タンゴの音楽形式(2) 「ミロンガ」その2

忘れられた存在だったミロンガを復活させたのは、ピアニストで作曲家のセバスティアン・ピアナ(1903〜1994)だった。ピアナは1931年、作詞のオメロ・マンシ(1907〜1951)と組んで「ミロンガ・センティメンタル」を発表する。このミロンガは、かつての素朴な形のものではなく、音楽的に洗練された新しいものだった。またこの作品はマンシにとっても出世作となった。後年の「スール」などで高い評価を得る彼も、当時はまだ駆け出しの新人だったのである。「ミロンガ・センティメンタル」は、翌年ペドロ・マフィアの大編成オルケスタが演奏してから評判となり、多くの歌手や楽団が取り上げる人気曲となった。ピアナ=マンシのコンビは続いて「1900年のミロンガ(ミロンガ・デル・ノベシエントス)」を発表。この2曲はテンポの早いミロンガだが、ピアナ=マンシのもうひとつの傑作ミロンガである「悲しきミロンガ(ミロンガ・トリステ)」はタイプが異なり、ゆったりとしたテンポで牧歌的な香りを漂わせている。かつてパジャドールたちが歌った草原のミロンガは、タンゴとフォルクローレ(民謡)に枝分かれしていったわけだが、フォルクローレの分野でもアタウアルパ・ユパンキらによって、音楽的にはシンプルながら文学性を備えた新しい形に生まれ変わりつつあった。「悲しきミロンガ」には、そうしたフォルクローレ界の新しい動きからの影響も反映されていたのである。

1930年代のミロンガというと、「ラ・プニャラーダ」(邦題は「ナイフで一突き」または「刃物さわぎ」)をめぐるエピソードが面白い。ウルグアイのピアニスト、ピンティン・カステジャーノス(1905〜1983)は1933年、この曲をタンゴ・ミロンゴンという形式名で発表した。これは前回ご紹介したタンゴ・ミロンガ(昔風の力強いリズムのタンゴ)を更に強調した言い方らしい。発表して3年後の1936年、カステジャーノスがモンテビデオを訪れたフアン・ダリエンソにこの曲を聴かせたところ、ダリエンソ楽団のピアニスト、ロドルフォ・ビアジがミロンガにアレンジし直して楽団のレパートリーとしたのである。37年4月に録音されたダリエンソ楽団の「ラ・ブニャラーダ」は大ヒットし、それ以降この曲はミロンガの定番のひとつとなった。なお、フランシスコ・カナロ楽団は1937年6月にこの曲をもとのタンゴのまま演奏しているが、何とも間の抜けた感じで、全く面白くない。

それでは、1930年代以降に書かれたミロンガから、現在までよく演奏される代表的な作品をいくつか挙げてみよう。

 わが愛のミロンガ(ミロンガ・デ・ミス・アモーレス)(ペドロ・ラウレンス作曲、1937年発表)
 マノ・ブラバ(すご腕)(マヌエル・ブソン作曲、1940年頃)
 ラ・トランペーラ(うそつき女)(アニバル・トロイロ作曲、1950年)
 タキート・ミリタール(軍靴の響き)(マリアーノ・モーレス作曲、1952年)
 コラレーラ(アンセルモ・アイエータ、1950年代半ば)
 エル・フィルレーテ(マリアーノ・モーレス作曲、1950年代後半)
 ノクトゥルナ(フリアン・プラサ作曲、1959年)

いま挙げたのは、すべてテンポの早いミロンガである。「悲しきミロンガ」のようなゆったりしたものは、作品の数自体が少ない。その一方で、例えばユパンキ作「牛車にゆられて(ロス・エヘス・デ・ミ・カレータ)」のように、フォルクローレのミロンガをタンゴ楽団がレパートリーに加える場合もある。こうした作品は、タンゴに於けるミロンガと区別するために、ミロンガ・カンペーラ(田園のミロンガ)とかミロンガ・パンペアーナ(パンパのミロンガ)などと呼ばれたりする。

オスバルド・プグリエーセ楽団のバンドネオン奏者、オスバルド・ルジェーロが作曲し、1962年に同楽団が録音した「ボルドネオ・イ・900(ノベシエントス)」は、テンポの遅い部分と早い部分とで構成される、かなり凝った作りのミロンガである。タイトルのボルドネオとは、かつてのミロンガの土台をなした、ギターの低音弦のこと。900は1900年を指す。様々な要素を複合的に絡ませたこの作品の芸術的価値は高い。最後に、ミロンガといえばピアソラ作品も忘れてはならないが、ピアソラはテンポの早い一般的なイメージのミロンガは1曲も書いていない。「天使のミロンガ」「悪魔のロマンス」「ミロンガ・フォー・スリー」といった代表的なミロンガは、どれもテンポが遅い。かといってフォルクローレ的な雰囲気を漂わせているわけでもなく、これはピアソラ独自の表現というべきだろう。

(この項終わり)


Sebastian Piana
ミロンガ復興の功労者、セバスティアン・ピアナ(1937年)


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