斎藤伝鬼房(さいとうでんきぼう)
(1550〜1587)戦国時代の剣豪。名は勝秀。塚原卜伝に学び、鎌倉の鶴岡八幡宮に参籠して悟るところあり、天流を興した。その後京に出て天流の太刀を天覧に供え、左衛門尉を拝任し、井手判官入道伝鬼坊と名乗って諸国を巡った。兵法上の争いから闇討ちを受け、無数の矢を受け落命したという。
真田十勇士(さなだじゅうゆうし)
真田大助(さなだだいすけ) new
真田幸村の子で信州九度山生まれ。講談等では、少年時代はボサボサの髪で裸足で野山を駆け回ってばかりいるような子供だったが、それは関東方の眼を欺くためで、実は陰で修練に努めていた人物。大坂冬の陣ではまだ年少ながら次々と妙計を進言し、また戦では十勇士の先陣を切って敵陣に向かったという。大坂城落城と共に秀頼と共に自害したと言われるが、幸村と共に秀頼を奉じて薩摩に向かったという説もある。
真田幸村(さなだゆきむら)
(1567〜1615)安土桃山時代の武将。知略に優れ、関ヶ原の合戦では西軍につき徳川秀忠の軍が関ヶ原に向かうのを食い止めた。合戦後は九度山に流されるが大坂の陣が始まると脱出。真田丸を築いて大活躍したが、大勢は変わらず、家康の本陣を襲うも失敗して戦死した。が、死んだのは影武者で本人は豊臣秀頼と共に薩摩に落ち延びたという生存説も残る。
猿飛佐助(さるとびさすけ)
真田十勇士の一人。信濃の郷士・鷺尾佐太夫の子で、戸沢白雲斎に見込まれ、三年間甲賀流忍術を学ぶ。その後真田幸村に見いだされて活躍、石川五右衛門と術比べをするなどの活躍を見せたという。
児雷也(じらいや)
合巻や歌舞伎等に登場する義賊。本名、緒形周馬弘行。室町時代の滅亡した肥後の豪族の遺児で信濃に育ち、13歳の時に雷獣を素手で生け捕って雷太郎と呼ばれるようになる。その後、仙素道人から蝦蟇の妖術を伝授され、御家復興のために義賊として活躍。後に管領家に許されて悪人と戦う正義の賊となり、奸臣に反乱を起こされた足利持氏を救うなどの活躍を見せ、また綱手姫と共に宿敵大蛇丸と戦った。また、講談では江戸初期を舞台とし、徳川幕府に一矢報いるために天竺徳兵衛らと共に島原の乱に参加。敗れて後は呂宋に逃れたという。なお、その名は宋代の盗賊、我来也に由来する。
白波五人男(しらなみごにんおとこ)
鎌倉時代に駿遠三から美濃尾張を根城とした義賊。日本左衛門をモデルにした日本駄右衛門と配下の弁天小僧菊之助、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸の五人。
助六(すけろく)
江戸紫の鉢巻きに蛇の目傘がトレードマークの男伊達。吉原の花魁・揚巻の情夫となり、吉原で喧嘩三昧の日々を送る。実はその正体は曾我五郎時致で、喧嘩相手に刀を抜かせ、盗まれた重宝・友切丸のありかを探していた。京都島原の遊女・総角(あげまき)と心中した京の侠客・万屋助六と、江戸浅草の男伊達・米問屋の大捌助六が相まって生まれたキャラクターと思われる。
是界坊(ぜかいぼう)
能の「是界」に登場する中国の天狗の首領。自国にあきたらず日本の仏法を妨げようと来日、愛宕山の太郎坊と共に比叡山を狙い、飯室の僧正を魔道に引き入れようとするが、僧正の祈りにより現れた不動明王をはじめとする諸天諸神と戦い破れ、日本から逃げ出す。