正中〜建武年間(1324〜1336)
| 6月25日 | 後宇多法皇(58)没 |
| 8月 | 土岐小次郎、飛天夜叉の桂子と出会う<あさひの鎧> |
| 16日 | 京で暴風雨洪水。死者多数 |
| 9月上旬? | 日野資朝邸での無礼講を鬼火の姥の配下が襲い、連判状が行方不明となる<あさひの鎧> |
| 18日 | 土岐頼春の妻・早瀬、父・斎藤太郎左衛門に夫らの謀叛の企みを密告する<あさひの鎧> |
| 19日 | 正中の変:六波羅探題、朝廷の倒幕派を急襲。土岐頼兼らを殺し、日野資朝・俊基を捕らえる |
| 土岐頼春、多治見国長の呪いの血を受けて失明する<あさひの鎧> | |
| 22日 | 飛天夜叉一党、土岐頼兼の妾と息子を逃がす<あさひの鎧> |
| 飛天夜叉一党と鬼火の姥一党、眉輪の沼辺で連判状を巡って激突する<あさひの鎧> | |
| 10月4日 | 日野資朝・俊基、鎌倉に護送される |
| この年 | 大徳寺建造 |
| 5月5日 | 元弘の変:日野俊基、文覚、円観ら捕らえられる |
| 7月 | 飛天夜叉の桂子、宮側を呪詛する鬼火の姥を調伏するための修法を行う<あさひの鎧> |
| 8月24日 | 後醍醐天皇、神器と共に奈良へ出奔する |
| 9月14日 | 楠木正成ら挙兵する |
| 中旬 | 土岐頼春、漢権守の城に賓客として迎えられる<あさひの鎧> |
| 28日 | 笠置城陥落する |
| 10月17日 | 飛天夜叉一党、赤坂の関東軍の陣を騒がす<あさひの鎧> |
| 18日 | 飛天夜叉の桂子、漢権守の城に囚われた土岐小次郎と浮藻を救い出す<あさひの鎧> |
| 21日 | 赤坂城陥落し、楠木正成ら敗走する |
| 11月 | 大塔宮、配下と共に大和十津川を訪れ、土地の豪族・戸野兵衛の狂気を癒す<あさひの鎧> |
| 12月 | 大塔宮主従、戸野兵衛に自分たちの正体を明かし、協力を求める<あさひの鎧> |
| 3月7日 | 後醍醐天皇、隠岐に配流される |
| 晩春 | 大塔宮主従、十津川を離れ吉野へ向かう |
| 4月13日 | 延暦寺で大火 |
| 6月2日 | 日野資朝(43)、配所の佐渡で斬られる |
| 3日 | 日野俊基、葛原岡で斬られる |
| 19日 | 北畠具行(43)、柏原で斬られる |
| 秋 | 土岐小次郎、飛天夜叉の桂子の下を出奔し、宮方の軍に加わる<あさひの鎧> |
| 11月 | 大塔宮尊雲法親王、還俗して護良と名乗り、吉野に兵を挙げる |
| 楠木正成、護良親王に呼応して千早城に拠る | |
| この年 | 楠木正成、住吉大社で未来記を披覧する<彌猴秘帖> |
| 2月 | 赤坂城陥落する |
| 閏2月1日 | 吉野城陥落する |
| 村上義光、護良親王の鎧を着て身代わりとなり死亡 | |
| 土岐小次郎、義光の子・義隆を介錯する<あさひの鎧> | |
| 24日 | 後醍醐天皇、隠岐から出雲へ脱出する |
| 5月7日 | 北条仲時ら、光厳天皇と共に六波羅から近江に敗走。仲時(28)自殺する |
| 21日 | 新田義貞、鎌倉を攻略する |
| 22日 | 北条高時(31)自殺。北条氏滅亡 |
| 25日 | 北条英時自殺。鎮西探題滅亡 |
| 光厳天皇廃立される | |
| 6月5日 | 後醍醐天皇、京に帰る |
| 7月 | 鬼火の姥、吉野で浮藻を襲うも飛天夜叉一党に討たれる<あさひの鎧> |
| 22日 | 中先代の乱:北条時行、鎌倉を攻撃し足利直義を破る |
| 23日 | 足利直義、護良親王を殺して成良親王と共に逃れる |
| 土岐頼春、死した護良親王にその罪を許され、妻・早瀬と共に天に召される<あさひの鎧> | |
| 下旬 | 飛天夜叉の桂子、仙人となって吉野山中に消える<あさひの鎧> |
| 8月9日 | 足利尊氏、征東将軍となり、北条時行を破って鎌倉に入る |
| 10月15日 | 尊氏、京に戻らず兵を挙げる |
| 12月11日 | 尊氏ら、箱根に新田義貞の軍を撃破する |
| この年 | 文観、東寺一長者、大僧正となる。 |
| 八百比丘尼没?(記録に残される最初のケース) |