タンゴの楽団編成(1) 「オルケスタ・ティピカ」その1

オルケスタ・ティピカとは、アルゼンチン・タンゴでもっとも基本となる編成の楽団のこと。英語で言うとティピカル・オーケストラ、つまりスペイン語で“標準的楽団”という意味だが、中南米各国でそれぞれ自国の音楽を演奏する上での標準的な編成のことを指しているので(現在では頻繁に使われているとは言い難いが)、タンゴの場合は「アルゼンチンでの標準」ということになる。

タンゴの世界で初めてオルケスタ・ティピカを名乗ったのは、1910年のビセンテ・グレコ(バンドネオン)の楽団が最初だが、これは今日で言うところのティピカ編成とは異なる。あくまでも大まかな「当時の標準」だったということだ。この時の編成は、バンドネオン×2、ヴァイオリン×2、ギター、フルートという6重奏だった。ギターとフルートは、いずれも初期のタンゴ(特にバンドネオンの本格的な導入以前)のアンサンブルでは重宝された楽器だが、ギターはピアノに取って変わられ、またフルートはバンドネオンにその役割を奪われて、基本的な編成から姿を消していく。ギターの低音弦(ボルドーナ)が奏でていた響き(ボルドネオ)は、コントラバスの導入などで補われていった。

バンドネオンとヴァイオリン、ピアノ、コントラバスという組み合わせによる、現代の標準となるオルケスタ・ティピカの基本的な形は、1910年代後半から1920年代初頭にかけてエドゥアルド・アローラス(バンドネオン)やオスバルド・フレセド(バンドネオン)、フアン・カルロス・コビアン(ピアノ)らがそれぞれ率いていた楽団(おおむね5重奏から6重奏)によって徐々に形づくられていったが、歴史的に見て最も重要なオルケスタ・ティピカは、1924年に結成されたフリオ・デ・カロ楽団(6重奏)である(写真参照)。アローラス、フレセド、コビアンといずれの楽団にも参加して腕を磨いてきたヴァイオリン奏者のデ・カロは、兄で楽団のピアニストを務めたフランシスコ・デ・カロらの協力のもと、バンドネオン×2、ヴァイオリン×2、ピアノ、コントラバスという6重奏のスタイルを完成の域にまで高めることに成功した。

それまでのタンゴの演奏は、乱暴に言ってしまえば、単純な「合奏」に近いものだった。それをデ・カロはこの6重奏団で大きく進歩させた。和声や対位法を駆使して豊かな響きを生み出し、楽団に於ける各楽器の役割を明確にさせたのである。1920年代当時の先端をいき、タンゴに於ける編曲という概念を作り上げたデ・カロこそは、後のアニバル・トロイロやオスバルド・プグリエーセ、更にはアストル・ピアソラにまで至る現代タンゴの基礎を築いた大人物と言えよう。後年ピアソラはデ・カロに捧げて「デカリシモ」(「とてもデ・カロ的な」という意味)という曲を書いている。

1930年代に入ると、他の楽団もデ・カロ自身も、更に豊かな響きを求めて、バンドネオンやヴァイオリンの数を増やし始める。そして1940年代にさしかかる頃には、バンドネオンが4人程度、ヴァイオリンに多くはヴィオラもしくはチェロ1本を加えた弦セクション4〜5人程度、ピアノ、コントラバスという編成が一般的となる。これがオルケスタ・ティピカ編成の最終的な形である。あと、忘れてはならないことは、40年代当時のすべてのティピカが専属歌手制を採っていたことで、1〜2名程度の歌手が楽団のもうひとつの看板となった。

要約すると、1920年代にはデ・カロ型の6重奏がオルケスタ・ティピカと呼ばれたが、現在では、オルケスタ・ティピカといえば1940年代以降定着したおおむね10〜11人前後の編成のことを指し、例えば20年代のデ・カロ楽団のことは「デ・カロ6重奏団」などと呼んで区別するのが一般的、ということになる。

この項続く


Julio De Caro y su Orquesta
フリオ・デ・カロ楽団(1926年)
(左から)フリオ・デ・カロ(コルネット・ヴァイオリン、指揮)、フランシスコ・デ・カロ(ピアノ)、ペドロ・マフィア(バンドネオン)、エンリケ・クラウス(コントラバス)、ペドロ・ラウレンス(バンドネオン)、エミリオ・デ・カロ(ヴァイオリン)


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