寿永〜文治年間(1182〜1189)

1182(寿永元)

05月27日
寿永に改元
06月20日
鶴岡八幡宮から由比ヶ浜の方角に光り物が飛ぶ[吾妻鏡]

1183(寿永2)

02月
後白河法皇、藤原俊成に千載和歌集の編集を命じる
05月?
源義仲、異国の魔道士アシャドに憑かれる<陰陽師九郎判官>
   11日
義仲、倶利加羅峠で平氏を破る
   18日
宋の仏工陳和卿、東大寺大仏の補修を始める
07月24日
後白河法皇、密かに延暦寺に入る
   25日
平宗盛、安徳天皇・建礼門院を連れて西海へ向かう
   28日
義仲、6万の軍勢を率いて入京
義仲、妖魔ベヘモトで法皇の命を狙うも源義経に阻まれる<陰陽師九郎判官>
08月12日
源頼家誕生
10月15日
源義仲、法皇と天皇を幽閉し、みずから征夷大将軍になる
11月19日
義仲、法皇御所を襲う
   下旬?
義経、曾祖父・安倍晴明と対面<陰陽師九郎判官>
12月
義経、死鬼餓魅の法で義仲からアシャドを祓う<陰陽師九郎判官>

1184(寿永3/元暦元)

01月08日
源義仲、征夷大将軍となる
   20日
義仲(31)、源範頼・義経との宇治川の合戦にて琵琶湖畔で戦死
   26日
源頼朝に平氏追討の院宣が下る
02月07日
源義経、一ノ谷のひよどり越えから坂落としの奇襲作戦で平家を破る
平敦盛(16)戦死
03月15日
平維盛、屋島の陣を抜けて高野山へ赴く
   28日
維盛(28?)、熊野の沖で投身する
04月16日
元暦に改元
07月28日
後鳥羽天皇即位
08月
この頃からしばらく、京で九郎判官を名乗る者が辻斬りを繰り返す<陰陽師九郎判官>
平知盛と安倍泰親、平清盛を復活させる<陰陽師九郎判官>
   06日
義経、左衛門少尉検非違使に任ぜられる
10月06日
源頼朝、公文所を置き大江広元を別当とする
   26日
頼朝、問注所を置き三善康信を別当とする

1185(元暦2/文治元)

01月上旬
源義経ら、五条の橋で異国の魔道士クロウ・ホーガンを討つ<陰陽師九郎判官>
02月19日
屋島の合戦。那須与一、平氏の掲げた扇を射抜く
ホーガンの妖術、義経軍を苦しめるも那須与一に破られる<陰陽師九郎判官>
03月24日
壇ノ浦の合戦(平家滅亡)。安徳天皇(8)没。草薙剣海中に消える
源義経、神器を取り返し平家による大海魔クスリの復活を阻止<陰陽師九郎判官>
04月27日
神器を朝廷に返還する
05月01日
無数の黄色い蝶が鶴岡八幡宮をはじめとする鎌倉上空で乱舞する[吾妻鏡]
   27日
義経、鎌倉入りを許されず腰越から書状を送る(腰越状)
07月09日
京都で大地震
08月14日
文治に改元
   28日
東大寺大仏落慶供養を行う
10月18日
後白河法皇、頼朝追討の院宣を下す
   29日
源頼朝、義経討伐のため大軍を率いて鎌倉を出発
11月03日
義経、頼朝の軍から逃れて吉野の山に隠れる
   06日
義経が乗った船が暴風雨に遭い難破、以後義経はしばらく行方不明に
   11日
後白河法皇、義経追討の院宣を下す
   17日
静御前、吉野山で捕らえられる
   29日
諸国に守護・地頭を設置。頼朝、日本国総追捕使・総地頭に就任
12月29日
義経の臣・佐藤忠信、京で捕らえられる
この年
土佐の商人・芦田主、漂流中の安徳帝を救う<神異伝>

1189(文治5)

02月24日
平時忠没(60)
閏04月
常陸坊海尊、義経のもとに向かう途中、立川流の誘惑に堕ちる<一休暗夜行>
    30日
源義経(31)、藤原泰衡に攻められ自決
06月13日
源義経の首、1ヵ月半かかって鎌倉に到着
07月19日
源頼朝、奥州征伐に出発
08月10日
藤原国衡、源頼朝に攻められて柴田郡で戦死(阿津賀志山の合戦)
   14日
安芸いゑつの浦に人魚が現れる[史籍集覧、嘉元記]
   15日
興福寺弥勒像完成
09月03日
藤原泰衡(35)、敗走中に郎従河田次郎に殺される
12月28日?
鎌倉権五郎景政、北条政子に仕える女房の夢に現れ、崇徳上皇が天下に祟りを為している旨伝える[吾妻鏡]

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