『アストル・ピアソラ 闘うタンゴ』正誤表〜本編

無印は第2刷(1998年11月5日発行)で、印は第3刷(2005年11月5日発行)で、それぞれ訂正された分です。読者の皆様にはご迷惑をお掛け致しましたことをお詫び申し上げます。

★p4(目次) 最終行
アンドレ・ヘレル(誤)→アンドレ・ヘラー(正)

★p10 本文6行目
プグリア地方(誤)→プーリア地方(正)

p13 10行目
シカゴ管弦楽団(誤)→シカゴ交響楽団(正)

p45 上写真キャンプション
『想いのとどく日』のワンシーン。(誤)→『想いのとどく日』のスチール写真。(正)

★P46 3行目
Camica nera(誤)→Camicia nera(正)

p52 下段注2行目
Valdaro(誤)→Vardaro(正)

p73 下段注18行目
『アストロタンゴ』(誤)→『アストルタンゴ』(正)

★p97 12行目
でも緊急事態を前にして、誰も残っていなかったんだ。(誤)→
でも緊急事態を前にして、ほかの手段はなかったんだ。(正)

★P104 10行目
「杯、友人たち、そして口づけ」Copas, amigos y besos(誤)→
「酒、女友だち、そして口づけ」Copas, amigas y besos(正)

p120 下段注1行目
Jan Jose'(誤)→Juan Jose'(正)

★p135 1〜2行目
一九五三年の「同じ罪」(誤)→一九五一年の「同じ罪」(正)

★p145 13行目、p145 脚注58 1行目
ファビエン・セヴィツキー(誤)→ファビアン・セヴィツキー(正)

★p145 脚注58 本文3行目
ファビエン・クーセヴィツキー(誤)→ファビアン・クーセヴィツキー(正)

p149 写真キャンプション
右下《スプレンディ放送局出演告知》と左下《「プレパレンセ」楽譜表紙》が逆

★p151 脚注6行目
礼拝堂の学長(誤)→礼拝堂の楽長(正)

p152 6行目
マーシャル・ソラール(誤)→マーシャル・ソラル(正)

p156 10行目
独奏的(誤)→独創的(正)

★p189 最後から5〜6行目
家族を養うために銀行で翻訳者としてアルバイトせざるを得ないほどだった。(誤)→
家族を養うためにもう少しで銀行の翻訳者の職に就いてしまうところだった。(正)

★p198 脚注36 1〜2行目
Carlos Lauch(誤)→Carlos Rauch(正)

p208 11〜19行目を次の文に差し替え
 ラストを飾る「ホエン・アイ・ゴー・ウォーキング・イン・ザ・レイン」は、実はCD制作当時は作者が不明だったのだが、その後楽譜と照らし合わせた結果、ピアソラ自身の作品「ブロードウェイに雨が降る Llueve sobre Broadway(Il pleut sur Broadway)」と同一曲であることが判明した。あまりタンゴらしからぬ曲で、コーラスで歌われる英語の歌詞まで付いているのだが(この歌詞の作者が誰かは不明)、メロディーや展開に彼ならではの感覚が見いだせるのも確かではある。

p215 下段注16〜18行目
モスクワに渡って国営チャイコフスキー音楽学校で(誤)→モスクワ音楽院で(正)

p226 12〜13行目
ピアソラがマルビチーノの作品を取り上げたのはこれが唯一(誤)→
ピアソラがマルビチーノの作品を取り上げたのは「タンゴロジー」以来(正)

★P239 最後から5行目
一九六三年には同じCBSで(誤)→一九六二年には同じCBSで(正)

p239 下段注17行目
オスバルド・タランティーノ(誤)→オスバルド・ベリンジェリ(正)

p246 下段注16行目
「ラ・マリポーサ」(誤)→「ラ・ボルドーナ」(正)

★p248 6〜7行目
そして、まるでその道の専門家のように考えながら帰った。きっと彼は魔法使いだったんだね。(誤)→
後になってから、まるでその道の専門家のように意見を言い出した。彼は魔術師だったと思う。(正)

★P258 本文3行目
その年のある日、(誤)→翌年二月のある日(正)

★p259 7〜8行目
実は「十月の歌」のタイトルを変えただけのものだった。(誤)→
ひどい出来で、わずか数回演奏されただけでボツになった。(正)

p264 16行目
アントニオ・ブグリオーレ(誤)→アントニオ・ブグリオーネ(正)

p290 5行目
パリ在住の画家(誤)→パリ在住の造形芸術家(正)

★P294 最終行〜p295 1行目
「アイ短調のミロンガ」は未聴のため内容をご紹介できないのが残念だが、(誤)→
「アイ短調のミロンガ」はピアソラも加わった四重奏で伴奏されているが、(正)

★p339 4行目、同 終わりから6行目、p363 終わりから6行目、p365 1行目、p396 3〜4行目
カローゼッロ(誤)→カローセッロ(正)

p351 下段注23〜24行目
コンティネンタル(誤)→コンチネンタル(正)

p352 3行目
「庶民的なスミレ」はマリオ・トレーホとの合作。(誤)→
「みんなのビオレータ」はマリオ・トレーホとの合作で、ビオレータとはチリが生んだ偉大なフォルクローレ歌手ビオレータ・パラのこと。(正)

p359 15〜16行目
ジョルジュ・アルヴァニタ(誤)→ジョルジュ・アルヴァニタス(正)

p360 6行目、p367 17行目、p368 1行目・13行目、p374 1行目、p414 18行目、p450 17行目、p460 6行目・18行目、p514 15行目
「失われた小鳥たち」(誤)→「迷子の小鳥たち」(正)

★p385 6行目
カローゼッロ盤の(誤)→ブラジル・ピック盤の(正)

p394 下段注17〜18行目
『ラ・コネクシオン・ラティーナ』(誤)→『ラ・コネクシオン・ポルテーニャ』(正)

p400 15行目
ロセンドとロー・リジャネロ(誤)→ロセンドとルハンの女(正)

p411 14行目
「コンパードレ」は仲間という意味があるが(誤)→
「コンパードレ」は定職を持たない下町の住人のことを指すが(正)

p415 7行目
これは一九八〇年に(誤)→これは一九八一年四月に(正)

p418 5行目
一九八五年には(誤)→一九八四年には(正)

p429 下段注2行目
1924・7・21(誤)→1925・7・21(正)

p437 6〜7行目
ソロの途中でスアレス・パスが間違えてしまい、それにつられてバラリスが二拍早く入ってしまうところがあるのが惜しい。(誤)→
ソロの途中でヴァイオリンの弦が切れたか何かのアクシデントが起こり、流れに支障を来してしまったのが惜しまれる。(正)

★p439 6行目、p542 7行目
《七つのシークエンス》(誤)→《苦悩》(七つのシークエンス)(正)

★p454 最後から7行目及び3行目、同 脚注36 1行目、p455 5行目、7行目、9行目、12行目
(アンドレ・)ヘレル(誤)→(アンドレ・)ヘラー(正)

★p455 7〜9行目
オリジナル盤の入手は叶わず、ロックンロール調(!)だという「リンデンベルク」は未聴だが、(誤)→
ただし、ロックンロール調(!)だという「リンデンベルク」は結局アルバム未収録に終わった。(正)

★P455 10行目
に収録されていた。(誤)→にも収録されている。(正)

p467 16〜17行目
ウルフィン・リエスケ(誤)→ヴルフィン・リースケ(正)

p485 15行目
「ミロンガ・イズ・カミング」はタイトルに反してミロンガではない。インティメイトな…(誤)→
「ミロンガ・イズ・カミング」はインティメイトな…(正)

p489 下段注10行目
アル・ディ・メオラ(誤)→パコ・デ・ルシア(正)

★P516 6行目
話したり動揺したりしたのに(誤)→話をしたり騒いだりしたのに(正)

p528 11行目
得意技だが、タイトルに反して後半の合奏部分はフーガではない。(誤)→
得意技だが、後半のフーガにはひねりが加えてある。

p528 17行目
「ブラガート、譜面をめくれ」と英語で呼びかけているのが(誤)→
「譜面をめくるのを忘れちゃったよ」とひとりごとを言っているのが(正)

★p546 1行目
脳溢血(誤)→脳梗塞(正)

p557 18行目
イェラン・セルシェル(誤)→イョラン・セルシェル(正)

p564〜5 「主な参考文献」から次の1行が欠落
西村秀人「ウルグアイのポピュラー音楽と文化」(『イベロアメリカ研究』第17巻第2号、一九九五年)



「正誤表〜巻末資料(第2刷訂正分)」を見る

「ディスコグラフィー追補(第3刷)」を見る

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