タンゴの音楽形式(4) 「タンゴ」その2

タンゴにとって黎明期といえる1900年代から1910年代前半ぐらいに演奏されていた、タンゴのベーシックなリズム・パターンは、だいたい次の3つが1曲の中に組み合わされたような感じだったと思われる。 初期のタンゴのリズム・パターン
Aがミロンガ的なパターン、Bはその変形(細かいパターン違いはほかにもあり、ここでは一つの例として挙げてみた)、Cが1910年代後半以降定着するタンゴの基本パターンである。Aは、ミロンガ的とはいっても、1930年代以降のミロンガのようにテンポは速くない。楽団編成にバンドネオンが加わり、フルートが淘汰され、ギターがピアノにその座を譲るのと歩調を合わせるかのように、タンゴの演奏パターンはA主体からC主体へと変わっていくのである。

ここで、前回ご紹介した「エル・エントレリアーノ」以降、1900年代までに生まれ、今日まで演奏され続けている主なタンゴをいくつか挙げておこう。

 ドン・フアン(エルネスト・ポンシオ作曲、1898年頃作曲)
 ウニオン・シビカ(市民連合)(ドミンゴ・サンタ・クルス作曲、1904年)
 ラ・モローチャ(エンリケ・サボリード作曲、アンヘル・ビジョルド作詞、1905年)
 (グラン・)オテル・ビクトリア(フェリシアーノ・ラタサ作曲、1906年)
 フェリシア(エンリケ・サボリード作曲、1907年)
 ヌエベ・デ・フリオ(7月9日)(ホセ・ルイス・パドゥラ作曲、1908年)

これらの曲は、いずれも作曲当時はAパターン主体で演奏されていたと思われるが、今日では、当時の雰囲気を再現する意図での演奏を除けば、通常はCパターンで演奏される。曲の根底を成すリズムパターンが変わっても命脈を保ち続けて来た、これらタンゴ黎明期の作品の生命力には、感嘆してしまう。

有名な「エル・チョクロ」(1903年)の作曲者であるアンヘル・ビジョルド(1861〜1919)は、タンゴ界初のヒット・メーカーと言える存在である。代表作には「エル・エスキナーソ(街角)」(1902年?)「エル・ポルテニート」(1903年)などがある。そのビジョルドの一連の作品は、先に挙げた同時期の他の作曲家の作品と比べて、やや性格が異なる。彼の作品は、形式名が“タンゴ”と表記されていても、実際にはかなりミロンガに近く、上記の作品群のようにCパターンで演奏しても、どこかしっくりこない。それは、ビジョルドならではの個性が現れた結果とも言えるだろう。確かに「エル・チョクロ」は、Aパターン(というか、テンポの速いミロンガ)でもCパターンでも、どちらの演奏にもいいものがある。前者にはフルートをフィーチャーしたアルマンド・ポンティエル楽団の演奏などがあり、後者ではカルロス・ディ・サルリ楽団の演奏が定番だろう。一方、例えば「エル・ポルテニート」は、ミロンガ風に演奏しないとなかなか雰囲気が出ない。Cパターンで押し切るフアン・ダリエンソ楽団の演奏には違和感すら覚えるほどである。

ビジョルドに続く世代の優れた作曲家としては、ビセンテ・グレコ(1888〜1924)、エドゥアルド・アローラス(1892〜1924)の二人が挙げられよう。いずれもバンドネオン奏者であるところが、時代の変化を物語っている。グレコの出世作は「ロドリゲス・ペーニャ」「オホス・ネグロス(黒い瞳)」の2曲(いずれも1910年発表)。リズミカルで古典的な「ロドリゲス・ペーニャ」は割とどんな演奏も似合うが、美しいメロディを持ちスケールの大きな「黒い瞳」は、Cパターン、それもある程度凝ったアレンジの演奏でこそ映える。実際にこの曲は、モダン派の演奏家たちに特に好まれているのである。1911年の「ラ・ビルータ(カンナくず)」、1914年の「ラシング・クルブ(レーシング・クラブ)」は、いずれもアルフレド・ゴビ楽団の名演奏があり、もはや堂々たるタンゴといった印象が強い。一方のアローラスは、「バンドネオンの虎」の異名をとり、1910年代後半に「ラ・カチーラ」「デレーチョ・ビエホ」「エル・マルネ」など傑作の数々を残した大人物。処女作は、1909年の「ウナ・ノーチェ・デ・ガルーファ(酒宴の一夜)」で、アローラス自身の楽団による1913年のレコードが残されているが、既にAパターンよりCパターンの方の比重が大きくなっている。1916年の作品「ラ・ギタリータ」の自作自演盤(1917年録音)になると、もう完全にCパターンのみ。

グレコもアローラスも、30代でその短い命を閉じた。彼らが活躍したのは短い期間だったが、それはタンゴにとって最初の激動期と、見事に重なっていたのだった。この時代のほかのアーティストや作品の解説は、また次回。

この項続く

El choclo / Angel Villoldo

「エル・チョクロ」の楽譜表紙と作曲者のアンヘル・ビジョルド


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