主水血笑録

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2003/12/13 (土)

文楽(遅刻あり)
 今日は楽しみにしていた文楽見物の日。確か夕方からの部だったので、録画しておいた「グランセイザー」を観てから(えっ)風呂入って昼寝してのんびり行くか…と思って携帯のメールをチェックしたら、一緒に行く友達からのメールが。昼からの部でした_| ̄|○
 結局一時間ほど遅刻して、文楽講座は完全に見逃したんですが(今日のは文楽教室ということで、初心者向けの講座と文楽がセットだったんですな)、メインの文楽を観ることが出来たのでよし。演目は「夏祭浪花鑑」の六段目「釣船三婦内」と七段目「長町裏」でした。
 文楽は初めて、しかも私があまり得意でない世話物ということでどうかな、と思ったのですが、もう人間以上に人間らしい動きを見せる(歌舞伎の女形が女性以上に女性らしいのに近いものを感じます)人形にもう視線は釘付け。一番後ろの席だったのですが、そこでも人形(が演じる役)の喜怒哀楽が伝わってくるのは驚きでした。
 しかし何よりも驚いたのは、その演出、キャラクター描写が現代の人間の目で観ても共感できるところ。特に「長町裏」で主役の侠客・団七が、小悪党で義父の義平次をヌッ殺すシーンでは、義平次のどうしようもないクソ野郎ぶり、情け容赦ない団七への煽りで観る側の気持ちを高めておいて、義父ということで耐えに耐えた団七が耐えかねてついに…! という凄惨ながらある種のカタルシスを感じさせる展開につなげていく様にうならされました(冷静に考えてみれば、常道ではあるのですが…)。
 また、効果音以外は無音(語りなし)の殺害シーンの直後、殺害の現場に夏祭りの神輿が突っ込んでくるシーンは、殺人という非日常世界から、唐突に日常世界(祭りだからもう一つの非日常、なのかな)に移行する様が見事で、これは現代でも立派に通用すると感心しました。

 畢竟「人間」という存在が観るものである以上、たとえ何百年と時代が離れても、同じ「人間」が観るのであれば同じ感動を与えることができる――伝統芸能の凄味を感じたような気がしました。