SCM・CRM失敗の本質
〜トランザクション・データとビジネス・ナレッジ〜
アーク・シンク・タンク シニアマネジャー
井上 実
サプライチェーン全体における在庫最適化を狙ったSCMシステム構築、顧客価値の最大化を狙ったCRMシステム構築が次世代情報処理システムの主役として取り上げられるようになってから数年が経過した。しかし、成功事例を耳にすることは少ない。なぜ、SCMシステム構築、CRMシステム構築は成功しないのだろうか?システムで扱う情報のタイプの異質性から失敗の本質に迫りたい。
1.トランザクション・データとビジネス・ナレッジ
アクセンチュア戦略的変革研究所ディレクター トーマス・ダベンポート氏は、「日本企業の強み」という講演の中で、情報にはトランザクション・データとビジネス・ナレッジの二種類があると言う。トランザクション・データはコンピュータで扱いやすくコンピュータ間でやり取りするのも容易である。情報から知識に変換することも比較的容易にできる。一方、ビジネス・ナレッジは人間間でやり取りされるものであり、コンピュータはその流れを促進する。内容としては、顧客に関すること、競合企業に関すること、ビジネス機会に関することなどがある。日本企業はビジネス・ナレッジに強みを持っているが、ローカルな部分のみでありグローバルな展開ができていない。今後、ビジネス・ナレッジの重要性が高くなり、日本企業は有利なポジションにあるという。
言い換えれば、トランザクション・データは形式知を主体した情報であり、ビジネス・ナレッジは暗黙知を主体とした情報であるということができる。弟子入りや同じ釜の飯を食うなど共有体験による暗黙知の共有化(共同化)を得意とする日本人と、マニュアル化・文書化による暗黙知から形式知への変換(表出化)を得意とする米国人を比較しての発言と思われる。
2.SCMシステム・CRMシステムで扱う情報はトランザクション・データか、ビジネス・ナレッジか。
SCMシステム・CRMシステムの中で扱う情報はトランザクション・データが主体だろうか?
サプライヤーと自社との間での受発注データや納品・請求データはトランザクション・データである。データを受けたら行うべき処理は定型的に決まっている。受注データを受けたら在庫引当をし、納期に間に合うように出荷準備を行う。納期に出荷し請求を行う。人間の解釈を必要としないためコンピュータにのせやすく、省力化・省人化効果を得られやすい処理であり、基幹系システムで扱われる情報である。
しかし、SCMシステムが主として扱うべき情報ではない。SCMシステムが扱うべき情報は、需要予測を行うための販売動向情報・市場情報、競合情報、在庫動向、サプライヤーにまたがる制約条件などの情報であり、人間の解釈を必要とする情報である。在庫の動きをどう分析し判断するかによって、需要予測は変わってくる。競合情報なども分析方法により判断が異なる。情報の裏に隠れる情報をどう読むかが重要となる。
SCMシステムはその素材となる情報の提供、関係者への情報の流れを促進する役割を担う。サプライチェーンにかかわる全員で情報を共有化することにより、サプライチェーン内の在庫・生産を最適化することがSCMの最終目的である。したがって、SCMシステムで扱われる情報はビジネス・ナレッジタイプの情報であると言える。
同様に、CRMシステムで扱われる情報も顧客別取引情報自体はトランザクション・データであるが、CRMシステムの中で主に扱う情報はビジネス・ナレッジである。過去の顧客別販売情報をもとに顧客の購買動向を探ろうとしたり、販促・サービスの販売効果を探ろうというのがCRMの本質である。顧客の残した購買履歴という足跡から顧客の心を理解し、顧客好みの製品・サービスを作り、提供することがCRMの目指す姿である。
そのためには、購買履歴を分析し顧客の心をどう理解するのかという人間の判断が重要となる。CRMシステムは必要なデータを判断・分析する人間に迅速に提供する役割を担う。顧客にかかわるもの全員の間だけではなく、バックオフィスや開発・生産にかかわるものにも、顧客単位の情報が共有されなければ、顧客志向の組織を作り出すことはできない。CRMシステムは顧客単位の情報を関係者間で迅速に共有する機能を提供するものである。
3.ビジネス・ナレッジを生かすのは人間
トランザクション・データは定型的に処理可能なため、処理内容をプログラミングすることは容易であり、コンピュータ・システム化しやすい。コンピュータにのせてしまえば、人間は不要になる。しかし、ビジネス・ナレッジはあくまで人間が主体となる。情報をどう読むか。情報を読むためには他にどのような情報が必要となるか。それらを組み合わせてどう分析すると目的に合致した結果が得られるか。などが重要となる。
また、一度使用した考え方・分析方法が将来も有効であるという保障はない。環境の変化により、過去の分析方法は何の効果ももたらさないということも多く発生する。常に新しい分析・判断方法が求められる。したがって、処理方法をプログラミング化することは難しく、コンピュータにのせにくい。コンピュータにのせた後も、人間の評価・判断が介在することになる。ビジネス・ナレッジを使いこなせる人間がいない限り、システムからどのような有効な情報を提供しても、有効な判断はなされない。そのため、システムの有効性も理解されず投資対効果が得られないということになる。
ビジネス・ナレッジを生かすためには、分析方法を考え出しコンピュータを活用してデータを検証する能力を持った人材が必要となる。この能力を持った人材の育成せずにビジネス・ナレッジを企業活動に生かすことはできない。
4.SCM・CRM失敗の本質は人材育成
SCMシステム・CRMシステム構築失敗の本質は、従来の基幹系システムと同様にトランザクション・データを扱うシステムであると思って構築したことにある。SCMシステム・CRMシステムで扱う情報はビジネス・ナレッジである。ビジネス・ナレッジを生かすためには、ビジネス・ナレッジを使いこなす能力を持った人材をまず育成する必要がある。いままでの勘と経験と度胸により行われていたことを、仮説を立てデータから科学的に検証するのがSCM・CRMの本質であると考える。そのためには、これを実行できる能力を持った人材の育成が必要であることは自明であろう。
人材の育成なくして、SCM・CRMの成功はありえないと断言する。