8月のお勧めCDから 2001/8/24
Cuatro manos con el tango

プーロ・アプロンテ/
クアトロ・マノス・コン・エル・タンゴ(タンゴを奏でる4つの手)
Puro Apronte / Cuatro Manos con el Tango
(Welt Wunder CD WW 304-2) ドイツ盤・1998年発売


[1] Orlando Goñi [2] La viruta [3] El andariego [4] A media luz [5] Inspiracion [6] La puñalada [7] Silbando [8] Camandulaje [9] El amanecer [10] Sin vuelta de hoja [11] Quejas de bandoneon [12] La cachila [13] La catrera [14] Milonga de mis amores [15] De puro guapo [16] Mi noche triste

プーロ・アプロンテは、ピアノとバンドネオンからなるドイツのデュオ。ピアノのロバート・シュミットは、最初クラシックを学んでいたが、やがてジャズや即興音楽へと興味の対象を移し、ピアソラ作品を通じてタンゴと出会った。1994年にタンゴ・レアルというグループを結成している。バンドネオンのペーター・ライルは、チェロからバンドネオンに転向し、23歳の時に最初のタンゴ・アンサンブルを結成。一時期はタンゴ・レアルのメンバーとして、演奏だけでなく編曲面でもシュミットに協力した。また最近ではオランダのセステート・カンジェンゲの第2バンドネオン奏者としてアルバム"Tango Maxima"にも参加している(現在は脱退)。
グループ名となっている「プーロ・アプロンテ」というのは、ドミンゴ・プラテロッティとフェリクス・ヴィージャ(2人とも有名な人ではない)が合作したタンゴのタイトルで、タイトルは競争馬の試走のことらしい。一般的に知られている作品ではないが、1949年にアルフレド・ゴビ楽団が録音したことで、一部のファンにとっては印象深い曲となった(ほかにフリオ・デ・カロ楽団、エクトル・バレーラ楽団の録音もある)。そう、彼らプーロ・アプロンテは、ゴビの音楽をこよなく愛し、そこから大きな影響を受けているのである。冒頭の3曲を始め、「カマンドゥラーヘ」「シン・ブエルタ・デ・オハ」「ラ・カトレーラ」と、ゴビ楽団のレパートリー(ゴビの自作もあれば、他の作曲家の作品もある)を、独特のスウィング感を持ったゴビのスタイルそのままにアレンジし直し、たった2人で演奏しているのである(「ア・メディア・ルス(淡き光に)」もゴビは録音しているが、ここでのアレンジはそれとは異なる)。単なる研究熱心という以上にゴビの音楽の本質が捉えられているのには、心底感心させられる。
それ以外のレパートリーはスタンダードが多い。ことさらゴビ風のアレンジというわけではないが、きびきびと引き締まった演奏は実に心地良く、特にペドロ・ラウレンス作「デ・プーロ・グアポ(男意気で)」などは素晴らしい。それにしても、これがドイツ人の演奏なんて、以前なら考えられなかっただろう。彼ら2人とも本場アルゼンチンに乗り込んでの演奏経験も豊富とはいえ、アルゼンチン人以上にアルゼンチン人らしい演奏とすら言えるかも知れない。技術も解釈も、とても見事なものである。


Juntos por el tango

アニバル・アリアスとオスバルド・モンテス/
フントス・ポル・エル・タンゴ(2人でタンゴのために)
Anibal Arias - Osvaldo Montes / Juntos por el tango
(EPSA Music 17096) アルゼンチン盤・1997年発売


ギターのアニバル・アリアス(1922年生まれ)とバンドネオンのオスバルド・モンテス(1934年生まれ)のデュオが、歌手のワルテル・グティエレスと共に現在来日中である(既に公演はほとんど終了し、6月23日の藤沢公演が最終となる)。アリアスもモンテスも大変な名手として幅広く信頼を集めているが、演奏にこれみよがしなところはこれっぽっちもなく、彼らの性格にも派手なところがない。2人とも様々な大物アーティストとの共演歴を誇っているものの、自分がリーダーになって華々しく活躍する、というような場面はなかったのである。アリアスは1971年頃にギター・ソロによるアルバムをリリースしたこともあるが、ほとんど知られていない。モンテスにしても、自分の楽団を率いるだけの力量は十分持ち合わせているはずだがその経験はなく、いつもサポートに徹していて、「おれは脇役で結構」といった風情すら漂わせている。
アリアスとモンテスは1970年からデュオでの演奏活動を行っているが、録音とは無縁のまま30年近くが経過し、ようやくアルバムを制作したのは1997年のこと。それが今回ご紹介するCDである。マイペースにも程があるというものだ。それでも、このCDや日本を含む海外公演などのおかげで、そんな彼らにもスポットライトが当たるようになったのは嬉しい限り。6月21日の横浜公演は、平日の昼間だったにもかかわらずかなりの盛況だった。
彼らには、1999年6月にやはりグティエレスと共に来日した際のライヴ盤『今ひとたびの』(Monton AL1004)という日本制作のCDもある。そちらでもよかったのだが、今回『フントス・ポル・エル・タンゴ』の方を選んだのは、録音や演奏の精度と、選曲の良さという面で、本作の方にやや軍配が上がると思われたからである。彼らの演奏において、ギターとバンドネオンはどちらがメインでもサブでもなく、「持ちつ持たれつ」の関係が絶妙な息づかいと共に展開していく。お互いを知り尽しているからこそ、そのワザも際立つというものだ。そして2人とも、身体と楽器が一体化しているかの如く自然に音を紡ぎ出していて、それがまた素晴らしい。


6月のお勧めCDから 2001/6/1
From Argentina To The World

マリアーノ・モーレス/フロム・アルヘンティーナ・トゥ・ザ・ワールド
Mariano Mores / From Argentina To The World
(EMI 8378622) アルゼンチン盤・1996年発売


マリアーノ・モーレス(1922〜)は、まず第一に傑出した作曲家として知られている。「ウノ」「タンゲーラ」「タキート・ミリタール(軍靴の響き)」「グリセル」「エン・エスタ・タルデ・グリス(灰色の昼下がり)」「エル・パティオ・デ・ラ・モローチャ(モローチャの中庭)」といった名曲の数々は、いずれもモーレスが1940〜50年代に書いた作品。どれをとっても、それまでのタンゴにはない洗練された響きを持っていたのが、広く人気を集めた一番の理由だろう。とにかく美しいメロディを書ける人なのである。
タンゴの大衆化に貢献したフランシスコ・カナロのもとでピアニスト/作編曲家としての修業を積んだモーレスは、タンゴの国際化を目指し、従来のオルケスタ・ティピカの編成や、そこで使われる楽器に拘らない、独自のカラーを持った大編成の楽団、グラン・オルケスタ・リリカ・ポプラール(タンゴ入門講座の第8回参照)を率いて活躍。生粋のエンターテイナーでもあるモーレスは、レビュー形式のショー・アップされたステージを繰り広げ、現在に至るまで広く大衆の支持を集めてきた。その一方で、管楽器などが派手に使われたそのサウンドからはタンゴらしさが失われているという批判もないわけではなかったが、他の誰でもないモーレス独特のサウンドを生み出したという点では、文句のつけようのないところだと思う。
20曲入りのこの編集盤CDには、グラン・オルケスタ・リリカ・ポプラールによる1956〜70年の録音が集められているが、半分以上は57年の録音。確かにこの時期に上質の演奏が集中していたので、この選曲は妥当なところだろう。4曲を除いてはすべてモーレスの作品で、冒頭に挙げた曲目もすべて収められている。そうしたヒット曲の数々もいいが、タイトル通りのラプソディというかタンゴ管弦楽といった趣の「タンゴ・ラプソディア」や、美しさが絶品のワルツ「バルス・デ・ラ・エボカシオン」あたりにも是非耳を傾けて頂きたい。「グリセル」もここではタンゴ幻想曲にアレンジされていて、実に美しい。既成曲を取り上げた中では「ラ・クンパルシータ」のアレンジに独創性が光っている。


Tangos de la guardia vieja

セサル・サニョーリ・トリオ/古典タンゴ名演集
Cesar Zagnoli y su trio / Tangos de la guardia vieja
(Divina TKF-CD-27) 日本盤・1996年発売 (問い合わせは発売元まで)


先日90歳の誕生日を迎えたセサル・サニョーリは、ウルグアイが誇る最高のピアニスト。首都モンテビデオでの活動の後、40年代から50年代前半にかけてブエノスアイレスのタンゴ界で腕を奮ったサニョーリは、タンゴ入門講座の第5回でもご紹介したように1954年にモンテビデオに戻り、バンドネオン、ピアノ、コントラバスというトリオを結成した。バンドネオンのルイス・ディ・マテオは、70年代には自己のトリオを率いて活躍、その後はヨーロッパを拠点にかなりモダンなスタイルでの演奏活動を行っている。
バンドネオン+ピアノ+コントラバスの組み合わせは、それまではまったく一般的ではなかったのだが(少なくとも記録上は前例がない)、サニョーリたちの演奏は、40〜50年代のオルケスタ・ティピカによる演奏スタイルのエッセンスを見事に抽出しながらも、きびきびと引き締まり、とてもバランスのとれたものだった。トリオ演奏の先駆けであると同時に、この編成の代表格のひとつにも挙げられるほど完成度は高かった。そこには、ブエノスアイレス時代にフアン・カルロス・コビアンやアルフレド・ゴビ、エクトル・バレーラなどの名だたるオルケスタ・ティピカで活動した経験がしっかりと反映されていたのである。
このCDは、そんなサニョーリ・トリオの最好調期である1958〜60年に録音された2枚のLPからの編集盤で、サニョーリのCDとしては世界でも唯一のもの。恐らく日本で最もウルグアイの音楽全般に詳しい西村秀人氏による丁寧な編集が嬉しい。元になっているLPのうち1枚は、エドゥアルド・アローラスの作品集。もう1枚はグアルディア・ビエハ集(グアルディア・ビエハとは、初期のタンゴを指す言葉。詳しくはいずれタンゴ入門講座で取り上げる予定)だが、そちらにも別のアローラス作品が何曲か含まれている。本CDでも聴ける「ラ・カチーラ」「デレーチョ・ビエホ」を始め、幾多の名作を残したバンドネオン奏者アローラス(1892〜1924)は、タンゴ初期の最重要作曲家の一人だが、豪快でスケールの大きなその作風は、サニョーリの骨太なスタイルとよくマッチしている。


Carlos Di Sarli Best Selection

カルロス・ディ・サルリ楽団/カルロス・ディ・サルリ・ベスト・セレクション
Carlos Di Sarli y su Orquesta Tipica / Carlos Di Sarli Best Selection
(RCA BVCP-2646) 日本盤・1995年発売


“タンゴの紳士”と呼ばれたピアニスト、カルロス・ディ・サルリ(1903〜1960)は、初めて楽団を率いた20代の時から、常に黒メガネ(サングラスというより、この表現の方が似つかわしいだろう)をかけていた。ある事件がもとで目が不自由になったかららしいのだが、真相は不明である。そんなミステリアスな雰囲気を漂わせていたこの偉大なマエストロは、完璧な統制力で楽団を率いるそのさま自体が、実に魔術的だったような気がする。
ディ・サルリのオルケスタ・ティピカのサウンドは、オスバルド・フレセド(1920年代にフリオ・デ・カロと並んでタンゴの編曲手法を確立したバンドネオン奏者/楽団指揮者)の流れを汲むものだが、独創性という点で40〜50年代に活躍した楽団の中でも群を抜いていた。テンポはほとんど一定、細かいスタッカート(これが技術的には大変難しい)と優雅なレガートの繰り返しが基調で、ディ・サルリ自身によるカッコいいフィル・イン(いわゆるオカズ)が合間に入る。バンドネオンのバリエーション(変奏)は一切なし(唯一の例外として、マエストロに隠れてメンバーが考えついたバリエーション付きの「エル・チョクロ」がある)。
私がタンゴを聴き始めたのは17年ほど前だが、ピアソラ以外のアーティストで最初に好きになったのがディ・サルリだった。同じ頃にオスバルド・プグリエーセも聴き始めていたのだが、プグリエーセは複雑で最初はよく理解できなかった。それに対してディ・サルリのシンプルなサウンドは、すっと私の耳に馴染んでくれたのだが、ディ・サルリのサウンドは単純なようで、実に奥が深い。何度聴いても飽きるどころか、その魅力から逃れることは出来ない。
私は、「夜明け」や「大きな人形」「たそがれのオルガニート」「エル・インヘニエロ」「コム・イル・フォー」といったタンゴの古典曲を、ディ・サルリの演奏を通じて知った。今日ではスタンダードとして知られているこれらの曲の多くが、実は昔作られたまま忘れ去られていて、それをディ・サルリが掘り起こした、などという“史実”は、後になってからだんだん判ってきたことである。また、「ミロンゲーロ・ビエホ」や「バイア・ブランカ」といった傑作を書いた作曲家としての姿も忘れ難い。


4月のお勧めCDから 2001/4/20
Concierto para quinteto

アストル・ピアソラ/五重奏のためのコンチェルト
Astor Piazzolla / Concierto para quinteto
(RCA BVCM-35002) 日本盤・1998年発売


アストル・ピアソラの国内盤CDは数多く発売されていて、実はその多くは私が監修したものだったりするのだが、内容の素晴らしさの割に見落とされがちではないかと思われる1枚を紹介しよう。
ピアソラが率いた様々な編成のグループのうち、最も知られていて人気も高いのが五重奏団(キンテート)だが、メンバーと活動時期によって大きく二つに分けられる。第1期は1960年から1973年まで、第2期が1978年から1988年まで。とりわけヴァイオリンにフェルナンド・スアレス・パス、ピアノにパブロ・シーグレルを擁した第2期は、4度の来日公演や『タンゴ:ゼロ・アワー』『ライヴ・イン・ウィーン』を始めとする多くの傑作アルバムによって、より親しまれているが、第1期に残された演奏の数々も、それらに勝るとも劣らないほど重要である。
第1期を代表する名盤というと、『ニューヨークのアストル・ピアソラ』が筆頭に挙げられるだろうが、これは最新リマスタリングが施された新装盤が秋頃にはリリース出来る見込み。「ブエノスアイレスの四季」全曲を収録した名作ライヴ『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ1970』もお馴染みだろうか。
『五重奏のためのコンチェルト』は、そのレジーナ劇場でのライヴ盤に引き続いて1970年末に録音されたもので、前半(LPではA面だった)では結成10周年を迎えたピアソラ五重奏団の白熱の演奏が収められている(メンバーはピアソラのほかアントニオ・アグリvn、オスバルド・マンシp、カチョ・ティラオg、キチョ・ディアスb)。とりわけタイトル曲は、5人のメンバーの壮絶なテクニックが爆発する名演。後に『タンゴ:ゼロ・アワー』などで再演されているが、オリジナル録音の凄みにかなうものではない。後半(LPのB面)は、ほかではほとんど聴けないピアソラの味わい深いバンドネオン・ソロがまとめて楽しめる。それも自作曲ではなく、ピアソラが愛した1920〜30年代のロマンティックなタンゴの名作を取り上げているところが重要。そして本編最後のエンリケ・デルフィーノ作「ボヘミアンの想い出」は、レオポルド・フェデリコアントニオ・リオス、ロドルフォ・メデーロスとのバンドネオン4重奏という貴重な録音。更にボーナス・トラックとしてアニバル・トロイロとのバンドネオン・デュオ2曲なども収められている。


4月のお勧めCDから 2001/4/13
Por la vuelta

カメラータ・プンタ・デル・エステ/ポル・ラ・ブエルタ(めぐり逢い)
Camerata Punta del Este / Por la vuelta
(Testigo TT 10117) アメリカ盤・1999年発売


ラ・プラタ川を挟んでアルゼンチンと接する小国ウルグアイの首都モンテビデオは、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスとともにタンゴを育んできた重要な場所である。街としての規模の小ささ故、多くのウルグアイ出身のタンゴ・アーティストは活動の場を求めてブエノスアイレスへ、世界へと流れていったが、あくまでもモンテビデオを拠点に活動を続けている人たちももちろんいる。
カメラータ・プンタ・デル・エステは、モンテビデオのピアニスト、マノロ・グアルディアが1969年に結成したウルグアイの室内楽団。1971年のファースト・アルバム発表時には“カメラータ・デ・タンゴ”を名乗っていたが、レパートリーにブラジル音楽やクラシックも加えたためか翌年には“カメラータ”と改名、75年から現在のグループ名となった。グアルディアは70年代後半にはグループを離れたが、以後も彼らはメンバー・チェンジを繰り返しながら活動を続け、このアルバムがリリースされた1999年には活動30周年を迎えた(現在、結成当初からのメンバーは2人)。同時期にベスト盤"Treintangos"(ウルグアイSondor 8.110-2)もリリースされていて、そちらでは30年の活動歴を俯瞰できる。
活動時期によって楽器編成も多少異なり、80年代前半にはシンセサイザーまで加えてプログレッシヴ・ロック寄りのアプローチを見せたことすらあった彼らだが、近年はヴァイオリン×2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノ、パーカッションという編成で活動している。いずれにしても、弦楽器とピアノが中心でバンドネオン抜きというスタイルは一貫している。
レパートリーは古典からピアソラまでのタンゴを自分たちや外部の編曲家がアレンジしたものと、メンバーたちのオリジナルで構成されているが、とにかく編曲も演奏もセンスがすこぶる良い。全員がクラシックでも活躍している演奏家たちだが、タンゴ的なノリも実に見事なのである。例えば歌曲として有名なエスポシト兄弟作「ナランホ・エン・フロール(花咲くオレンジの木)」が、変奏曲といった感じの7分近い大作に仕立て上げられていたり。ピアソラのパリ時代の作品「セーヌ川」も同様だ。元メンバーでコントラバスのビニシオ・アスコーネの在籍時の作品「ラ・イスラ・デ・ラ・ガルデニア・アスール」の美しさも絶品。


From Argentina to the World

ラウル・ガレーロとグラン・オルケスタ/
フロム・アルヘンティーナ・トゥ・ザ・ワールド
Raul Garello y su gran orquesta / From Argentina to the World
(EMI 7243 4 94431 2 9) アルゼンチン盤・1998年発売


ラウル・ガレーロ(1936年生まれ)は、現在のタンゴ界を代表するバンドネオン奏者/楽団指揮者/作・編曲家のひとり。アルベアール劇場で毎週木曜日に入場無料のコンサートを行っているブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラの指揮者をカルロス・ガルシーアと共同で務めているので、ブエノスアイレスを訪れたタンゴ・ファンには馴染みのある存在だが、1991年に某イベントのため来日して名古屋で演奏した以外に本格的な日本公演の機会には恵まれないままなのが惜しまれる。
ガレーロは63年から75年までアニバル・トロイロ楽団に在籍し、アレンジャーとしても頭角を現した。その後は様々な人気歌手の伴奏などを務め、77年からEMIに大編成オルケスタを率いての録音を開始した。このCDは、77年、80年、81年にそれぞれ録音された3枚のアルバムからの曲目を中心に、86年に録音されながら編集盤でしか聴けなかった4曲や、見事なバンドネオン・ソロによる自作曲「ラ・ダンサ・デル・フエジェ(バンドネオンの踊り)」の新録音を収めた編集盤。ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」全曲(録音年はバラバラ)がまとめて聴けるのも嬉しい。曲目のダブらないもう1枚の編集盤 "Orquestas de Buenos Aires" (Pampa/EMI 8 53372 2)と併せて聴きたいところだが、こちらは残念ながら入手困難のようだ。
ガレーロのグラン・オルケスタ(録音のための編成)は、オルケスタ・ティピカに弦などを大幅に増強したもので、ファーストLPに書かれているメンバー表によると、バンドネオン4人にヴァイオリン12人、ヴィオラ3人、チェロ3人、コントラバス、ピアノ、フルート、オーボエ、ドラムスというもの。ヴァイオリン・ソロを弾いているのはピアソラ五重奏団でお馴染みのフェルナンド・スアレス・パスで、他の録音にはクレジットがないが同様に彼が弾いているのは間違いない。ちなみに、ブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラでのサウンドもこの延長線上にある。
今日的感覚をうまく取り入れたそのダイナミックなサウンドは実に魅力的で、フレージングなどにも個性が光っている。代表作「マルガリータ・デ・アゴスト(8月のマルガリータ)」など作曲のセンスも素晴らしい。大編成によるタンゴの在り方をはっきりと提示したマエストロとして、より幅広く聴かれて欲しい存在なのである。


Al compas del corazon

ミゲル・カロー楽団/アル・コンパス・デル・コラソン(心のときめき)
Miguel Calo y su orquesta tipica / Al compas del corazon
(DBN/EMI 8374132) アルゼンチン盤(1996年発売)


ミゲル・カロー(1907〜1972)は、長きにわたり自らのオルケスタ・ティピカを率いて活躍したビッグ・アーティストのひとりだが、その楽団に数多くの優れた人材が去来したことでもよく知られている。無名時代のアストル・ピアソラも短期間だがこの楽団で修業したことがあるぐらいだし、やはり短期間だが1930年代後半には、ピアニストにオラシオ・サルガンやオスバルド・プグリエーセといった後のビッグネームが参加したこともあった。
カロー楽団の長い歴史の中でも、ピアノのオスマル・マデルナ、バンドネオンのドミンゴ・フェデリコやアルマンド・ポンティエル、ヴァイオリンのエンリケ・マリオ・フランチーニといった、後にタンゴ界で大きな影響力を持つことになる当時の若き俊英たちが演奏、作曲の両面で楽団を支えていた1940年代前半は、最も重要なエポックだった。この編集盤は、1942〜44年の録音から専属歌手のラウル・ベロンが歌った16曲を集めたものである。
オルケスタ・ティピカの演奏スタイルの二大潮流としては、フリオ・デ・カロ楽団やオスバルド・プグリエーセ楽団のようにルバートを駆使してねばっこいリズムを生みだして行くタイプと、オスバルド・フレセド楽団やカルロス・ディ・サルリ楽団のように一定のリズムの中で微妙なニュアンスを出して行くタイプとに分けることができるが、カロー楽団は後者の代表格のひとつ。歌手のベロンも堂々たる歌いぶりで、1940年代の王道といった雰囲気が味わえる。
このCDを推薦する理由は他にもあって、実はここには「アサバーチェ」のオリジナル・ヴァージョンが収録されているのである。日本が誇る若手タンゴ歌手のホープ、ロベルト杉浦がコンサートで小松亮太&ザ・タンギスツをバックに歌ったこの曲の演奏に感動した方も多いと思うが、この曲は1942年、当時カロー楽団に在籍中のエンリケ・フランチーニが、かつてカロー楽団でピアノを弾いていたエクトル・スタンポーニと共作し(作詞はオメロ・エスポシト)、カロー楽団が初演したもの。ロベルト&亮太がお手本としたのはピアソラの弦楽オーケストラによる1956年の録音(歌はホルヘ・ソブラル)なのだが、そちらは残念ながらCD化されていない。


Troilo interpreta a Troilo

アニバル・トロイロ/
トロイロ・インテルプレタ・ア・トロイロ(トロイロ自作自演集)
Anibal Troilo / Troilo interpreta a Troilo
(RCA/BMG 74321 56613-2) アルゼンチン盤(1998年発売)


“ピチューコ”または“ゴルド”(でぶ)の愛称でブエノスアイレス市民から親しまれたアニバル・トロイロ(1914〜1975)こそは、タンゴ史上最高の歌手カルロス・ガルデルと並ぶアルゼンチン・タンゴ界の象徴的存在である。
フリオ・デ・カロ(タンゴ入門講座「オルケスタ・ティピカ」その1参照)のスタイルを継承した楽団を率い、1940年代のタンゴ黄金時代の立役者となったトロイロは、類稀なバンドネオン奏者であり、数多くの優秀かつ将来有望な人材(ピアソラもそこには含まれる)を楽団メンバーに登用して育てあげたことでも知られている。40年代前半の若々しく軽快なテンポの演奏も魅力だし、後年の重厚なサウンドも聴き応え十分。歴代の専属歌手にもエドムンド・リベーロやロベルト・ゴジェネチェなど逸材が揃っていた。
1970年代前半まで第一線で活躍したトロイロは、何度かレコード会社を移籍しているが、その主だったところは、1941〜49年及び61年以降在籍したRCAビクターへの録音で聴くことが出来る。しかも、過去の歴史的音源への認識がはなはだ不十分なアルゼンチンには珍しく、一部のテイク違いを除いたRCA録音全361曲は、昨年までに16枚のCD(バラ売り)にまとめられた("Obra completa en RCA Vol. 1〜16")。全てを揃えるのはさすがにヘヴィーと思われるかも知れないが、トロイロはジャズでいえばデューク・エリントンに相当する存在でもあり、一気に揃えてタンゴの真髄を思いきり味わうのも悪くないだろう。
もちろん、16枚の中から、時代や曲目や歌手などの好みでどれかをピックアップしてもいいのだが、いきなりは難しいだろうし、とりあえずダイジェスト的な編集盤を聴いてみるのもいいかも知れない。そこで選んでみたのが本CD。これは、トロイロのRCA録音の中から、自作曲ばかりを集めた編集盤。そう、トロイロは作曲家としても、タンゴ史に残る不朽の名曲をいくつも書いているのである。もちろんこれ1枚ですべての傑作をフォローできるわけもなく、「チェ・バンドネオン」「レスポンソ」といった曲目が落ちているが、それでも作曲家としてのトロイロの姿を一望することは可能だ。楽団+専属歌手の組み合わせによるものがほとんどだが、エドムンド・リベーロが創唱した1948年の「スール(南)」だけでも聴く価値がある。また、小松亮太が新作のアルバム・タイトルにもした「ラ・トランペーラ」は、トロイロとギターのロベルト・グレラを中心とした四重奏団の名演で楽しめる。


2月のお勧めCDから 2001/2/9
Hugo Diaz

ウーゴ・ディアス/
魂のタンゴ・ハーモニカ〜ブエノスアイレスのウーゴ・ディアス
Hugo Diaz / Hugo Diaz en Buenos Aires
(Victor VICP-60902〜3) 国内盤(1999年12月発売)


タンゴで使われる楽器といえば、やはり最初に思い浮かぶのがバンドネオン。広義のアコーディオン属の一種であるバンドネオンは、蛇腹を開閉することで送り込まれる空気が金属のリードを振るわせることで音が出る。一方、構造は全く異なるものの同じくリード楽器であるハーモニカとなると、一般的に親しまれている楽器であるものの、タンゴで使われるケースはほとんど皆無である。
今日ご紹介するハーモニカ奏者、ウーゴ・ディアスも、本来はフォルクローレの演奏家である。彼は酒の飲み過ぎで、1977年に僅か50歳でこの世を去ってしまったのだが、1972年から75年にかけて、素晴らしい内容の4枚のタンゴ・アルバムを残した。この2枚組CDは、カルロス・ガルデルの作品集である第4作(輸入盤CDで入手可能)を除くLP3枚分の全曲を収録したもので、私が監修を務めさせてもらったビクターからの「タンゴの殿堂」シリーズの中でも、特に力を入れた一枚である。そういえば、かつて話題になったサリー・ポッター監督の映画『タンゴ・レッスン』では、ここにも収録されている「悲しきミロンガ」が冒頭に使われていて(同映画のサウンドトラック盤にも収録)、ポッターの慧眼に感心した覚えがある。
ピアノ(名手ホセ・コランジェロ)とギター2本、コントラバスの伴奏を得たウーゴ・ディアスは、タンゴのスタンダードな名曲の数々を自由奔放に吹きまくる。かなり即興の部分も多いと思われるが、その演奏はタンゴの本質にズバリと迫ったもの。魂のほとばしるようなその熱い演奏は、唇から血が吹き出してしまうのではないかと思わせるほど力強く情熱的で、聴き手の心にストレートに訴えかけてくる。
なお、ウルグアイ出身で何枚もCDをリリースしているバンドネオン奏者にも、ウーゴ・ディアスという同姓同名の人物がいるので要注意。


CD 51364

マリア・グラーニャ/マリア
Maria Graña / Maria (DBN CD 51364) アルゼンチン盤

タンゴ界は、これまでに数多くの素晴らしい歌手を排出してきたが、現在活躍する女性歌手で、文句なしにトップ・クラスにランクされるのが、マリア・グラーニャ。包容力に溢れたみごとな感情表現、随所に感じられるセンスの良さが何よりの魅力である。
オスバルド・プグリエーセに見出されて1971年にデビューした彼女は、その後順調に活動を続けたものの、アルゼンチンの音楽業界が深刻な不況に見舞われたこともあって、1980年代中期以降はレコーディングの機会にも恵まれなかった。だが、復帰作となったこのアルバム(95〜96年録音)は、近年のタンゴ界にとって稀に見る傑作となった。夫君でもあるプロデューサー、モチン・マリフィオティのサポートのもと、様々なゲスト歌手や伴奏陣を迎えた彼女は、その実力を遺憾なく発揮したのである。
メルセデス・ソーサやバレリア・リンチといったアルゼンチンのスーパースターとのデュエットも楽しいし、ギターのフアンホ・ドミンゲスやバンドネオンのワルテル・リオスらの伴奏も見事だが、中でもフォルクローレの名手、ドミンゴ・クーラのボンボ(フォルクローレで使われるパーカッションの一種)のみをバックにしての「エル・チョクロ」は鳥肌もので、圧巻としか言いようがない。
取り上げられたレパートリーも、「マレーナ」「花咲くオレンジの木(ナランホ・エン・フロール)」をはじめ、真の名曲が揃っていて、現代に生きる歌のタンゴの醍醐味を味わうには最高の一枚。


見付けたら買っとけスペシャル 2000/12/14
MH 10047-2

ウーゴ・バラリス/タンゴス・セテンタイトレス(73年のタンゴ)
Hugo Baralis / Tangos setentaytres (Music Hall MH 10047-2) アメリカ盤

日本に初めてアルゼンチンから本場のタンゴ楽団がやってきたのは、1954年のこと。そのフアン・カナロ楽団の実質的なリーダーだったのが、ヴァイオリンのウーゴ・バラリス。アストル・ピアソラの最初の楽団(1946〜48)で第1ヴァイオリンを弾き、オクテート・ブエノスアイレスやコンフント9(ヌエベ)などその後のピアソラのグループで第2ヴァイオリン奏者を務めたバラリスは、ピアソラの無二の親友でもあった。このアルバムは、そのバラリスが「ピアソラの線で何かやってみたかった」と、ピアソラ五重奏団と同じ編成で1973年に録音した、唯一のリーダー・アルバム。これが素晴らしい出来栄えなのである。
バラリスには、エンリケ・フランチーニやアントニオ・アグリ、フェルナンド・スアレス・パスのようなカリスマ姓こそないが、独特のヴィブラートのかかったそのプレイはタンゴ性にあふれ、胸にしみる。メンバーも豪華で、ピアノはオラシオ・オマール・バレンテ、そしてバンドネオンは若き日のダニエル・ビネリ(27歳)。当時オスバルド・プグリエーセ楽団のメンバーだったビネリだが、今聴いてもビネリの個性的な奏法がこの時点で既に確立されていたことがはっきり判る。ほかにベースはピアソラ五重奏団でおなじみのエクトル・コンソーレ、そしてエレキ・ギターがルーベン・チョチョ・ルイス(CDにはメンバーが記載されていない)。編曲は曲によってバレンテのほかにロドルフォ・メデーロス、ルイス・ディ・マテオと、こちらも豪華だ。
レパートリーは、日本での印象をもとにした自作「アノネ」のほか、バレンテ作品にピアソラ作品、そして「ロス・マレアドス」「恋人もなく」といった美しい作品が並ぶ。
実はこのCD、かなり前に廃盤になっているはずなのだが、今でも時折在庫処分セールなどで安く売られているのを見掛けることがあるので、もし見つけたら、速攻ゲットしておくことをお勧めする。



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