明徳〜永享年間(1390〜1440)

1393(明徳4)

2月 9日 征西将軍良成親王、阿蘇惟政に命じて九州の南朝方の再興を工作させる
4月 26日 後円融院(36)没
8月 22日 南禅寺炎上
武蔵国王子の小豪族・立野氏に玲姫誕生。玲姫と兄・寿美王丸、鶴岡八幡宮に詣でる<小面曾我放下敵討>
立野氏の臣・鴨居貂三右衛門、山賊と通じ、一党を城内に招き入れる。立野氏滅亡<小面曾我放下敵討>
9月 18日 足利義満、伊勢神宮に参詣する
5日 近畿地方で大風洪水
この年 初代「鴉」の娘、禁廷へ赴き後小松天皇の胤を受ける<忍者からす>

1394(明徳5/応永元)

1月 1日 一休誕生
初代「鴉」の娘、洛北で後小松天皇の子(後の一休)を出産<忍者からす>
6月 11日 天龍寺総門焼失
7月 5日 近江坂本の酒屋・伎波都久より“ほしみる”が運び出される<一休暗夜行>
8月 1日 長慶天皇(52)没
9月 24日 相国寺炎上
12月 17日 足利義満、征夷大将軍を辞任し、子の義持が元服して第4代将軍となる
25日 義満、太政大臣となる
この年 音羽影阿弥、<裏面界>に“ほしみる”を隠す<一休暗夜行>
この年より鎌倉で野人が出没する<一休暗夜行>

1406(応永13)

6月 11日 足利義満、明使を北山第に引見する
7月 23日 立河五郎・八郎、上杉禅秀と親の仇・鴨居淳義の前で放下楽を披露する<小面曾我放下敵討>
26日 立河五郎・八郎、鶴岡八幡宮に放下楽を奉納。その最中、鴨居淳義を討つ<小面曾我放下敵討>
9月 12日 清水寺炎上

1408(応永15)

3月 4日 足利義満の子・義円、青蓮院に入室し僧となる
8日 世阿弥、北山第で「俊寛」を天覧能として演じ、様々な奇蹟を起こす<「俊寛」抄――または世阿弥という名の獄――>
足利義満没<「俊寛」抄――または世阿弥という名の獄――>
中旬 世阿弥、義満の死に関係したとして公の場で猿楽を演じることを禁じられる<「俊寛」抄――または世阿弥という名の獄――>
4月 27日 足利義嗣、元服。その晩、足利義満、「鴉」により暗殺される<忍者からす>
5月 6日 足利義満(51)没
義満、足利義持に“ほしみる”の存在を語る<一休暗夜行>
9日 後小松天皇、義満に太上天皇の尊号を贈るも、足利義持、これを辞退する
7月 2日 熊野社本宮炎上

1419(応永26)

2月 幕府、畠山満家に命じて富樫満成を河内国で殺害させる
6月 26日 九州探題渋川義俊ら、対馬で朝鮮軍を撃退(応永の外冦)
8月 1日 京都で大洪水
10月 関東で大風・地震
この年 一休、琵琶湖上の小舟の上で悟りに至る
一休、足利義持より“ほしみる”探索を命じられる<一休暗夜行>

1421(応永28)

5月 30日 一休、“ほしみる”を求めて近江坂本へ出発する<一休暗夜行>
6月 3日 一休、清洲で柴田郷家に捕らわれる<一休暗夜行>
5日 一休、清洲城の地獄蔵から脱出する<一休暗夜行>
15日 一休と吉野、伊豆丈山浦風谷から<裏面界>に突入<一休暗夜行>
17日 田谷山岩屋万有寺の石窟から、百鬼夜行と妖光が噴き出す<一休暗夜行>
25日 足利義持、子の義量の大酒癖を戒める
7月 19日 京で大雨洪水
11月 12日 円覚寺炎上

1423(応永30)

3月 18日 足利義量、征夷大将軍に就任
4月 25日 足利義持、等持院に出家する
6月 10日 世阿弥、石清水八幡宮に将軍の病気平癒祈願で「俊寛」を奉納、様々な奇蹟を起こす<「俊寛」抄――または世阿弥という名の獄――>
7月 7日 仙洞御所で花合せが行われる
23日 義持、諸社寺に足利持氏の呪詛を命じる
8月 11日 幕府、今川憲政らに持氏の討伐を命じる
18日 義持、重ねて諸社寺に足利持氏の呪詛を命じる
11月 28日 持氏、使者を京都に遣わして幕府に謝罪する
この年 世阿弥、能作書を著す
興福寺五重塔完成
一休、熊野太地で自らの祖父たる初代「鴉」に会い、出生の秘密を知る<忍者からす>

1428(応永35/正長元)

1月 初旬 奥吉野山中に人面鳥身の凶鳥が出現、小倉宮一党を殺害し始める<けふ鳥>
18日 足利義持(43)没
19日 義持の弟・義円、義持の後嗣となる
3月 12日 義円、還俗して義宣と改名する
5月 25日 足利持氏、義宣と不和のため京襲撃を企むも、上杉憲実に止められる
一休、奥吉野山中で小倉宮一党と出会い、凶鳥けふ鳥を祓う<けふ鳥>
6月 1日 柳屋治兵衛の茶会所で、連歌師が画に喰らわれる<画霊>
2日 一休、画の調査のため絵師土佐光達の元を訪れる<画霊>
3日 一休、赤松満祐らの前で画の謎を解く<画霊>
27日 華叟宗曇(77)没
7月 7日 仙洞御所で花合わせが行われる
20日 称光天皇(28)没
8月 23日 伊勢国司・北畠光雅、小倉宮を奉じて挙兵する
12月 21日 北畠光雅敗死し、小倉宮、嵯峨へ帰る
この年 飢饉・疫病により多数の人民が死亡

1434(永享6)

1月 20日 鎮西探題・渋川満直(45)、横岳頼房と肥前国神崎に戦い、敗死
2月 14日 京で大火。因幡堂、万寿寺等類焼
5月 世阿弥、足利義教より佐渡に流刑を命じられる
8月 宇佐八幡宮炎上
10月 4日 延暦寺僧徒、入洛し神輿を鴨河原に放置して退去する

1435(永享7)

1月 足利持氏、東国の諸将に命じて足利満貞を討伐させる
2月 4日 幕府、延暦寺の僧を捕らえて悲田院で殺害
5日 延暦寺衆徒、総持院・根本中堂を焼き、多く自殺する
5月 15日 幕府、延暦寺や五山の悪僧を斬殺する
10月 13日 貞成親王、古今著聞集を天皇に進上する
11月 世阿弥、佐渡正法寺の勧進で「俊寛」を舞い、沖に赦免船の幻を見せる<「俊寛」抄――または世阿弥という名の獄――>

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