売の原点である「地域住民への密着」、「お客様とのふれあい重視」に回帰することにあり、さらにそれを一歩進めて、ワン・トゥ・ワン・マーケティングへ発展させる必要がある。
中小商店におけるワン・トゥ・ワン・マーケティング実践の方法、問題点、それに対する解決策に関して、考察をしてみることにする。ワン・トゥ・ワン・マーケティングは、決して、大企業だけのものではなく、本来、顧客密着を販売戦略の中心におくべき、中小商店こそ、活用すべきマーケティング手法であると、私は考える。
<論文本文>
1.はじめに
中小商店を取り巻く経営環境は、非常に厳しい。コンビニエントストア、スーパーマーケット、ディスカウントストアなど多業態からの攻勢に対して、有効な差別化戦略を打ち出すことができず、今後、生き残りをはかるのが難しい状況にある。
ここで、中小商店の生き残りの方策を、マーケティング面、それを支える情報技術面から、考えてみる。
2.中小商店の現況
2−1.概況
中小企業庁 平成9年度版「中小企業白書」によれば、業態別小売商店数、従業員数、いずれも、コンビニエントストア、大型総合以外のスーパーが大きく伸びているのに対し専門店、その他商品小売店は、減少している(図表1参照)。
(図表1)

年間の販売額をみても、同様の傾向にあり、中小商店の経営環境が、ますます厳しい状況にあることがわかる(図表2参照)。
(図表2)
その原因は、ディスカウントストア、大型総合スーパーなど大型店との競合の激化により、大型店の規模の力による豊富な品揃え、低価格販売に対して、中小商店が、有効な差別化をはかれない点にある。
2−2.消費者ニーズをつかんでいない小売業
同様に、中小企業庁 平成9年度版「中小企業白書」によれば、消費者のニーズと、それに対する小売店側の認識を比較してみると、次のとおりである。
5年前と比較して消費者がどのようなことを重視するようになったかに関して、食料品・日用品など最寄品では、消費者は、「安全性」「品質」「低価格」「環境配慮」の順であるのに対し、小売業は、「低価格」「安全性」「品質」「環境配慮」の順であり、必ずしも一致していない。同様に、買回品においても、消費者は、「品質」「安全性」「低価格」「環境配慮」の順で重視するようになっているのに対して、小売業は、「低価格」「安全性」「品質」「環境配慮」の順であり、一致していない(図表3参照)。
(図表3)

特に、大型店の低価格攻勢により、消費者を奪われているという認識は、最寄品・買回品いずれにおいても、正しいとはいえない状況である。
これらから言えることは、中小商店は、大型店の脅威に対して、その経営規模の差から太刀打ちのできない点のみに、注目し、本来、重視すべき消費者のニーズをつかみきれていないものと思われる。
3.原点を忘れた中小商店のマーケティング
中小商店は、本来、町の情報局である。
町の小学校の運動会などの町のイベント情報や、Aさんの息子は、今年、B大学に入学したとか、Cさんの娘さんに、子どもがいつ生まれそうだとかといった地域住民の家族情報まで、町のことは、商店のひとが一番よく知っていた。そして、野菜を買いにきた若い主婦に、その料理法まで、教えてくれるのが、町の商店であったはずである。
買い物にきたお客さまとの会話の中で、どのような商品を、今、だれがほしがっているかを掴み、明日の仕入れに反映していたはずである。
ところが、スーパーマーケット、コンビニエントストアの攻勢に会い、中小商店の本来の特徴である対面販売、お客様との会話の重要性を忘れ、セルフ販売を重視し、低価格攻勢に対応しようとしている面がみられる。
大型店と対抗していくためには、今一度、中小商店のマーケティングの原点である地域情報、顧客情報に精通し、それをベースとした地域に密着した顧客単位のマーケティングを実践することで、差別化をはかっていく必要がある。
「お客様とのふれあい重視」という原点回帰こそが、中小商店の最大の差別化戦略である。
4.中小商店のマーケティングの原点 −ワン・トゥ・ワン・マーケティング−
4−1.中小商店だからこそ可能なワン・トゥ・ワン・マーケティング
顧客の一人一人の情報を的確につかみ、ターゲット顧客を絞り込み、そのターゲット顧客に最適な品揃え、販売促進策を実施することにより、顧客ロイヤリティを向上させ、売上拡大に結びつけていくワン・トゥ・ワン・マーケティングこそ、中小商店のマーケティングの原点であると思う。
地域住民の情報に精通し、地域顧客ひとりひとりに対して、販売戦略をねり、サービスを提供していくのが、本来の中小商店の姿であり、それがまさに、ワン・トゥ・ワン・マーケティングである。
ワン・トゥ・ワン・マーケティングをおこなうためには、人間の記憶力・分析力を補うための顧客データベースの構築が必要である。顧客の住所、氏名、電話番号などの属性情報と、いつ、どの商品を購入したかという購買履歴情報が、データベースに蓄積され、さまざまな切り口から、顧客情報を自由に、迅速に取り出せる情報システムが必要になる。
ワン・トゥ・ワン・マーケティングを実現する情報システムというと、超並列コンピュータに巨大なデータベースを構築し、顧客分析をおこなうイメージがあり、中小商店には縁のないものと思われがちであるが、中小商店だからこそ可能なワン・トゥ・ワン・マーケティング実現方法がある。
昨今のパソコンの低価格化は、目覚しいものがあり、2〜3ギガバイトのディスク装置が、5万円程度で手に入る時代である。
3ギガバイト(3,000,000,000バイト)のディスク装置で、どれだけの顧客の情報が蓄積できるかを考えてみると、次のとおりである。
顧客属性:氏名、住所、電話番号などで、1顧客あたり1,000バイトと見積もる。
購買履歴:商品コード、価格、数量、購買日などで、1商品購買あたり50バイトと見積もり、1顧客あたり10,000商品購買を保管すると仮定する。
顧客あたりのデータベース容量は、
1,000バイト + (50バイト X 10,000)
= 501,000バイト
有効データベース容量は、ディスク容量の通常50〜60%なので、3ギガバイトのディスク容量に対して、1.5ギガバイトと見積もると、
1,500,000,000バイト÷501,000バイト/顧客
= 2,994顧客
したがって、パソコンをもっていれば、5万円の追加投資で、約3,000顧客のデータベースを構築することが可能である。
中小商店にとって、3,000顧客という数は、決して少ない数ではないはずである。
4−2.ワン・トゥ・ワン・マーケティングを実現するためのしくみ
ディスク容量的には、可能であっても、ワン・トゥ・ワン・マーケティングをおこなうためには、購買履歴を顧客単位に収集するしくみと、顧客情報・購買履歴を活用するしくみが必要になる。
(1)購買履歴を顧客単位に収集するしくみ
購買履歴を顧客単位に収集するしくみとしては、図表4に示したように、顧客属性情報の登録→売上げ登録時に、顧客コード入力→売上げ登録→顧客購買履歴追加という流れである。
(図表4)
POSとパソコンがオンライン接続されており、リアルタイムにデータ収集できることが望ましいが、オフライン接続であっても、売上げ登録時の顧客コード入力で、顧客コードを顧客データベースと突合チェックすることができないという問題以外は、閉店後に、POSの売上げ登録データをパソコンに入力し、顧客マスターを更新しても同様の効果は得られる。留意点としては、次の二点がある。
@単品管理のできる商品マスター
全商品単品管理されており、単品ごとに商品コードが正確に管理されて
いれば問題ないが、中小商店では、なかなかそこまで進んでいないところ
も多い。
しかし、顧客の購買履歴の把握をおこない、顧客ひとりひとりの購買傾
向をみるためであれば、部門・クラス分類でも、効果がえられると思われ
る。全商品単品管理されていなければ、ワン・トゥ・ワン・マーケティン
グはできないと考える必要はない。
A売上登録時点での顧客コードの入力
売上登録時点で、顧客コードを入力する方法としては、一般的には、ポ
イントカードを導入することが考えられる。
ポイントカードの導入がコスト的に難しいようでれば、スタンプカード
に顧客コードを印字しておき、売上登録時点で、スタンプカードを見なが
ら、手入力してもよいだろう。
(2)顧客情報・購買履歴を活用するしくみ
顧客データベースは、市販のパソコン用データベース管理ソフトウェアを活用すれば良い。さまざまな切り口から、簡単にデータを分析することが可能である。
データベースの各項目単位に、範囲指定でデータを抽出したり、条件式をあたえて、該当するデータを検索するなど非常に簡単にできる。
問題は、どのような切り口から、顧客の情報を分析・活用すると、自店の売上げ拡大に結び付けることができるかを、考え出すことである。
情報リテラシーというと、パソコンで、ワープロソフトや表計算ソフトが使えるかどうかで判断している風潮があるが、全く、誤った認識であると思う。
情報リテラシーとして重要なのは、パソコンの使い方を知っているかどうかではなく、それを使って、いかに、自分の仕事に有効な情報を得ることができ、その情報をいかに、自分の仕事、意志決定、企画に生かす方法を考えられるかにある。
顧客情報・購買履歴を取り出すしくみ自体は、比較的、簡単に構築できるが、それを、どう有効に活用するのか、どんな姿で、情報が得られれば、有効に活用できるのかが、最も、重要な点である。
4−3.中小商店におけるワン・トゥ・ワン・マーケティング
ワン・トゥ・ワン・マーケティングの実例の中で、中小商店でも活用可能なものをみてみることで、その顧客情報活用方法を考えてみる。
(1)ドミノピザにおけるワン・トゥ・ワン・マーケティング(注1)
ドミノピザは、「宅配ピザ」の大手であるが、自らの商圏を配達区域というかたちで、限定しており、中小商店と近似している。商品構成やサービス内容は、競合する他の「宅配ピザ」会社と甲乙つけがたく、明確な差別化を打ち出しにくい環境にある。
こうした環境の中で、ワン・トゥ・ワン・マーケティングにより、差別化をはかろうとしている。
具体的には、注文を電話で受けた際に、電話番号から、顧客の住所、氏名を顧客データベースに登録し、同時に、注文をうけた商品、受注日を登録し、蓄積する。また、配達した際に、配達ドライバーが、目で、家族持ちか、単身者かを確かめて、顧客データベースに登録している。
その蓄積された顧客データベースから、顧客ごとの注文頻度、商品の好みを判断し、顧客に最適な割引チケットを発行している。
例えば、「シーフード・スペシャルを、過去に、一番数多く注文し、平均2週間に一度注文する家族持ち」の顧客に対しては、「シーフード・スペシャルを2枚同時に注文すれば、10%割引。ただし、有効期間は、10日間」という割引チケットを発行する。
これにより、1回の注文枚数(単価)をアップさせると同時に、注文頻度の向上をはかることができる。
顧客ごとの購買履歴から、顧客の特性を判別し、その特性に応じた顧客単位の販売促進策を講じることにより、他社との差別化をはかっている例である。
(2)米国 個人経営花屋のワン・トゥ・ワン・マーケティング(注2)
昨年、ニューヨーク在住の人が、中西部の小都市に住む母親の誕生日に、花を届けるために、母親の住む街にある個人経営の花屋に注文を出した。
そして、今年。彼は、母親の誕生日の3週間前に、この花屋から、通知を受け取った。
そこには、次のように書かれていた。
@母親の誕生日が近いこと。
A昨年は、フリージアとスパイダーマムを届けたこと。そして、その値段。
B記載の番号に電話すれば、今度の誕生日にも、別のきれいな花束を届けること。
顧客ごとの購買履歴から、顧客別の販売促進をはかり、顧客ロイヤリティを向上させようとしている例である。
これらの実例から言えることは、顧客単位に、どうすれば、自店を活用した場合のメリットを提案していくことができるかを、収集した顧客データをもとに、検討していくことが重要であり、そのときに、売り手側の目ではなく、顧客側の目で、みるための手段として、顧客が示しているデータを活用していく必要がある。
売り手側の目で見ている限り、どんな膨大な顧客データベースを構築しても、データは何も、語らないだろう。
顧客志向マーケティングをめざす気持ちが、体のすみずみまで、浸透していない限り、ワン・トゥ・ワン・マーケティングを実践することはできない。
5.中小商店のワン・トゥ・ワン・マーケティングを阻害する要因
中小商店のワン・トゥ・ワン・マーケティングを阻害するものは、ないのだろうか。
中小商店のワン・トゥ・ワン・マーケティングを阻害する大きな要因の一つに、人口の流入・流出がある。1995年の国勢調査によれば、流入流出人口比率は、25年前に比較すると、40%低下している。(図表5参照)
(図表5)
しかし、首都圏のように、地域によっては、依然として、流入流出人口の大きいところもあり、顧客マスターをメンテナンスする手間が、多く発生することになる。(図表6参照)
(図表6)

それよりも、問題となるのは、人口の流出により、顧客が、自店の商圏外に、流出してしまうことである。せっかく、収集保管した顧客情報が、すべて無駄になってしまう。これが、頻繁におきると、顧客マスターのメンテナンスにかけた手間が、ムダになっていまい、大きなロスとなる。
6.新たなコミュニケーション手段を活用した解決法
しかし、顧客の流出を物理的に防ぐのは、不可能である。
であれば、自店の商圏を顧客単位に拡大していくしかない。自店の物理的商圏外に流出した顧客に対して、通信販売、カタログ販売をおこなうことによって、自店商圏内にとどまってもらうことである。
引越しをする際に、新しい住所、電話番号を対面販売のなかで、聞き出しておくのは、もちろんであるが、電子メールアドレスをもっているお客様であればそれを活用したい。
電子メールアドレスは、引越しをしても変わるものではない。ダイレクトメールを出すよりも、安価なお客様とのコニュニケーションが、可能である。
昨今のパソコン・インターネットブームにより、電子メールのアドレスをもっている人口も飛躍的に増加している。
新たなコニュニケーション手段が、顧客との物理的な距離を解消し、顧客単位に、商圏を拡大していくことを可能にしている。
インターネットにホームページを出すだけではなく、インターネットを、顧客とのコニュニケーション手段に活用してほしい。引越していった先で、以前住んでいたところの話しを聞いて、懐かしいと思う人は多くいると思われる。ちょっとした地域の情報をいれた電子メールによるダイレクトメールは、開封もされずに、ゴミ箱へ直行ということはないだろう。
7.おわりに
情報技術の革新は、めざましく、10年前の大型コンピュータと同性能のコンピュータが低価格で、机の上における時代であり、そこから、送信する電子メールは、瞬時に、地球の裏側まで、届く時代である。
この情報技術を、中小商店のマーケティングに活用することによって、大型店では提供できない木目の細かいサービスを提供していくことが、大競争時代を乗り切る処方箋であると私は思う。
ワン・トゥ・ワン・マーケティングは、大企業だけのものではなく、中小企業こそ活用すべきマーケティング手法であり、中小商店の原点であると、再度、強く訴えたい。
<引用文献>
注1: 日経情報ストラテジー 1997年5月号
注2: Multimedia & Business 94・0号
Don Peppers & Martha Rogers著:
The 1:1 Mareketing@
<参考文献>
・中小企業白書 平成9年度版
・Don Peppers & Martha Rogers著:
One To One マーケティング、ダイヤモンド社、1995年刊
・NCR Solutions Forum‘97 キーノートスピーチ
ACS社エグゼクティブ・バイスプレジデント アーサー・ヒューズ氏
「リレーションシップ・マーケティングによる顧客ロイヤリティの向上」
・財団法人 矢野恒太記念会編:データでみる県勢1997年版、国勢社、
1996年刊