司法脱線ウェブログ「法治国家つまみぐい」

    

    小法廷 出身母体 任官 退官 備考
梶谷 玄 かじたに げん 弁護士 1999/04/21 2005/01/14 父親が弁護士で、実弟は日弁連会長の梶谷剛氏、長男も司法試験に合格した法曹一家。弁護士登録後にアメリカに留学し、法律実務を学ぶ。第一東京弁護士会会長。会社法や破産法に精通している。東京の3弁護士会で構成する「陪審制度委員会」の委員長も務めた。それもあって、最高裁判事就任時には国民の司法参加について積極的発言。「日本でも戦前に陪審制があったが、定着しなかったのは残念。表現の自由など国民の基本権に関わるような事件では、専門家が参加して市民が裁判官と一緒に裁判をするよう検討するが望ましい」と述べた。また、弁護士経験者を裁判官に登用する「法曹一元」も、条件整備をしたうえでの実現を期待した。通信社から配信を受けた記事をそのまま掲載した新聞社が、名誉毀損で訴えられた裁判で、通信社の配信記事だという一事をもって、真実だと信じるに足りる相当の理由があるとはいえないとして、いわゆる配信サービスの抗弁を認めなかった法廷意見に対し、「地方紙に載る世界的・全国的ニュースの大部分は、通信社からの配信記事に頼っているのが現状で、それらについて全て裏付け取材を強いるのは非現実的。公共の利害にかかわる公益目的の報道に関し、定評のある通信社から配信された記事を掲載した報道機関の行為は、特別に憲法21条の要請により、正当な行為とみることができ、違法性を阻却する」との反対意見。江沢民国家主席(当時)の講演会に参加した学生の名簿を大学が警察に提出した早大名簿事件で、原判決を破棄・差し戻しし、学生側全面勝訴の判断をした法廷意見に対し、「プライバシーにかかわる情報ではあるが、完全に秘匿すべき性質はなく、単純な個人識別情報である。国賓の講演会であり、警備の必要性が高く、学生側に実質的な不利益が生じたわけではない」との反対意見。
金谷利廣 かなたに としひろ 裁判官 1997/10/31 2005/05/16 裁判現場を経て、最高裁総務局長などの司法行政に携わる。この最高裁事務に従事していた1970(S45)年、町田顕氏ら10名の局付け裁判官とともに、青年法律家協会を突如脱会した。青法協からの脱会を拒む裁判官を村八分扱いにするなど、当時の事務総局による脱退工作があったのではないかと、一部で騒がれた。奈良地裁所長、最高裁事務総長などを歴任。国立大医学部病院で、顔面手術を受けて2ヶ月後に死亡したケースで、「手術後間もなく起こった脳内出血が、手術中の何らかの操作の誤りを思わせる」と指摘し、さらなる審理を尽くすため原審に差し戻した。原爆症認定申請が却下された長崎県の被爆者らの訴えを認め、国側の上告を棄却した。富士通と米国会社のIC(半導体集積回路)の基本特許侵害をめぐる訴訟で、米側の上告を棄却。従来の大審院判例を変更し、「特許無効の判決確定前でも、無効理由の有無を裁判所が判断できる」とした。
福田 博 ふくだ ひろし 行政官
(外交官)
1995/09/04 2005/08/01 旧満州の旅順に生まれる。父親は弁護士。東京大学法学部第2類(※公法コース)を卒業後、外交官試験に合格し、翌年には同第1類(※私法コース)も卒業。外務省に入り、米イェール大学のロースクールで学ぶ。在米国大使館の参事官や内閣総理大臣秘書官、マレーシア大使、外務審議官などを歴任。米カールトン大学の名誉法学博士の称号も。判事任命時には60歳で、非常に若い部類に含まれる。趣味はゴルフ・水泳・読書。。成田空港反対闘争で、警官隊の催涙ガス弾が当たって死亡した男性の遺族が起こした損害賠償訴訟(東山事件)で、「後頭部の傷痕は催涙ガス弾の丸い先端部の形状と極めて似ている」と判断した原審を支持。予防訴訟被害・東京訴訟で、不法行為から20年で請求権を失うという除斥期間の適用について「不法行為が原因で権利行使が不可能になった場合にも、時間の経過で一切の権利行使を許さず、加害者の賠償義務を免れさせるのは、正義・公平に反する」として、特段の事情がある例外的事案の可能性があるとして東京高裁に差し戻し。1992年7月の参院選の定数配分(一票の格差)が最大6.59倍に開いている現状について、「違憲状態」だが、立法裁量の限界を超えていないとして、結局合憲とした大法廷意見に対して『当該選挙の時点で、国会による是正のための合理的期間は過ぎており違憲』とする反対意見に加え、「参議院に独自性を持たせようとする種々の試みも、選挙人の投票権の平等という基本原則を遵守することが前提」とする追加反対意見(1996/09/11)。愛媛県が護国神社への玉串料を公費支出した政教分離訴訟で、違憲とした法廷意見に「政教分離規定の適用に当たっては、国のかかわりを認めることにつき基本的に慎重な態度で臨むことが重要。このような慎重な態度を維持することで、緊密化する国際間の交流を通じ、国民が様々な宗教に接する機会が増えつつある今日、我が国が信教の自由を保障し、いかなる信仰についても寛容であることを確保できる」とする補足意見を付した(1997/04/02)2001年7月の参院選の定数配分(一票の格差)が最大5.06倍に開いている現状について合憲とした大法廷意見に対して『現代民主主義政治における投票価値の平等とは、あくまでも1対1が基本。問題解決の最終責任は、選挙権の平等を軽視した制度に固執し続ける国会自身にある』と指摘し、現状は違法状態とする反対意見。(2004/01/14) サブリース契約に「賃料増額特約」が付されていたが、バブル崩壊で事情が変わったとして、借地借家法の「賃料減額請求権」を行使した不動産業者の訴えを認めた法廷意見に対し、「減額請求権は社会的弱者を保護するための規定で、今回のような事業には適用できない。リスクは予測されるべき」との反対意見。(2004/11/08)

 

 

【参考文献】
「日本の裁判史を読む事典」野村二郎(自由国民社)
別冊ジュリスト「憲法判例百選I」(有斐閣)

  

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